メイリアの過去
メイリアさんは、特にもったいぶる事もなく昔話を始めた。
「私が住んでいたのは、壁に覆われてすらいないただの村だったの。モンスターに襲われればひとたまりもない。そんな村だったわ。でも、襲ってきたのはモンスターじゃなくて、人だったの。どこかの傭兵崩れだったのかしらね。両親は私を村の大木にある洞に隠したわ。私は震えながら全てが終わるのを待つしかない。そんな状況だったわ」
思ったよりも重い始まりだった。
「私は、その洞で錆び付いた剣を見つけたの。それがダーインスレイヴ」
「ダーインスレイヴで、傭兵崩れを倒したんですね」
「そうね。でも、ダーインスレイヴは、ヒナちゃんが持つアーティファクトにはない恐ろしい能力があったの。それが【狂化】」
「【狂化】?」
名称的に、バーサーカー的なあれだろうか。
「目の前の敵を殺すまで止まる事のない殺害衝動に襲われるものよ。簡単に言えば、理性を半ば失うの。その代わりステータスは目の前の敵を殺すまで上昇するわ。そして、ダーインスレイヴは抜けば血を吸うまで決して仕舞う事の出来ないものなのよ」
前に立つ敵を全て殺し尽くすという感じなのかな。しかも剣にしたら血を吸うまで仕舞う事の出来ないある意味呪われた剣。ステータスが上がるのは良いかもしれないけど、それ以上に味方を殺す可能性もある危険なものだ。だって、敵の判定がどうやっているのか分からないから。
「それにこれを装備している間、私の意思とは関係なく思考に制限が掛かるの。さっき見たから分かるかもしれないけど、装備している間、私は冷酷無比になるらしいわ。何をしても何も気にならない。どれだけ死体を損壊しようと、無実の人を殺そうとも、心底どうでも良いと思うような状態になるのよ。ただ、行動の一部は、自分の奥底で考えている事になるわ。
最初はステータスが低くて、モンスターとの戦いで死ぬ可能性も考えて、ずっと装備していたから、本当に恐ろしい子供という状態だったみたいね」
狂剣ダーインスレイヴを装備している間は、さっきみたいなメイリアさんとは思えないような状態になるらしい。子供の頃に装備していれば、サイコパス子供の出来上がりとなる。まぁ、【精神耐性】で特に何とも思わない私も人の事は言えないけど。
「まぁ、そうして村がなくなって、一人になった私は冒険者になってお金を稼ぎつつ、剣の腕前を磨いていったわ。そして、十年前の小国との小競り合いで、小国を滅ぼして騎士になったのよ」
「さらっととんでもない事言いませんでした?」
「あの頃は若かったわ。十三歳だったから、ヒナちゃんよりも小さい時ね。ダーインスレイヴを抜いていたから、敵の大将を討ち取るまで止まらなくて、討ち取った大将が、向こうの国の王だったの。結果国は滅んだわ」
恐らく戦後処理と王位継承が重なり、色々揉めに揉めた結果国が滅んで取り込まれる事になったとかだと思う。一人で突っ込んで一人で全滅させたのだとしたら、メイリアさんはどれだけ強いのか。
「その結果、ダーインスレイヴの第二封印が解けたのだけどね」
「へぇ~、条件は何だったんですか?」
「さぁ? 殺した人数じゃないかしら? 千以上は殺していたから」
「なるほど」
雷鎚トールが同じとは限らないけど、取り敢えず参考として覚えておこう。
「でも、そんなに戦っていたら、凄いレベルですよね? 私の時は手加減してくれていた感じだと思いますけど、そんな器用に手加減って出来るんですか?」
「ヒナちゃんと戦った時には、ダーインスレイヴは使っていないし、逆にステータスが下がる装備を付けて、戦闘力を合わせていたから」
「そんな事まで……本当にありがとうございます」
「良いのよ。下手すると殺しちゃうもの」
可愛らしい笑顔で紡がれる怖い言葉に苦笑する。
「あれ? という事はメイリアさんって二十三歳なんですか?」
「そうよ」
「十年も騎士なのに団長とかじゃないんですか?」
「団長とかは教育を受けた人じゃないとなれないから。それでも現場では偉い立場にいるけれどね。だから、自由も許されているわけだし」
メイリアさんが凄い人だという事はよく分かった。騎士団の仕組みがどういうものか知らないから、どのくらい凄い人なのかは分からないけど。
「メイリアさんも割と重い過去を持っていたんですね」
「ふふっ、ヒナちゃんには負けるわ。私には自由があったから」
