解呪の後
ミモザさんの『浄化』は、しばらくの間ドラゴンの呪いに対して行使された。その間に、ハヤトさんは私が渡した記録を読み終えてくれた。
「ヒナ……これは……」
「そこの頭を潰した奴の記録です。その内容の正否は、この通り」
今も黒い何かが溢れ出して身体が変わりつつあるドラゴンを見ながらそう言う。これを見て、内容に疑いを持つ人はそうそういないだろう。ハヤトさんもジェーンもユーリさんも同じように苦い顔をしていた。
その内容が胸糞悪いものだったからだろう。呪いによりドラゴンに変わった事じゃない。そのドラゴンに男がしていた事の方だ。
「そいつの実験は、それだけじゃありません。この記録は沢山あります。一応全部回収しています」
「それを全部渡してくれるか? 教会の地下に広がっているものに関しても説明してくれると助かる。ヌートリアの領主に話をするために必要だからな」
「分かりました」
私が大量の書類を出すと、ユーリさんが回収していく。消えていくところを見るに【アイテムボックス】持ちのようだ。
「ユーリ、悪いんだが……」
「はい。こちらの書類は全て纏めておきます」
「助かる」
ユーリさんは事務仕事が得意のようだ。書類を纏めて説明しやすくしてくれるみたい。私にはあまり関係ないのだけどね。
次いで、地下の説明をしておく。地下に広がる空間と並んでいる改造人間達の死体についてだ。私の知る限りを伝える。
「そうか。一応、調べる必要がありそうだな」
ハヤトさんが調べてくれるのなら安心していいかな。
そんな話をしていると、ドラゴンから一際多くの黒い何かが溢れ出した。私達を覆うように溢れてくるので視界が塞がれてしまう。
「ミ、ミモザさん!?」
「大丈夫です! 解けた呪いが出て行っているだけですので」
視界が元通りになると、そこには何とも歪な娘がいた。身長とか身体の成長具合から、私よりも年上だと分かる。多分十七、八歳かな。ドラゴンの顔から可愛らしい顔と長い銀髪が生えている。これまでドラゴンだったから、全裸なのも問題はない。ユーリさんがハヤトさんの目を手で覆っているから。
問題は、彼女の身体に生えているものだ。背中には大きな羽が生え、腰の少し上ら辺に少し小さな羽が生えている。どちらの羽にも大きな爪が付いた手のような形状が存在した。ワイバーンみたいな感じの羽だ。
肩から生えている腕は、人間のものになっているけど、前腕、上腕に鱗が付いている。手首から先には鱗はない。
上半身はあまり鱗はないけれど、下半身は太腿の半分から下全体を覆っている。足先まで鱗があり、足の形は恐竜のようになっていた。
更に特徴的なのが、腰から生えている尻尾だ。さっきまでと比べれば遙かに細いけど、人から生えているものと考えると太い尻尾で先端まで鱗で覆われる。
半端に人に寄ったドラゴンというのが、私が見た印象だった。
そして、この子は手に一本の杖を持っていた。杖の周りに二匹の蛇が螺旋状に巻き付いており、先端には羽のようなものが付いていた。その杖に覚えがあった神話で知っているというよりも、これと似たようなロゴとかがあるから知っている。
「ケーリュケイオン」
「ん? ケーリュケイオンがあるのか?」
思わず頭にあった単語が出てしまった。でも、ハヤトさんも知っていたようで、すぐに私が言った言葉からアーティファクトを持っていると気付いたらしい。少しだけ驚いたような声だった。
「みたいなものです。取り敢えず、この子をどうにかしないと」
適当な服がないかインベントリを調べるけど、背面に生えている二対の羽と尻尾が邪魔すぎる。取り敢えず適当なタオルを出して胸と腰に巻き付ける事にした。
「蜥蜴人族の服で合いますかね?」
「下はともかく、上は厳しいでしょう。有翼種である鳥人族でも、二対の羽というのは聞きません」
尻尾に対する服はあるけど、背中と腰の羽に合ったシャツとかは厳しいみたい。シャツを買うにしても、特注で作って貰うしかなさそうだ。
簡易的に局部などを隠していると、ドラゴンの子が目を覚ました。即座に飛び起きて、私達から離れた。そして背中の羽の手を地面に突き、両手でケーリュケイオンを握って睨んでいた。自分の今の状態も認識出来ているか怪しい。ジェーンが剣を握るので、手を出して制止してから、ゆっくりと近づく。
