レパとの別れ
それから三日が経過した。午前中は戦闘訓練。午後は言語の勉強をしていき、夜はレパとの時間と決まった時間を過ごしていった。レパは、毎日同じ場所に跡を残してくれるので、隠すのは簡単だった。
そんな日々の終わりは今日迎えた。レパの両親が迎えに来たのだ。メイリアさんに呼び出されて、私達は宿舎の入口に来ていた。すると、入口周辺にいたレパの両親が、レパを見て駆け寄って来た。
「レパ!!」
レパは両親に抱きしめられた。両親の目からは大粒の涙が零れている。三年近くも行方不明だった娘が生きていた。しかも、こうして出会えた。その喜びに涙を流さないはずがなかった。
「ああ! 本当に生きていて良かった!! もう駄目かと……」
「ずっと探していたのよ! 本当に! 本当に無事で良かった!!」
「うん。ただいま。お父さん、お母さん」
レパの目にも涙が滲んでいる。両親と再会して、嬉しくないわけない。盗賊に捕まった当初レパは私にバレないように毎晩泣いていた。でも、年下の私がいたから段々とお姉さんとしての面が強くでてしっかりとするようになった。
今のレパは、ただの一人の娘としての感情が表に出ていた。
(やっぱり良いな……)
こうして家族から迎えられる。家族と再会して愛を分かち合える。そんな姿を見て、私も両親に会いたいと思うようになる。でも、それは叶わない。私にはもうないものだから。
メイリアさんが、レパの両親に近づいて話し掛ける。レパに関する手続きの話だろう。その間に、レパが私の元に来た。
「ヒナ」
私を呼ぶその声は寂しさが込められたものだった。僅かに感じられる声の震えが、それを表している。それに対して、私は微笑みながら返す。
「お別れだね。でも、また絶対に会いに行くから」
レパの住所は教えてもらっている。手紙も出すし、レパが住んでいる街に会いにも行く。これは私の中で確定している事の一つだった。こういう関係になる前から、レパが住んでいる街には絶対行こうと決めていたしね。
「うん。絶対ね」
レパはそう言って、私にキスをした。ご両親をチラ見したけど、手続きのための話でこっちを見ていない。だから、レパもキスをしたのだと思う。私達の関係がバレても問題はないけど、両親の前でキスをしている姿を見られたくないのは思春期にはよくある事だと思う。
まぁ、向こうでそんな経験一つもなかったけどね!
「忘れないでね?」
「うん。レパの事は忘れたくても忘れられないよ。こんなに刻んでくれたんだもん」
私は身体のあちこちを見てそう言う。私が見ているのは、レパが毎日跡を残した箇所だ。こんなにされたら、私の身体だってレパの事を完全に覚えてしまった。刻みつけてとは言ったけど、こうも見事に刻みつけられるとは思わなかった。それが嬉しくもあるのだけど。
「ヒナは快楽に弱いからなぁ。好みのお姉さんがいたら、絶対に声を掛けるでしょ?」
「いやぁ……そんな事ないよぉ……」
確約出来るか分からなくて、思わず顔を逸らしてしまう。この世界の倫理観的には別に悪い事ではないみたいだし。てか、レパからもある程度許可が出ちゃっているし。ミナお姉さんみたいな人だったり、好みのお姉さんから声を掛けられたりして、迷わず断れるかは自信がない。こっちで暮らしていくのだから、そのくらいは良いはず!
