リハビリはゴミ拾い
夕方くらいに起きて、ミモザさんに付き合わせてしまった事を謝罪すると、ミモザさんは、
「ヒナちゃんがゆっくり休めて良かったです」
と言って、私を抱きしめた後に服を着替えてから戻っていった。本当に悪い事をしてしまった。ミモザさんにも用事があったかもしれないのに。
ただゆっくり休めたというのは本当だった。ミナお姉さん程の特大とはいかないけど、それでも凄く大きいという事には変わりない。大好きなものに包まれるのは、それだけ癒しとなる。レパも大きくなってくれたら嬉しいな。まぁ、レパならそのままでも好きだけど。
そうして夜にはメイリアさんとご飯を食べて、いつも通りメイリアさんと寝る。蜥蜴ぬいぐるみを抱いているけど、それでも人肌は恋しい。なので、いつもメイリアさんのベッドに潜り込んで寝ている。
メイリアさんは何も文句は言わないどころか、最初から少しスペースを空けてくれていた。メイリアさんは、ミモザさん程の大きさはないけど、世間的にみれば大きい方だ。だから、軽くくっつくだけでも癒しになる。
そんな日の翌日。起きた私はいつも通りのルーティンで洗顔、歯磨き、祈りをしていく。メイリアさんは、朝の仕事があるのか、起きた時にはいつもいない。でも、祈りを終えて朝ご飯のために外に出ようとする頃には迎えに来てくれる。完璧に私が行動する時間帯を把握しているからこそ出来る事だった。
「それじゃあ、今日はギルド?」
「はい。グリフォン二体とホーンラビット六十四匹を売りに。依頼は成功扱いになってくれますかね?」
「ビビアンが上手くやってくれるわ。運動許可が出ているのは知っているけれど、普通に戦闘もして良いの?」
「何も問題なしなはずです。でも、今日は奉仕依頼を受けようかなと思ってます」
「まぁ、それが無難ね。それじゃあ、朝ご飯を食べたら行きましょうか」
「はい!」
朝ご飯を食べ終えた後に、私達はギルドへとやって来た。ギルド内部は、いつもの酒盛りとは違う騒ぎになっている。
「何でしょうか?」
「グリフォンでもいたのかもしれないわね。冒険者にとっては、良い稼ぎになるから、外に探しに行くのかもしれないわ」
「大丈夫なんですか?」
「自己責任ね。ヒナちゃんみたいに、想定外の遭遇だったらまだしも、自分から会いに行っている訳だから」
「なるほど」
確かに、メイリアさんの言う通りだ。自分で会いに行っている以上、それで死んだとしても自己責任になる。冒険者の取り決めでも、引き受けた依頼による死はギルドで責任を持たない事になっている。自分で決めた仕事なのだから、自己責任だという感じだ。
まぁ、ギルドでもそこまで面倒を見る事は出来ない。だから、ランク制を設けて、自分の力量に合った依頼を受けろという事になっている。
今回は依頼ですらないので、ギルドに何を訴えようと意味がなくなる。それを理解出来ているのは不明だ。
その中で、私は受付へと向かう。
「ビビアンさん、おはようございます」
「はい。おはようございます。ヒナさん。こちらへどうぞ」
ビビアンさんはそう言って、この前案内された場所よりも大きな個室に案内してくれた。そこでグリフォン二体とホーンラビット六十四匹を出す。ビビアンさんは、グリフォンの状態などを細かく確認していく。
「お話には聞いておりましたが、本当にグリフォンが出たのですね。ヒナさんの【アイテムボックス】には時間遅延か時間停止機能が付いているようですね。この鮮度なら肉も大丈夫でしょう。嘴がないのが痛いですが、羽根は十分な量を残していますね。ホーンラビットの方もしっかりとしていますので、少し色を付けて全部で四十五万リルです」
「うぇ!? そ、そんなに!?」
思っていた以上の報酬で、本当に驚いた。普段の十倍以上の報酬なのだから、それも仕方ないよね。それにしても嘴もあったら、もっとお金が貰えたのだろうと思うと若干後悔が残る。
