寝る時は抱き枕
部屋に戻ると、テーブルに着いてレパが待っていた。どうやら、メイリアさんが夕食を運んできてくれたみたい。私を待ってくれている辺りがレパらしい。
「ただいま」
「おかえり。手を洗ってね」
「うん」
言われた通りに手を洗う。そこら辺の衛生観念はこの世界にもある。手を洗い終わった後、テーブルに着く。そこに並んでいる夕食を見ると、割と慣れ親しんだものだった。
「おかゆ?」
「うん。これまでまともに食事を摂れてないから、いきなり普通のものは胃が受け付けないかもって」
「ふ~ん……普通に肉食べたけど……」
ここに来る前に獲れたての肉をウェルダンに焼いて食べた。しっかりと焼いたのは、寄生虫とか食中毒とかを防ぐためだ。【毒耐性】があるから、ある程度大丈夫ではあるのだけど、ないに越した事はない。後、火力調整が難しすぎるというのもあるかな。
「まぁね。でも、消化機能が弱っていてもおかしくないんじゃない?」
「まぁ、それもそうか」
私達が普段食べていたのは、果物や干し肉の欠片とかだったので、ちゃんとしたものを食べるのは、まだ早いというのは理解出来る。何も食べない日も割とあったし。胃が驚かないように、良く噛んで食べていこう。
「じゃあ、いただきます」
「いただきます」
おかゆを木のスプーンで食べていく。食べながらレパの方から話題を振ってくる。
「そういえば、勇者様とは何を話したの?」
「ん? これ」
私は右手首にある雷鎚トールの腕輪を見せる。
「ああ」
レパは、雷鎚トールを見て納得した。アーティファクトを持っている私を勧誘したのだという事は、すぐに思い付く事だ。転生者と転移者について、どこまで話して良いか分からないから、ひとまずは秘密にする。
「そういえば、お米ってどこで育ててるんだろう?」
「農業都市があって、基本的にはそこから輸出している感じだよ。それぞれの街でもある程度は育てているはずだけど、私もそこまで詳しくは分からないかな。少なくとも私がいた街では育ててたよ」
「ふ~ん……何も覚えてない」
私がいた街ではどうだったのだろうか。農業都市というのも聞いた事がない。そういうのを学ぶための引っ越しだったのかな。少なくとも街から逃げ出すみたいな意味合いではなかったというのだけは覚えている。
「これから色々と知る機会は増えるだろうから、そこで知っていけば良いんじゃないかな。それに、ヒナはこれから旅をするわけだから、農業都市に行く事があるんじゃない?」
「まぁ、そっか。ある程度の地理情報がないと、私も旅出来ないだろうし。そのためにお金を集める必要があるかな。明日からは冒険者になる方法を聞いて行動しないと。後は身体作りかな」
私がそう言うと、レパは少し寂しげな表情になった。私と離れる事になる。それを強く意識したからかな。
夕食を食べ終えるのとほぼ同時にメイリアさんがやって来た。
「食器を片しに来たわ。どう? お口には合った?」
「はい。美味しかったです」
「それは良かった。明日から少しずつ普通の食事に戻していくつもりだけど、お腹は大丈夫そう?」
「大丈夫だと思います」
「私も平気だと思います」
「了解。それじゃあ、ゆっくり休んで。明日の朝にまた来るから」
メイリアさんはそう言うと、食器を回収して部屋を出て行った。メイリアさんを見送って部屋に鍵を掛けておく。そうするように言われているからね。
「ヒナ、寝る前に歯磨きね」
「うん」
洗面所に行って新品の歯ブラシを取って、歯磨き粉を付けて歯を磨く。こっちにもしっかりと歯磨き粉はある。ミントっぽい味もしているけど、植物とかそういうのも向こうにあるものとほぼ同一なのかな。
異世界って事だけど、実は地球のパラレルワールドだったとか……いや、そんな事はどうでも良いか。深く考えても答えなんて出るわけないし。
歯磨きを終えて、洗面所でレパと交代する。ベッドに腰を掛けて、インベントリを開き中に入っている盗賊達が持っていた娯楽小説を閲覧する。内容は、向こうでもありきたりな騎士とドラゴンの物語だったり、お姫様を救う物語だったり、お姫様を倒す物語だった。いや、お姫様を倒す物語はあったっけ。基本悪い女王とかでお姫様はなかったような気がする。
一つ決定的に違うのは、こっちには本物のドラゴンがいるって事かな。序盤を読むだけでも、ドラゴンの脅威が良く伝わるような書き方がされていた。実際に見たような書き方だ。
