転移者と転生者の会話
お風呂から出て、メイリアさんから貰った服に着替える。そして、軽く柔軟をしていると、部屋がノックされた。
「は~い」
「ハヤトだ」
「?」
何故か勇者のハヤトさんが訪ねてきた。本当に何故だろうか。取り敢えず、扉を開けて出る。
「ちょうど良かった。君に用事がある」
「え? ロリコン?」
「いや、違う。断じて違う。取り敢えず、場所を変えよう」
「ふ~ん……レパ、私、ちょっと出て来る。メイリアさんが来るからお願いね」
「うん」
扉を閉めてハヤトさんと歩いてくと、誰も居ない部屋に入った。宿舎内の会議室みたいなところで、少し大きい。
「やっぱりロリコン?」
「いや!? 違うって言ってるだろ!?」
「えぇ……じゃあ、なんでこんなところに?」
「ああ。単刀直入に訊く。君は転移者か?」
ハヤトさんが私を誰もいない場所に連れてきた訳が分かった。この話を誰も聞かれないようにするためだ。
(ロリコン……いや、その前から疑われてたから呼び出されたわけだし……ミモザさんとの会話から、何かしら疑われたと考えるべきかな。ここで話さないという選択も出来るけど、国の勇者として喚ばれたらしいハヤトさんなら、大丈夫かな)
ミナお姉さんの話から考えるに、ハヤトさんの事情なら危険な転移者に該当はしないはず。
「はい。転移者じゃなくて、転生者ですけどね。元々は今と同じ十五歳の高校生……ってか、高校生になったばかりでした。フルダイブ型ゲームをプレイしようとしたら、近くで凄い落雷があったみたいで感電死したらしいです。まぁ、私は意識がゲームの方にあったから痛みも何もなく死んだらしいですけどね」
「転生者……話には聞いたな。俺は十九歳の大学生だった。ここの国王によって、勇者として召喚されたんだ。魔王に関しては、ミモザから聞いていたな」
「はい」
「問答無用で喚び出されてな。戻る事も出来ないみたいだから、勇者として活動する事になったんだ」
転移者は、元の世界に戻ることも出来ないらしい。まぁ、転生者も同じだけど、こっちは元の身体が死んでいて、転移者は元の身体で来ている。戻れないでも、意味合いが違いすぎる。
「それにしても転生者か……確かに、日本人というようには見えないな。白い髪という点も含めて」
「ん? ああ、これ確か元々は金髪でしたよ」
「元々?」
「盗賊に殺されかけたり、何度も殴られていたストレスか何かで白くなったんだと思います」
八年間をあそこで過ごしている間に、髪の色が変わっていったのを覚えている。最初は驚いたけど、そのうち気にもならなくなった。原因が何かは分からないけど、ストレスによるものというのが一番に考えられる。そもそも【不死】が定着する程の事をされているのだから、実際に何度もしている可能性は高い。殴られて意識がなくなったりしたのも気絶じゃなくて死んでいたのかもしれないし。
そんな話をしたからか、ハヤトさんは眉間に皺を寄せていた。
「転生者と言えど、そんな環境に送られる事もあるんだな」
「まぁ、珍しい部類ではあると思います。それで、転移者かどうかを確認したくて呼んだんですか?」
「いや、それもあるが、一つ提案をしに来たんだ。俺達と一緒に来ないか?」
「一緒に?」
想定外の提案だ。いや、想定外でもないのかな。私が盗賊と戦った姿を見たから、私も戦力になると判断したのだと思う。実際、自分でも育てれば結構な強さになると思うし。
「ああ。ミモザも気に入っているみたいだからな。これから旅に出るのなら、俺達と来ても良いだろう?」
「う~ん……それでハヤトさんのハーレムパーティーに入るのはなぁ……」
「ぶほっ!?」
ハヤトさんが咽せた。しばらく咳をしてから、高速で手を振る。残像が残る程の速さなので、無駄にステータスの高さが表れているような感じかな。
「違う! 違う! 男女割合はハーレムだが、そういうパーティーじゃない!」
「物語の主人公は、大体そう言うと思いますけど」
「俺のパーティーは、国王が用意したものでな。俺が勇者というのが関係していると考えている」
