新しい挑戦
それから十一日が経った。この間に一気に冷え込んで来た。家に暖房があるというのが唯一の救いかな。まだ雪は降っていない。エリナさんの話では、レオパルドでは雪が降ることは稀らしい。昔は雪で大はしゃぎしていたけれど、今くらいになるとそれだけ寒いという事を実感させられるから、そこまで好きじゃない。加えて、冒険者としての活動と通して、悪天候での戦闘がとても嫌だという事を知ってしまったので、逆に有り難いくらいだった。
そして、これも驚きだったけど、この寒さでもヴェノムスネークは活発に動くらしい。変温動物のくせに寒さに強いという意味の分からない特性を持っているみたい。なので、Cランクの依頼にはヴェノムスネークとファングパンサーの二種類が常に張り出されているとの事だ。お金稼ぎは、冬の間でも続けられそうだ。
アリサも新しいコートが暖かいようで特に問題なく活動出来ている。私も外套を冬物にして対応出来ている。根本的な寒さは残っているから、暖かいとはいかないけどね。
お金も貯まる一方になっている。その理由は、私達がアーティファクトを使っている事とアリサのケーリュケイオンで多少の傷や破れは補修出来るからだ。武器防具のメンテナンスが自分達で完結する以上、そこに掛かるお金が丸々懐に入る。一応、薬屋で常備薬などは購入しているけど、これもインベントリに入れておけば基本的に劣化がないので、買い足す事が少ない。私が意識を失っているとインベントリを使えないから、その時ようにそれぞれのポーチに入れている分を買い換えるくらいだ。
なので、後は娯楽用の本を購入するくらいしかない。アリサも意外と本を読むタイプだから、割といっぱい購入している。アリサは私と同じで雑食らしく、色々なジャンルの本を楽しそうに読んでいた。
依頼は基本的にCランクの討伐依頼を受けて、休日は読書や観光などを楽しみつつ過ごしていく。
そうして、今日も依頼を受けようと思ってギルドに来た私は、依頼板の前で立ち止まる。
「どうしたの?」
アリサが顔を覗きこんでくる。いつもは交互にファングパンサーとヴェノムスネークを狩っているので、今日はファングパンサーの日なのだけど、その依頼書を探す前に一つの依頼書が目に入ってしまったので止まっていた。
「ううん。そろそろ調査依頼を受けるのも有りかなって思って。採取依頼も良いけど、やった事ない依頼を受けて経験を積んでおいた方がこれからのためになるから」
「じゃあ、今日は調査依頼?」
「ううん。予定通りファングパンサー。調査依頼は、準備をしていかないといけないから。エリナさんに詳しく聞いてみようか」
「うん」
ファングパンサーの依頼書を持って、エリナさんがしている受付に向かう。
「本日はファングパンサーですね」
「はい。後、一つ聞きたい事があるんですが」
「はい。では、先に手続きをしてしまいましょう」
「お願いします」
私達の冒険者証と依頼書を持ってエリナさんはテキパキと手続きをしていき、すぐに戻って来て冒険者証を返した。
「改めまして、聞きたい事とは?」
「調査依頼に関してなんですが、必要なものとかってありますか?」
「全てを覚えていられるのであれば、野営道具と携帯食糧でしょうか。遺跡は地下に広がっていますので、中で焚き火をされると死の危険が。調査内容を忘れてしまいそうという風にお考えであれば、メモするための筆記用具です」
「調査の内容は中の様子で、未踏の地の調査が主で合ってますよね?」
前にも聞いた内容を復習のために確認する。
「はい。最悪の場合は、本当に中の状態だけで構いません。こちらで過去の調査報告と照らし合わせて変化がない事を確認しますので。もし、調査依頼を受けるのでしたら、過去の調査記録をお貸ししますが」
「良いんですか?」
「寧ろ、調査依頼を受けるのであれば必須レベルです。基本的に見ないで行う方が多いですが」
エリナさんは、少しだけ怒りを滲ませていた。ここら辺の自主学習をする人達が少なくて、色々と困った事があったのかもしれない。そもそも冒険者達の報告がまともにされているのかも怪しく思えてくるような怒り方だ。
「それって、どこで読めますか?」
「あちらの部屋に入りますと、本棚が並んでいます。その部屋の中であれば自由に読んで頂いて構いません。持ち出しはご遠慮ください。一応、原本はこちらにありますが、大事な情報ですので」
「はい。分かりました。じゃあ、行ってきます」
「はい。いってらっしゃい」
調査依頼に必要なものは分かった。取り敢えず、携帯食糧は焼いたお肉をインベントリに入れて持っていく事にしよう。時間停止機能がここで役に立つ。焼きたてを入れて置けば、いつでも焼きたてを食べられる。これは確認済みだ。普段は、普通に野菜とかも合わせて健康的な食事を心掛けているけど、調査依頼の時は最低限満たせるような形にしつつ食べやすさを重視しようかな。
後はメモ帳だ。紙だけだと書きにくいからクリップボードとかがあれば良いのだけど。明日は雑貨屋巡りかな。こっちの世界でもバネとかは作られているから、探せばあるかもしれない。こっちの職人を信じよう。
アリサとファングパンサーを一体狩った後、レオパルドまで戻って来た私は報告を済ませて、調査記録がある部屋に入った。中には誰もいない。
「あそこのファイルかな」
「結構多いね」
「多分、最新版だけじゃないんだと思う。最新版でこの多さだったら情報量多すぎだし……」
中には天井まで届く本棚いっぱいにファイルが詰め込まれている。全部で何百とあるように思えるので、さすがに昔の記録も混ざっていると思う。
「これが最新版じゃない?」
アリサがすぐに最新の情報が詰まっているであろうファイルが置かれている場所を見つけた。まぁ、順当に本棚に並べていったと仮定すれば、簡単に分かる。一番右下を見れば良いから。空きのある本棚の一番右下にあるファイルを取り出して、テーブルで二人並んで確認していく。
「地図?」
「まぁ、最初はそうだろうね。調べられているのは、十層まで。それ以降はまだみたいだけど……」
「広いね」
アリサの言う通り、二層から下がかなり広い。地図の全体を見る限り、探せば未踏の場所もありそうな感じがする。
その次の情報は棲み着いているモンスターや崩落部分や老朽化しているように見える場所の報告。それと遺跡にある部屋がどういう風な形をしているか等だ。
「なるほど……これは一筋縄じゃいかなさそうだ。でも、結構面白そうだね」
「大分時間が掛かりそう」
「その分実りがあると良いけどね。洗った野営道具ももう使う事になるのかぁ……」
「調査が終わったらまた洗う?」
「火を使う事はないから煤は付かないだろうし、テントを洗うくらいになるかな。あっ、いや、シャワー用のカーテンとか支柱も洗う事になるか……やかんとかがないだけマシと考えるかな」
調査依頼を受けるとなると、テントか寝袋は必須なので、そこら辺の洗濯をもう一度しないといけない。まぁ、そのくらいなら別に良いのかな。取り敢えず、明日明後日で必要なものを揃えて、調査依頼を受けてみる事にする。経験は何よりも重要だから。




