反旗
「ヒナ?」
ステータスの確認などをしていると、私の名前を呼ばれた。そう。私は、この世界でもヒナという名前を付けられている。なので、自分の事を呼ばれても困惑する事はない。
私の名前を呼んだのは、私よりも二つ歳上のレパだ。蜥蜴人族の緑髪の女の子で、蜥蜴の尻尾と鱗を持つ亜人だった。ここでは私の方が先輩だけど、年齢では向こうの方が上なので、お姉さんのように振る舞っている。
年下の私は、レパにも甘えている事が多かった。元の世界での十五年を含めると、私の方が倍近いお姉さんだから、どちらかと言うと私の方が年上になって、年下に甘えるという感じになるけど、気にしたら負けだ。ここは精神年齢よりも肉体年齢で考えた方が良いだろうし。
私は寝返りを打って、レパの方を向く。レパは、私よりも三十センチ離れた場所で寝ている。二人ともぼろ布を服代わりに着ているだけのような状態だ。劣悪な環境だという事がよく分かる。
私は、レパに近づいて身体を密着させた。レパは、優しく私の頭を撫でてくれる。こうしてくれるから私も甘えてしまっている。お姉さんに対してもだけど、猫を被らない私は基本甘えん坊だという事がよく分かる。
「どうしたの? 怖い夢でも見た?」
「ううん。早く起きちゃっただけ」
蜥蜴人族は、蜥蜴と付いているけど、変温動物というわけじゃない。それでも寒さには弱い人が多いので、人肌の温もりが好きらしい。女の子にくっつきたい私と温まりたいレパでは、相互利益があった。
まぁ、問題は互いの匂いだけど、何年もこんなところにいたら、そういう匂いにも慣れてしまう。ずっと嗅いでいる状態なのだから、嗅覚が麻痺しているだけだろうけど。
「そろそろあいつらが来るかも。準備しようか」
「うん」
一緒に身体を起こして、軽く身体を動かす。私達がいるのは、坑道に作られた牢屋だ。出入口は鉄格子の扉で塞がれている。その扉の奥にある通路に気配を感じる。スキルの【気配察知】が発動している証拠だ。気配の大きさと雰囲気、移動速度である程度何が来ているのか分かる。
少しして、私達の鉄格子を棒で叩く音が響いてきた。内側にいる私達の部屋に木霊するので、かなり不快な音だ。
「おい! 起きろ!」
私達を誘拐して奴隷として扱っている盗賊は、そう言って下卑た笑いを向けてくる。何度も顔を見ているこいつは両親を殺した盗賊の一人だった。あの時のこいつの表情は忘れていない。今と同じ笑い方をしながら、お母さんに何度もナイフを突き刺していた。
「起きてんじゃねぇか。おら! さっさと出て採掘しろや!」
扉を開けて凄む盗賊に無表情で従って、外に出る。すると、扉から出て来たタイミングで、急に棒で頭を殴られた。そのせいで蹌踉けてしまう。これもいつもの事だ。このせいで色々なスキルを手に入れたし、どんどんとレベルが上昇していく事になった。
「おら! さっさとしろ!」
もう一度私が殴られる前に、レパが私を庇って殴られる。レパは、いつも私が殴られると庇う。記憶が戻ってなかった頃はレパに頼っていたけど、記憶が戻った今は私なら平気なのにと思ってしまう。それよりもレパが傷付く方が痛い。私と違って【不死】を持っているわけじゃないから。
「ああ!? また邪魔しやがってよぉ!」
盗賊は舌打ちをしながら、レパを蹴り飛ばした。レパが、蹴り飛ばされて地面を転がる。ここまでされるのは珍しい。盗賊の虫の居所が悪いようだ。そんな事関係無しに、レパを心配する。
「レパ!」
私がレパの元に駆け寄ろうとすると、横から棒が振られてきて側頭部を殴られた。蹌踉めきながらも、レパに手を貸して起こす。それを見た盗賊は舌打ちをしながら、棒で鉄格子を殴る。
「おら! さっさと採掘場所に行けや!」
盗賊のわめき声が通路に響いていく。
(本当に虫の居所が悪いみたい。仲間とノミ取りでもしてれば良いのに……)
心の中で悪態をつきながら、私とレパは、自分達の担当にされている坑道に向かって歩く。
ここでレパを心配しようと声を掛ければ、また盗賊が殴ってくるので手を繋いで互いを心配しているという事を伝え合う。
十分以上歩いて、私達の担当である坑道の奥に着いた。八年も掘り続けた結果、かなり深くまで掘る事が出来ていた。
そこに立て掛けてあるツルハシを手に持ち、壁に向かって振り下ろして、少しずつ掘り始める。栄養が足りなくてもツルハシを振るえる理由は、ステータスによる恩恵だ。【生命維持】があったところで、最低限の栄養を得られるというだけ。筋肉を沢山作るには足りないものが多すぎる。つまり、素の筋力だけでは、ツルハシを振うどころか安定して持ち上げる事も難しいだろう。