「ううぅ……」
近づいてくる私に向かって低く唸る。私を助けてくれたけど、それは共通の敵がいたから。ここから私が危害を加えないとは限らない。私は雷鎚ミョルニルを腕輪に戻しておく。これで武器はない。
「大丈夫。私は敵じゃないよ」
右手を伸ばしながら、ゆっくりと近づく。ドラゴンの子は、ゆっくり怯えながら後ろに下がる。この子がこれまでされてきた事を考えれば、こんな反応になるのも当然だ。最初から強者のドラゴンに産まれていれば、こんな怯える事もなかったのかもしれない。
でも、この子は人からドラゴンにされた。普通に争っていたかも分からないけど、あそこまで面白半分に死にかけさせられ続けた事はなかったかもしれない。
この子が人間に恐怖を抱くのに十分な理由が存在する。
「大丈夫だから」
また一歩詰める。
「……っ……こあいえ!!」
ドラゴンの子はそう叫んで、羽で私の手を払う。さすがに、普通の人が手を払うのとは訳が違う。ドラゴンの膂力を持っている羽で私の手を払えば、無事では済まない。右手がぐるんと回っても耐えきれずに肩から引き千切れる。雷獅鷹の衣も耐えきれずに一緒に千切れてしまった。
ミモザさんが即座に駆け寄ろうとするので、それを左手で制止した。私が死ぬことはない。痛みなどが凄いけど、耐性のおかげで耐える事は出来る。今は、ただ刺激しない事を選ぶ。
「あえ……こえ……?」
自分が唸り声や咆哮以外のちゃんとした声を出せた事に驚き、自分の元々の手を見て顔を触る。鱗はあるけど、それは人の顔、身体。歪な姿でも、ドラゴンから人に近づいている事に気付いたからなのか、涙を零す。
そして、再び前を見て右腕がなくなっている私と眼が合う。
「落ち着いた?」
目線を合わせて、微笑みながらそう言う。でも、向こうは安心するどころか青い顔をして、私を見ていた。自分がやった事に気付いたって感じかな。どちらかと言うと私の方が青い顔になっていそうだけど。血液不足で。
慌てて、私の飛んでいった右腕を取ると、すぐに戻って来て水で洗う。そう。魔法で水を生み出して洗ったのだ。
(魔法を使うだけの思考が戻って来てる?)
人になった事で、人だった時にやっていた事が出来るようになったのかもしれない。
そのまま洗った腕を羽の手でくっつけながらケーリュケイオンを構える。すると、緑色の光が右腕を包み込んで、私の身体と綺麗に繋がっていった。凄まじい回復速度だった。雷鎚ミョルニルの回復速度よりも早いかもしれない。
右手を握って開いてを繰り返して、軽く回してみる。ちゃんと感覚が指先まであるから、神経も繋がっている事が分かる。
「治った。ありがとう」
私がお礼を言うと、ドラゴンの子はかなり困惑していた。自分がやった事なのに、何故お礼を言っているのか分からないという感じかもしれない。確かに、それは困惑するかも。
「お……ご……ごえんあひゃい……」
人間になった直後だからなのか、まだ滑舌などは戻らないみたい。
「ううん。怖かったよね。私も無理矢理迫っちゃってごめんね。でも、大丈夫だよ。私達は危害を加えないから。安心して」
立ち尽くしているので、そのまま近づいていって抱きしめる。向こうの方が背が高いので、胸に顔を押し付ける形になるのだけど、そこは許して欲しい。こっちは心を許しているという事を示すためだ。
「名前は言える?」
「な……あ……え……?」
「うん。私はヒナ。あなたは?」
「なあ……え……ア…………リ……サ……?」
「アリサ?」
日本名っぽいけど、日本からも転生者、転移者が来ている事を考えればおかしな話ではない。私だって、ヒナだし。まぁ、ミナお姉さんがそうなるように何かした可能性の方が高いけど、
アリサという名前にゆっくり頷く。でも、その表情から察するに自信がないみたい。長い時間をドラゴンとして過ごしたから、諸々の認識などが曖昧になっているのかもしれない。これは、一応確認しておく必要があるかな。
「アリサ。人だった頃の記憶はある?」
「…………」