八年間奴隷として捕まっていた私よりは、マシな人生だったって事かな。まぁ、両親と故郷がなくなったくらいで済んだというのはマシ……マシなのかな。本当に自由があったという点でしかマシとは思えないのだけど。
「さてと、ヒナちゃんが生きていた秘密も分かった事だし、私は戻るわね。本当に生きていてくれて良かったわ。お昼にまた来るけど、ちゃんと安静にしているのよ?」
「はい」
素直に返事をすると、メイリアさんは私を力強く抱きしめた。
「夜はこっちで過ごせるようにするから、そのつもりでいて。それじゃあね」
メイリアさんはそう言って部屋を出て行った。夜はこっちで過ごせるようにという事は一緒に寝てくれるって事なのかな。私のためというよりも、メイリアさんが心配だからって感じかな。
私は再びベッドに寝転がって、蜥蜴のぬいぐるみを抱きしめる。
(メイリアさんもアーティファクト持ち……でも、私の火傷とか比べものにならない程のデメリットを抱えている……トールは【雷耐性】があれば、ある程度改善出来るし。自分がアーティファクトを持っている事自体を秘密にしているのは、そういうデメリットを抱えているものを使えと言われないようにしているって感じかな。人間兵器みたいな感じになりかねないから)
アーティファクトと言っても、全部が全部良いものだけというわけじゃないみたい。仮にデメリット込みで強いものを作っていたとしたら……
恐らく、全てのアーティファクトは、神話や伝説に出て来るようなものの名前が付いているはず。
(あ~あ……これなら向こうでもっと神話とか伝説を調べておけば良かった。私が知ってるものがどれだけ出て来てくれるか。まぁ、そこまで気にする事もないかもだけど。そもそもそんな簡単に出会えるかも分からないわけだし。)
外に出たいけど、三日は運動しないようにって言われているし、本でも読んでいようかな。言葉の練習にもなるし。
蜥蜴ぬいぐるみを持って、図書室に向かい本を読んでいると、何故かハヤトさんがやって来た。
「おう」
「ハヤトさん。どうしたんですか?」
「意識が戻ったんだな」
ハヤトさんはそう言って前の席に座る。
「はい。おかげさまで。ミモザさんにしっかりと治療して貰いましたから」
「そこだ。ヒナは、ほぼ死んでいてもおかしくなかった。というか、そもそも生きている事が不思議だった。それも転生者としての力なのか?」
「一応。【不死】というスキルで、転生する身体が死なないようにするための期間限定スキルです。私の場合、その状態で何度も死んだ事で定着しました」
「何度も死を経験して死なないから【不死】を得る経験値を稼いだという事か……」
「そういう事じゃないですかね。だから、私は特殊な方法での自害でしか死ねません。まぁ、その方法も知りませんが」
「これが転生者と転移者の違いか……」
ハヤトさんは、頬杖を突きながらそう言った。私が羨ましいという感じかな。その理由は何となく想像出来る。ハヤトさんがここに召喚された理由は魔王。恐らくかなり強いであろう魔王を相手に死ぬかもしれないという圧倒的な不安だ。
グリフォン相手にこんなになっているので、その気持ちはよく分かる。
「転生者は、神様に選ばれてるので、割と特別なものがあるみたいですね。私のは予想外だったようですが」
「神様に……いや、確かに、俺を選んだのは人。転生はこっちの召喚とは全く関係ないからな……なるほど……やっぱり君には一緒に来てもらいたいな」
「魔王討伐には興味がなくて……目の前に立つなら叩き潰すまでです」
私は存在しない力こぶを見せてそう言う。筋トレもしっかりしないと。ステータス的にはヤバくても、実際には細腕に過ぎないから、素の筋力は上げておいて損はない。
「ははっ、なら、ヒナの前に連れてくる必要がありそうだな」
「いや、普通に倒して下さいよ。神様は、完全解放したエクスカリバーを持っていたら大丈夫って言ってましたし」
「完全解放の仕方が分からないんだけどな……」
「ファイトです!」
「ふっ、そうか。取り敢えず訊きたい事はそれだけだ。俺には使えなさそうなスキルで残念だけどな。グリフォンの件で、またしばらくこの街にいる事になった。ミモザもヒナの経過観察が必要と言っていたしな。気が変わったら言ってくれ」
「はい。気が変わったら」
ハヤトさんは軽く手を振ってから去って行った。あの人は良い転移者という事で確定かな。
「早く運動許可が下りないかな……」
そう思いながら私は言葉の勉強に励んだ。読めるのと読めないのでは、天と地の差があるから。