こんなところで採掘をしていて、本当にアーティファクトという物が出て来るのかは分からない。少なくとも、八年間で私は鉱石しか掘り出せていない。そもそもなんで鉱石と同じ場所にアーティファクトなんてものがあるのかも分からない。
それはこっちで暮らしていた十五年間で、知識を得る機会がなかったためだ。一番知識を蓄えられるであろう八年間をここで無駄にさせられている。ここで盗賊に聞いても教えてくれる訳ないし。
レパと一緒に少しずつ掘り進めていると、急に大きく壁が崩れた。時々ある事なので、それは気にならない。落ちた壁の中に鉱石がないか確認しないといけないくらいだ。
でも、今回はそれだけで終わらなかった。そこから何かが倒れてくる。それは錆び付いたハンマーのようだった。全体が錆に覆われているので、本当にハンマーなのか怪しいところだけど。
「何これ?」
「ハンマー?」
「おいおい……おいおいおいおい! ようやく掘り当てやがったな!」
テンションの上がった盗賊が私の頭を棒で殴ってきた。殴られた事で蹌踉めいた私は隣にいたレパに受け止められた。こいつは人を殴らないと感情表現出来ない馬鹿なのか。
「ヒナ!」
「大丈夫……」
脳が揺れたのか若干朦朧としているけど、まだ生きている。転生特典で貰っている【不死】のおかげで死ぬ事はない。それでも意識が朦朧とするのは変わらないけど。
「よっしゃ!! これで億万長者だぜ!」
そう言って盗賊がハンマーを握り持ち上げようとする。
「んぎっ! んんんんんん!!!」
盗賊が踏ん張っているけど、ハンマーは少し浮き上がるだけで持ち上がる様子はない。この錆び付いたハンマーは結構重いらしい。こいつが非力すぎるという可能性もあるけど。その程度のステータスなら、私でも倒せるかな……
「ちっ! おい! 持って来い! お前じゃねぇ!」
やってくれようとしたレパを盗賊が殴った。こいつは本当に何がしたいのか分からない。幸い頭を殴られたわけじゃないから、私みたいな事にはならなかった。それでも腕を殴られているのは心配になる。
私は、言われた通りにハンマーを掴む。その直後、眩い光が坑道を照らす。その光の発生源は、ハンマーだった。
「え? 何!?」
光が収まった時、そこには純白のハンマーがあった。錆び付いたハンマーは、どこにもない。光に乗じて入れ替えられた訳では無く、これが錆び付いたハンマーだったものだという事は明白だった。
そして、身体中から力が漲ってくる。痩せ細っている身体からは考えられないような感覚だ。
「ああ!? てめぇが選ばれただとぉ!? 巫山戯んじゃねぇ!!」
盗賊がまた棒を私に向かって振ってくる。私は咄嗟にハンマーを振り上げた。
盗賊が重そうにしていたハンマーだというのに、すんなりと振り上げる事が出来た。ハンマーのヘッドが棒を持った盗賊の腕に当たって、棒ごと腕が千切れて吹っ飛んでいった。
「は……?」
呆けた顔で飛んでいった自分の腕を見ている盗賊に向かって、私はハンマーを振う。ハンマーは、盗賊の頭に吸い込まれていき、盗賊の頭部を吹き飛ばした。
『ヒナのレベルが上昇しました。10SPを獲得』
『スキル【槌術】を獲得』
盗賊の身体は血を噴き出しながら倒れていく。弱い。あまりにも弱すぎる。いや、もしかしたら逆なのかもしれない。こいつらが作った過酷な環境下で様々なスキルを手に入れた結果、大して何もしていない盗賊なんかよりも遙かに強くなってしまったのかも。
目の前で無残な死体が転がっているのに、私には罪悪感も忌避感もない。これが【精神耐性】の効果なのだと思う。お姉さんが危険と言うわけだ。相手がゴミとはいえ、人殺しという行為に罪悪感と忌避感を覚えないというのが危険過ぎる。
「ヒナ……」
「あ……」
私は何も思わなくても、一緒にいるレパは違う。目の前で人殺しが行われて、平気でいられるとは限らない。
恐る恐るレパの方を振り向くと、勢いよくレパが駆け寄って来て、私を抱きしめた。
「大丈夫!? 怖かったよね。ごめんね。何も出来なくて……役に立たないお姉ちゃんで……」
レパは、少し涙声になりながら謝っていた。私が殴られそうになっていても何も出来なかった事を謝っているのかな。私が殺人を犯した事には何も思っていないように思える。相手が相手だからかな。