アリサは、少し考えてから首を横に振る。アリサという名前すら、本当の事だったか怪しくなってくる。でも、自分でそう思ったのなら、取り敢えずはそれで良い。実際の記憶が分からない以上、暫定的な呼び方は必要だから。
「そっか。じゃあ、ドラゴンだった時の記憶は?」
「……すお……い……あい……あい……?」
ちょっと考えないと分からないかな。凄い曖昧か少し曖昧か。でも、凄いの方だったら、凄くと言う方が合っている気がするし、多分少し曖昧だと思う。
それにしてもドラゴンの時も曖昧か。嫌な記憶が多いから、自分で封印している可能性はなくはないと思う。それなら無理矢理思い出す必要もないか。
「そっか。だそうです。ハヤトさん」
「ああ。話を聞けないのは残念だが、こればかりは仕方ないだろう。問題はアリサの今後だ」
「あっ、それなら私が連れて行きます。正直、ここに置いておく方が危険だと思いますので」
私は即座に答える。アリサをドラゴンから人に戻すという事になった際から考えていた事だ。アリサがこの場に残る事を選ばないのなら、旅に連れて行こうと。
そして、今のアリサの身体を見て、その気持ちは強くなった。
「そう……だな。アリサの身体を見て興味を抱く奴が出て来てもおかしくはない」
ハヤトさんも言葉は濁していたけど、私が言いたい事を理解してくれた。今のアリサの身体は、通常ではあり得ないような状態になっているはず。
それを見て実験や研究をしたいと思うような輩が出て来る事は簡単に想像出来る。それなら私と同行していた方がアリサを守る事に繋がるはず。
「アリサが羽を仕舞う事が出来れば、安全に移動も出来るだろうしな。出来ないか?」
「は……ね……しま……う……?」
段々と言葉が話せるようになってきた。こっちの言っている事も理解してくれているから会話がしやすくなるかな。
少しアリサから離れて、実際に出来るかどうかを見守る。アリサは、自分の羽をジッと見て色々と動かしていき、何かに気付いたのか背中から生えている羽が少しずつ引っ込んでいき、中途半端な場所で止まった。
腰の羽の方は少し小さいのだけど、それ以上は仕舞えないらしい。そもそもあの大きさの羽を体内に収納するというのは、無理があるし仕方ないかな。
「後は擬態か。その羽を何か別のものに見せられると良いかもしれないな」
「う~ん……じゃあ、羽をポンチョみたいに見せて、下の方は腰にぴったりと張り付ければ……」
アリサの背中の羽を前に回してクロスし、そのまま腰の方に回す。腰部分から生えている羽は前の方でクロスしつつ太腿に添える形にする。こうして見ると変わったコートを着ているように見えなくもないような気がしなくもない。
「普通に目立つだろ」
ジェーンがまともな意見を出した。実際に目立つ要素が多すぎる。足なんて丸々怪しい。
「う~ん……まぁ、これ以上やりようがないから仕方ない。でも、基本はこの状態でいてね。一瞬羽に見えなくなるかもしれないから」
「わか……った……」
「取り敢えず、これを羽織っておいてください。気休めになるでしょうから」
ミモザさんが外套を貸してくれる。これで身体の大部分は隠れる。顔付近にある鱗とかは蜥蜴人族のものと言っても問題はないと思う。レパも身体に鱗みたいなのがあったし。
「とにかく一旦戻るとしよう」
「はい」
雷獅鷹の衣の袖を拾っておいて、全員でヌートリアに戻る事になった。アリサの身体を隠しながら、宿に向かってく。さすがに勇者と一緒にいるから注目されてしまっているけど、そもそもハヤトさんがいないと何があるか分からないので、こうするしかなかった。二人で移動している時に騎士団とかから何かを訊かれる方が困るからね。
宿では、私の部屋にもう一人分の代金の一ヶ月分と私も追加でもう二週間分払っておいた。
「しばらくは外に出ないようにしてくれ。こっちである程度はどうにかする」
「分かりました。あっ! 今日の依頼!」
「担当した受付の名前は分かるか?」
「カトリーナさんです」
「分かった。こっちから説明しておく。ミモザ、二人に付いておいてくれ」
「分かりました」
ひとまず、これで教会での騒動はある程度終わった。ここからは事後処理を待つだけになる。