「グリフォンは本来Cランクの冒険者が戦うモンスターですから、その分売却の値段も高くなります。嘴があれば、六十万は硬かったでしょう。グリフォンの嘴は、良い武器の材料になりますので」
「へぇ~……私が倒したもう一体のグリフォンも回収出来れば良かったんですけど……あっちは頭が残っていたはずだから……」
「周辺に落ちてなかったから、粉々になっているのかもしれないわね」
最後に見た時は貫いた感じだったけど、その後の雷か何かで完全に粉々になってしまった可能性があるらしい。ないものを強請っても仕方ない。諦めよう。
「あっ! 四十万あるって事は、私の防具代も私が出せるのでは!?」
「前払いしているし、私は受け取るつもりがないから無理ね」
防具代の件は完全に諦めよう。
「では、買い取りと報酬の受け渡しはこれで終わりです。今日は依頼を受けて行かれますか?」
「はい。奉仕系のものを」
「それが良いでしょう」
依頼板のところに来た私は、奉仕系の依頼を取って受注した。街の中にいるという事で、メイリアさんは騎士団の仕事に戻っていった。私が受けた仕事は、前と同じゴミ拾いだ。でも、今度は川ではなく、街のゴミ拾いをしていく。
だけど、今回は隣にビビアンさんがいた。
「何故ビビアンさんも一緒に?」
「ヒナさんの事情から、もしもの時を考えた結果です。ギルドマスターには許可を得ました」
私が生死を彷徨うような怪我を負ったばかりという事もあって、何かしらあるといけないとビビアンさんは考えたらしい。今回の不測の事態はギルドのせいではないけれど、それでもお詫びを込めているのだと思う。
「こういう事ってよくあるんですか?」
目に付くゴミをゴミ布袋に入れながら訊いてみる。
「いえ、珍しい事です。それだけの条件が重なったというようにお考えください。ヒナさんは、それだけ様々な事情がありますので」
事情と言えば、盗賊に捕まって八年間奴隷暮らし。両親も盗賊に殺されている。つまり身寄りがない。そんな中で、イレギュラーなグリフォンにより重傷を負わされる。
そんな事情により、ギルド側も最大限サポートをしようという風に決めてくれたのだと思う。まだ病み上がりみたいな状態だから。
「しばらくは奉仕依頼を?」
「いえ、明日からは普通に討伐依頼か採取依頼を受けようかと。怪我の功名でお金は手に入ってますけど、継続して手に入るお金は少ないままですから。レベルを上げて、ランクを上げて、稼ぐお金を上げて、ある程度安定した旅が出来るようにしたいですし」
「なるほど……ヒナさんが街を去る日もいずれは来るのですね」
ビビアンさんは少し寂しそうにしていた。知り合って半月くらいだけど、ビビアンさんからしたら庇護対象って事なのかな。いや、犬なのかな……
他愛のない話などをしながら、裏路地などのゴミ拾いをしていると、正面に三人の男が立ちはだかる。その内一人に見覚えがあった。
「待ってたぜ、この時をよぉ……」
相手の気味の悪い笑みにビビアンさんが怯えるのが分かった。だから、代わりに私が返事をしてあげる事にした。
「あっ! 頭の悪い職員さん」
「誰が頭が悪いだ!!」
立ち塞がる相手は、私を試験も通さずに弾こうとした馬鹿な元職員だった。その横にいる人は知らない。まぁ、路地裏でこの状況となると、クビにしたビビアンさんへの復讐かな。それにビビアンさんも気付いているから怯えたのだろう。
相手には、二人の男が付いているから、抵抗しようにも抵抗出来ない可能性が高いし。
「あれからどこにも就けない俺の苦労が分かるか!? もうこの街にはいられねぇんだ! なら、ここで復讐しておくのも一興だろ? 幸い相手はみてくれだけ良いんだからなぁ!」
下卑た笑いをしながらそんな事を言う。ビビアンさんは容姿だけでなく性格も良い。こいつが馬鹿だっただけの話だ。しかも本当に復讐だったとか、こういう馬鹿は短絡的で低能で嫌だな。
