『観察記録』
悍ましさが溢れかえる記録の中に気になるものがあった。今ヌートリア周辺で起きているモンスターの偏りの正体となるかもしれないものだ。
『第五十六回モンスター観察記録──
今回は怪我を負ったドラゴンが観察対象となった。森の中に墜落して倒れていたものを運ぶ。人体実験により筋力特化の改造人間を作れた事で、ここまで運ぶ事が出来た。更に身体の一部が欠損している事により、地下まで押し込む事が出来た。弱っている状態では、抵抗もままならないようだ。
傷付いた箇所は少しずつ着実に治っている。なので、改造人間達に他にも傷を付けさせた。すると、ドラゴンは弱々しく爪を使い改造人間を引き裂いた。唯一出来た抵抗で、この結果だ。傷付いてもドラゴンというところだろう。
この実験から分かった事がある。このドラゴンは傷の治りが異常に早い。そこから最初に付けられていた傷が異常に深かったのだろうと推測出来る。
そして、深い傷がある間は基本的に大人しいという事も分かった。そのため定期的に槍などを突き刺した大きな傷を作る事にする。筋力改造人間に槍を使わせれば、深い傷など作り放題だ。こうして弱らせれば、運び込んだ際と同じく抵抗できなくなる。
大人しくさせている間に、このドラゴンの種類を特定する事にした。現状このドラゴンが何の種類のドラゴンなのかは判明していない。どの図鑑でも見たことがないドラゴンだからだ。
生命力は通常のドラゴンよりも強い。あそこまで何度も傷を付けているのに失血死する様子が見えないからだ。血液の生成量が通常のドラゴンよりも多いのだろうか。要観察だ』
記録が書かれている日付から、ここには私が浴びた血の持ち主であるドラゴンがいると考えられる。傷を負ったドラゴンがそんな何体も存在するのなら話は別になるが、そこまでドラゴンがいるのなら、目撃情報が多くなっていてもおかしくないはずだ。だが、実際にはドラゴンの目撃情報などはない。
この点からもこのドラゴンが例のドラゴンである事が考えられる。このドラゴンに関する記録はこれだけではなかった。インベントリ内でドラゴンで検索を掛ける事で見つける事が出来た。
『第五十八回モンスター観察記録──
ドラゴンの身体を切り取り調べていると、一つ面白い事が分かった。このドラゴンはドラゴンではない。人だ。これは人が呪いによりドラゴンの姿へと変貌させられたものだった。
その証拠にドラゴンの身体に呪いの残滓を発見した。一部を切り取りつぶさに観察した結果発見出来る程の微量な残滓。呪いを掛けられたのは、恐らく十年や五十年では利かないくらいの遙か過去だろう。
そんな過去の呪いが現在まで維持され続けるという事は、かなり強い呪いだったと考えられる。
現在。人をモンスターにする呪いなどは存在しない。いや、発見されていない。そんなスキルがあれば、もっと悪名で有名になっているはずだ。つまり、未知が多い古代の呪いとも考えられる。
そんなものを誰が復活させたのか。いや、そもそも復活させたのだろうか。このドラゴンが古代から生きている可能性も否定は出来ない。何故なら、ドラゴン自体の寿命が人間と比べものにならない程長いからである。
長生きしているというのにボロボロになっているという事に疑問が過ぎった。古代から生きていても元が人間であるが故に、他のドラゴンよりも弱い個体となっているのだろうか。
このドラゴンは人だった時の記憶をどれだけ維持しているのだろうか。仮に、ドラゴンになってからしばらく人間の記憶が残っていたのだとしたら、積極的に戦いにいくだろうか。このドラゴンの元となった人間が分からない以上、はっきりとした事は言えない。
しかし、しばらくの間どこかに籠もっており、ごく最近人としての意識を完全に失って出て来たとすれば、ここまで弱いのも納得出来るのではないだろうか。これらは全て妄想であり、事実ではない。その事は忘れてはならない』