鉄をも噛み砕く事が出来るであろう強靭が牙。岩を切り裂くであろう爪。あらゆる剣を弾くような鱗。この世の全てを灰燼に帰す息吹。
そんなドラゴンの血は、人に竜のような力を与えるらしい。主人公は、その竜の血を飲むために旅に出るというのが物語の始まりになっている。
(私、思いっきり浴びたけど、飲んでな……あれ? 飲んでないよね? 口に入った気が……するようなしないような……でも、ステータスにも変化は……)
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ヒナ Lv5『雷鎚トール』
職業:採掘者Lv48
MP:2431/2431 2393+38
筋力:1099(1600)『2000』 1075+24
耐久:1980(890)『1000』 1968+12
敏捷:419『500』 396+23
魔力:454『500』 434+20
器用:881 868+13
運:50(890) 40+10
SP:50 40+10
スキル:【槌術Lv1】
【MP超上昇Lv32】【剛腕Lv18】【頑強Lv28】【駿足Lv7】【至妙Lv16】
【採掘Lv58】
【MP回復力超上昇Lv21】【重撃Lv12】【暗視Lv68】【見切りLv1】【気配察知Lv8】
【雷耐性Lv2】【打撃耐性Lv10】【毒耐性Lv3】【痛覚耐性Lv10】【苦痛耐性Lv10】【精神耐性Lv10】
【高速再生Lv38】
【生命維持】【不死】【女神との謁見】
職業控え欄:旅人Lv1 平民Lv18
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特にない。全体的な伸びも全然高くない。筋力と敏捷の伸びは重い雷鎚トールを持っているから筋トレになったのと、ここまでずっと歩いたり、時々走ったりしていたからだと思う。
「ヒナ?」
レパに名前を呼ばれて、ステータスとインベントリを消す。すると、レパの顔が目の前に現れた。ステータスとインベントリに隠れて、正面が見えにくくなっていたみたいで、全然気付かなかった。
「大丈夫? ぼーっとしていたみたいだけど……」
「うん。ステータス見てた」
「ああ、なるほどね」
こうして納得してくれるって事は、レパにも同じようにステータスが見えるという事だ。
「あまり外でステータスを見ないようにね? 周りが見えなくなるから」
「うん。そうする」
さっきレパの接近に気付けなかった事から、そうなる理由は理解出来る。インベントリも外で閲覧する時には気を付けた方が良いかな。
「そういえば、このステータスって他の人に見せられないの?」
「右上にある可視化を使えば見せられるけど、あまり人に見せない方が良いよ。スキルで揉め事になる事があるから」
「そっか」
可視化のボタンを確認してから、改めてステータスを消す。【女神との謁見】とかバレたら面倒くさいスキルは多いから、確かにレパの言う通りだった。
「それじゃあ、そろそろ寝ようか」
「うん。朝にはメイリアさんが来るみたいだしね」
それぞれのベッドに入って眠りに就く。そのつもりだったのだけど、中々寝付けなかった。
(う~ん……眠いはずなんだけど……何か落ち着かない……)
久しぶりのベッド。柔らかく適度な反発があるベッドは本当に寝心地が良い。坑道の地面という名のベッドよりも遙かに良いはずなのだけど、本当に寝付けずにいた。
「ねぇ、レパ」
「何……?」
暗闇の中で、眠たげなレパの声が聞こえてくる。レパの方は、普通に眠れそうみたい。ちょっとズルい。
「そっちのベッド行って良い?」
「ん~……? 良いよぉ……」
許可を得たので、枕を持ってレパのベッドに移動して中に潜り込む。ちょっと狭いけど、この方が安心する。八年もあんな場所で寝ていたからかな。ちょっと広い事に不安を覚えていたみたい。
私がベッドに入ると、レパの尻尾が目の前に現れた。どうやらレパは背を向ける形で寝ているらしい。何となくレパの尻尾を抱き枕のようにしてみると、すんなりと眠気が襲ってきた。でも、完全に眠ってしまう前にレパに栄養補給をしておく。おかゆだけじゃ足りないものが多いからね。ある程度補給した後は、そのまま眠りに就いた。