「いや知らんし。そもそも真面目に仕事していればそうならなかったんだから、自業自得でしょ? ただの他責じゃん。本当に誰かのせいなら同情のしようもあるけど、何度も注意されたのに直さなかったのも自分だし。ここでクビにしたビビアンさんに復讐とか、そうまでして生き恥を増やしたいの?」
「……んだと……?」
ヘイトが私に向く。こんなあからさまな挑発に乗るなんて、本当に短絡的だ。どういう頭の構造をしているのだろうか。
横の男二人が剣を抜く。馬鹿な元職員も同じく剣を抜いた。その切っ先をこちらに向けてくる。
「剣を抜いて良いの?」
「ああ?」
私の言っている事が分からないのか、馬鹿な三人は馬鹿にするような笑みを浮かべている。それに対して、私はただただ真顔で見る。
「剣を抜くなら殺すよ? 生かしておいたら、こっちが危険だから」
私がそう言うと、男三人がたじろぐ。私は本気で言っているので、本気の殺意を出している状態だ。殺意を向けられる事自体に慣れていないのかもしれない。
「が、ガキ一人に怖じ気づくな! 殺せ!」
「ヒナさん。殺さないで」
相手が突っ込んでくるのと同時にビビアンさんがそう言う。何か同情しての事ではないというのは、言葉の端にある冷たさから分かる。そして怖いという気持ちが少し震えた声からも伝わってきた。
私にとってこいつらを殺しても問題ないくらいの理由になるけど、何かしら殺しちゃいけない理由もあるという事は分かった。
地面を蹴った私は、相手が剣を振うよりも早く拳を腹に当てた。両手で一人ずつ計二人を同時に吹っ飛ばす。大通りに飛んでいった仲間二人を見て、元職員が唖然としていた。
余所見をしているところで、剣を持っている腕を掴んでへし折る。
「ああああああああ!!?」
うるさいので顎に掌底を入れて意識を刈り取った。最悪死んでもいいやと思ったのは内緒だ。
「ふぅ……わっ!?」
対処した後で、取り敢えず一段落と思っていると、後ろからビビアンさんが抱きしめてきた。
「本当にごめんなさい。まさか、こんなご迷惑を掛ける事になるとは……」
「いえ、私がいるところで良かったです。ビビアンさんに何かあったら嫌ですから」
態々私がいる時を狙ったというよりもビビアンさんが路地裏に入るのを待っていたのだと思う。路地裏は人通りが少ない。だからこそ、罪悪感なくポイ捨てする絶好の場所になっている。そこを調べた私の落ち度ではあるのかな。
「取り敢えず、メイリアさんか他の騎士団の人がいると良いんですけど」
「良いんですけどじゃないわよ。一体何をしているのかしら?」
三人の処遇を決めるのに、メイリアさん達が欲しいなと思っていたら、メイリアさんが現れた。見回りの仕事をしていたのかな。
「まぁ、見た感じで分かるけれど……」
メイリアさんは地面に転がる元職員を蹴る。すると、元職員が呻き声を出した。それで生きている事を確認したみたい。
「なるほど。生かしておいてくれて助かるわ。事情聴取とかも出来るし。ヒナちゃんが逆に疑われる自体も防ぐ事が出来るから」
「あっ、なるほど」
ビビアンさんが殺人を止めた理由が分かった。それも私の今後を考えての事だった。
「取り敢えず、こいつらを締め上げて処刑にするから。そうだ。ヒナちゃんには悪いのだけど、今日はビビアンの家に泊まってくれる? こいつらがヒナちゃんに復讐するために抜け出すかもしれないから。まぁ、万が一の話だけど」
メイリアさんはそう言って、元職員の足を掴んで運び始めた。頭がガンガンと地面にぶつかっているけど、多分わざとかな。
そして、今の話は私じゃなくてビビアンさんに置き換えて考えるべきだ。つまり、メイリアさんは私を守るためという名目でビビアンさんの家に泊まらせて、私にビビアンさんを守って貰おうという風に考えているのだと思う。
取り敢えず、ギルドに戻って報告をしてからかな。