ひとまず、私からもレパを抱きしめる。
「大丈夫。レパが一緒にいてくれたから勇気が出るんだもん。レパは、良いお姉ちゃんだよ」
私がそう言うと、レパの尻尾が私の足に巻き付いてくる。そして、レパの抱きしめる力が強くなるので、私はレパに身体を預ける。レパの僅かに膨らんでいる胸の感触を顔に感じながら、十秒程抱きしめられ続けた。
私を抱きしめた後、レパの方から離れて、自分のツルハシを取りに行った。その間に、私は手に入れたハンマーを調べる。ゲームのようなシステムが働いているのなら、装備している状態のハンマーの性能を調べる事が出来るはずだからだ。
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雷鎚トール:かつて、英雄の一人が用いていたと言われる古代遺物。手放しても念じれば自分の手元に飛んで戻ってくる。雷を纏わせて放つ事が出来る。一部の能力は封印された状態になっている。腕輪、懐中時計に変化する。『筋力+2000 耐久+1000 敏捷+500 魔力+500』
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アーティファクトとは、古代の遺物らしい。そして、その能力の一部は封印されていても、馬鹿みたいな性能を持っている。これを手に入れた時、盗賊は私が選ばれたと言っていた。つまり、アーティファクトは選ばれた者だけが使える物という事らしい。
続いて、ステータスも確認しておく。
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ヒナ Lv2『雷鎚トール』
職業:採掘者Lv48
MP:2335/2335 1810+525
筋力:1009(1600)『2000』 472+487+50【槌術】
耐久:1930(890)『1000』 668+1262
敏捷:356『500』 80+276
魔力:405『500』 7+398
器用:847 467+386
運:20(890) 10+10
SP:20 10+10
スキル:【槌術Lv1】
【MP超上昇Lv32】【剛腕Lv18】【頑強Lv28】【駿足Lv7】【至妙Lv16】
【採掘Lv58】
【MP回復力超上昇Lv21】【重撃Lv12】【暗視Lv68】【気配察知Lv8】
【打撃耐性Lv10】【毒耐性Lv3】【痛覚耐性Lv10】【苦痛耐性Lv10】【精神耐性Lv10】
【高速再生Lv38】
【生命維持】【不死】【女神との謁見】
職業控え欄:旅人Lv1 平民Lv18
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基礎的なステータスは、採掘や殴られていた経験によって大きく伸びていた。十五年分の蓄積が解放された形だから、伸び幅は異常に大きいという感じかな。毎回このくらい上がるとは思わない方が良さそうだ。
ステータスは、レベル2として考えれば、基本的に高いはず。どのタイミングでレベル2になるかで話が変わってきそうだけど、少なくとも普通の生活をしていた人達に比べたら遙かに高いと思う。
数値的な確認をしていると、鈍い嫌な音が聞こえた。それは、レパがツルハシで盗賊の心臓を貫いた音だった。自分でやった事だけど、レパは青ざめた顔をしている。
「レパ……?」
「こ、これで……私もヒナと同じ罪……だよね?」
レパは、自分から私と同じ場所に立とうとしてくれたらしい。その方法としては、かなり過激だけど、それだけの覚悟を持ってやってくれたのだと思うと嬉しい気持ちが込み上げてくる。
私は雷鎚トールをその場に置いて、レパに駆け寄って抱きついた。
「無理しないで。でも、レパの気持ちは嬉しいよ」
「うん」
私達は、もう一度互いに抱きしめ合った。盗賊を殺してしまった私達は、もうこの場所にいる事は出来ない。奴隷に仲間を殺されて平気な顔をしていられるとは思えないからだ。だから、この場所から逃げないといけない。でも、ここには、ここで知り合った友達がいる。
やるのなら、その友達も助け出したい。そして、それなら他の人達も助け出して、盗賊を倒す方が安全だ。そのための力は手に入れたし、前の私ならともかく、記憶が戻った私には、ゲームでの戦闘経験もある。さっきの感じから、盗賊達の強さは、私よりも下と考えられる。それがどのくらい信じて良いものか分からない。でも、やるしかない。