言葉が出なかった。ドラゴンが元々は人だったという事。それは、強い衝撃だ。ミナお姉さんが言うには、私がドラゴンになる事はないはずだから、【竜の血】を持っていたからという線はなくなる。
これらを踏まえると、この記録の通り呪いによるものという可能性が高くなる。
ただ年代の話になると、全く分からなくなった。これは、私が歴史を知らないというのもある。それにしても古代から生きているかもしれないというのは、些か発想が飛躍しているのではと思った。
それなら特別なスキルを持った人が、過去に生まれていたという方が納得出来る気がする。スキルの全てが世の中に出て来る訳では無いのだから、悪名だろうが何だろうが有名になるとは限らないからだ。
『第六十回モンスター観察記録──
ドラゴンの解呪には、相当な力が必要な事が分かった。かなり古い呪いだが、それでも対象者への執着が強い。適当な聖水を掛けたところ、ドラゴンが苦しんだ事で判明した事だ。呪いの解呪には苦しみが伴う。
呪いに関しては、これ以上の観察は無駄と判断する。
その他に分かった事もある。それは、このドラゴンがほぼ不死である事。筋力改造人間が力加減を誤り心臓近くまで槍を突き刺したが、死ぬ事はがなかった。そこから完全に心臓を破壊したが、それでも死ぬ事はなく翌日には心臓が再生していたからだ。
このドラゴンを不死竜と呼称する』
心臓すらも再生する。それは、私のスキル【不死】と同様の力を持っているという事にならないだろうか。もしかしたら、私と同じ転生者か。そして、私と同じく何度も死の経験をした結果【不死】のスキルが定着してしまったとか。
色々な疑問はあるけど、あのドラゴンを放っておく事は出来なくなった。もし仮に同じ転生者だとすれば、呪いによる苦しみから解放してあげたい。
『第十八回モンスター改造実験──
不死竜の血液を用いて、モンスターを改造出来ないかという実験。対象は、捕獲が容易なホーンラビットだ。取り敢えず、二十匹用意した。その一匹一匹に血液を注入していく。最初の十体は同量を注入していき、後の十体は血液の量を変えて注入した。
その結果、全てのホーンラビットが死んだ。ドラゴンが持つ血液に耐えられる身体ではないようだ。御伽噺のような事は起こり得ないという事だろうか。個体差の可能性も考えられるので、今後も実験を繰り返していく』
やはり悍ましいの一言だった。悍ましい。それでも私は嫌悪感を覚えていなかった。悍ましいというのは、私の感想に過ぎない。知識というよりも倫理観か。元の世界で持ち合わせていたものが、これを悍ましいという判定を下したという事だ。
でも、今の私には【精神耐性】がある。これによって、この記録への嫌悪感は抑えられている。【精神耐性】の有り難さか。それとも恐ろしさか。
どちらにせよ、【精神耐性】のおかげで冷静な思考が出来る。
(悍ましいという風に思ったけど、私だってホーンラビット達を皆殺しにしてる。それと何が違うんだろう。向こうは実験をしている。私だって雷鎚トールや【雷魔法】の実験をした。これを悍ましいというのなら、私も同じだ。
でも、私はこいつを認められない。これは本当に必要な事だったのか。襲ってくる対象を殺すという事と命を弄ぶというのは全く違うはずだ。
私は生きるために自分に出来る事を確かめるという意味も込めて、襲い掛かってくる相手を使って実験した。
こいつは? 何で実験をした? 自分だけの軍隊を作って、何かを見返してやるため。それが他の記録に書かれている。
私はこいつじゃない。こいつは私じゃない。それを忘れちゃ駄目だ)
私は自分にそう言い聞かせた。そうじゃないと、この記録の内容の全てを受け入れてしまうような思考をしてしまいそうになるからだ。
私は、こいつじゃないという事を自分自身に刻みつけるために、私はこいつを許してはいけないのだ。