顔を逸らす私の左薬指にレパが触れる。ちょうど根元周辺。指輪を嵌める位置な気がする。
「本命のこの指は、私のだから」
レパは、自分が正妻になるという事を主張している。そして、その認識は私にもある。
「……うん。そうだね。じゃあ、レパの指は、私のね」
「うん。勿論」
互いに互いを正妻と置く事を約束する。そんな私達の元に、レパの両親がやって来た。レパの両親は、私を見ると揃って頭を下げる。
「レパが世話になりました。本当にありがとうございます」
「いえ、どちらかと言えば、私の方がお世話になりました。盗賊に捕まっていた八年間で、レパと一緒にいた三年が、一番心が安まる時間でしたから」
私がそう言うと、レパの両親は口を手に当てて固まった。八年間という部分で、私に同情したのだと思う。人生の中での八年間というのは、相当に大きなものだから。しかも、それが子供の時期なら尚更だ。
「君の両親も早く迎えに来ると良いな」
「はい。そうですね」
私はここで一つの嘘をついた。本当なら嘘を言わない方が良いのだけど、これ以上レパの両親の心に負担を掛けたくない。ただでさえ、娘が帰ってきた事により、心が大きく揺れている。
ここに私に両親はいないなんて事実を伝えれば、無理をしてでも引き取ろうとしてくるかもしれない。レパ的には大歓迎だろうけど、私が申し訳なくなってしまうので、ここで引いておくのだ。
レパもそれを承知しているからか、少し悲痛そうは表情になっていた。でも、私が微笑み掛けると、ぎこちなく笑ってくれた。
「レパ」
レパの両親は、既に敷地外に向いていた。レパに呼び掛けて帰るという意思を伝えている。レパもそれに気付いて悲しげな表情をしながらも、私を見て笑った。
「うん。それじゃあ、またね。ヒナ」
「うん。またね。レパ」
レパは両親に連れられて宿舎を去って行く。少しずつ小さくなっていく背中を見ていたら、突然反転して私の方に向かってきた。そして、そのまま私を抱きしめた。その状態で、私の耳に口を近づける。
「愛してる。何よりも誰よりも」
「うん。私も愛してるよ」
レパは、自分の背中で私を隠しながらキスをして、両親の元に戻っていった。私は手を大きく振って送り出す。レパも手を大きく振って去って行った。
レパは両親に私の旅に付いていきたいという我が儘を言わなかった。その理由は、簡単に想像出来る。自分の無事を泣いて喜んでいる両親を見て、再びその前から去るという宣言が出来なかったのだ。そこに不満はない。だって、私は最初からそうなるだろうと予想していたのだから。
レパの姿が見えなくなってから、私の頬に涙が伝い落ちる。
(涙の別れは寂しすぎるもんね)
涙を拭っていると、手続きを終えたメイリアさんが戻って来た。メイリアさんは何も言わず、私を抱きしめてくれる。その結果、私の涙腺は決壊して大粒の涙を流し続ける。でも、声は上げない。その声がレパに聞こえて欲しくないから。
しばらく声を上げずに泣き続けてから、メイリアさんから離れる。メイリアさんの服には大きな染みが出来上がっていた。
「ごめんなさい……」
「ううん。大好きな子がいなくなるのは辛いもの。ましてや、相手が愛している人ならね」
そう言われて、ビクッと肩を跳ねさせてしまった。目だけでメイリアさんの顔を見ると、にんまりと笑っているのが見えた。
「いつから……?」
「ヒナちゃんが長袖とかを着るようになったタイミングかしらね」
「最初から!?」
まさかのメイリアさんにはバレバレだった。それでも何も言われなかったのは、私達の関係を尊重してくれていたのかな。
「ヒナちゃんは、割と分かり易いからね。レパちゃんを見る目が強くなっていたし。レパちゃんは割と最初からだったから、レパちゃんだけだったら分からなかったかしらね」
「うっ……」
「まぁ、出来れば、ちゃんと知識を付けてからの方が良いのだけどね」
「そのくらいの知識くらいありますよ。多分……」
「ほぉ~……」
メイリアさんは面白そうに笑うと、私に耳を近づけてきた。
「それじゃあ、蜥蜴人族が噛み跡を残すのは、男性だけって知っていたかしら?」
「うぇっ!?」
「女性が残すのは尻尾の絞め跡だけよ」
「えっ!?」
「二人はどっちも付けていたみたいだけれど。ただ、女性同士だとどうなるのか分からないのよね。他種族というのもあるから、一概にこれが正しいとは言えないけれど、そこら辺の知識は持っていた方が良いわ」
まさかの知識を植え付けられた。レパも十七歳でそもそもそういうのが多感な十四歳から三年間を奴隷生活で浪費させられていたわけだし、知識の間違いがあっても不思議ではない。私も向こうの世界での知識が正しいものばかりかと訊かれたら、ちょっと言葉が詰まるだろうし。でも、それ以上に気になる事があった。
「メイリアさん、詳しいですね」
「大人の嗜みよ」
本当に嗜みなのだろうか。メイリアさんは、人族だし、態々蜥蜴人族の性知識を持っているのはおかしいのではと思ってしまう。態々調べないと知る機会なんてないだろうし。メイリアさんもそういう事に興味津々になっていた時期があったという事なのかな。
メイリアさんの見た目から想像出来ない事だ。いや、真っ赤な髪というのはもしかして……いや、どちらかと言えばピンクの方がそういうイメージになるか。
「さてと、それじゃあ、早速冒険者ギルドに行く?」
「え? こんなすぐでも良いんですか?」
「そういう話だったしね。即日で試験も受けられるから、今日中に冒険者になれるかもね」
「頑張ります!」
正直辛い別れだったけど、それでも私は歩まないといけない。まずは、冒険者としての資格を得る事が一歩目だ。レパに恥ずかしくない人間となるために、全力で頑張ろう。