「勇者が? ああ、もしかして英雄の子を残すみたいな?」
国王が態々意図して女性だけのパーティーにしたというのなら、それが一番に考えられる。英雄の子がいれば、それだけで政治的な道具とかにも出来そうだし。厄介払いされる心配がないという点では良い事な感じがする。
「ああ、そういう事だ。この国……というよりも、世界は一夫一妻制じゃないみたいでな。まぁ、唯一の救いは、ミモザだけはそういう意思を持っていないという事だな」
「ふ~ん……鈍感系ですか?」
「違う。ミモザは、女性が好きらしい。同性愛者という事だな」
「へぇ~、確かにそれなら心配は要らないですね」
「ああ。こっちに来て三ヶ月以上経ったが、割と積極的な人が多い。向こうの常識とは若干違うからな。戸惑う事ばかりだ」
ハヤトさんは、本当に困ったようにそう言った。向こうでは一夫一妻が普通だし、いつでもどこでも誰でも子作りみたいな雰囲気にされると戸惑いの方が強くなってしまうらしい。無節操な性格なら、もう少し楽に出来ただろうに。
「ふ~ん……優柔不断でいたら、本命を逃しますよ」
「っつってもな……こっちの生活に慣れるのと修行に必死で、恋愛を意識する時間なんてなかったからな。何度か王女様とお茶を飲んだくらいだ」
「あははは……国王は王家の血と混ぜたいみたいですね」
「ったく、もっと余裕が出来れば、それを考える時間も取れるんだけどな」
勇者としての召喚させられたハヤトさんは、大分大変な異世界生活を送る事になりそうだ。可哀想。まぁ、これが本当に使命を持った転移者って事なのだと思う。
「この話は、これくらいで良いだろう。それで、どうだ? 君が居てくれると心強いんだが」
ハヤトさんは、私の同情の視線を受けたからか話を切り上げて元の話に戻した。
「う~ん……いや、遠慮しておきます。面倒くさそうなので」
「理由が絶妙にショックだが、了解した。もう一つ訊くが、君の腕輪はアーティファクトだな?」
「はい。もしかして、ハヤトさんもアーティファクトを持ってるんですか?」
「ああ」
ハヤトさんはそう言って、右の指にしていた金色の指輪を見せてから、それを金色の剣に変えた。綺麗な花の意匠が施されている剣だ。
「似合わないですね」
「言うな。これは、聖剣エクスカリバー。ステータスの上昇値はバランス型のアーティファクトだな」
「え?」
私でも聞いた事がある剣の名前だ。ゲームでもお馴染みだけど、物語でも有名な剣だ。だからこそ、違和感を覚えてしまう。私の雷鎚トールといい聖剣エクスカリバーといい、どうにも向こうの世界のものの名前が流入している気がする。
私は雷鎚トールを元の姿に戻す。
「私のこれは雷槌トール。筋力に尖ったアーティファクトですかね」
「トール? 北欧神話の雷神か。どうにも古代の人間は、向こうの世界の神話や伝説に精通しているやつが多かったみたいだな」
「でも、それって何年前ですか?」
「…………十年百年の単位ではないはずだ。下手すれば万に届く可能性すらある。この世界の歴史は長いらしいからな」
「でも、アーサー王伝説って、中世辺りですよね?」
そうなると、喚び出された人がいたとしても、エクスカリバーの名前が出て来ないのではと思った。
「こっちと向こうでの時間の流れが違うか、進む速度が一定じゃないんだろう」
「波みたいに速度が変わるって事ですか?」
こっちが早く進む事があれば、向こうの方が早く進む事もある。そんな時間の波があるのかもしれない。だから、向こうで現代に生きていた人などが、こっちの何百年何千年前にいたとしてもおかしくはない。ハヤトさんはそう考えたみたい。割と強引な考えだと思うけど、薄い筋くらいは通っている気がする。
「ああ。まぁ、そこは考えても仕方ないだろう。君の雷鎚トールは、全ての能力が使えるのか?」
「いいえ。封印されてます」
「そっちもか。エクスカリバーも同じだ」
「え? それって、勇者代々の剣とかじゃないんですか?」
「そのはずだが、俺が手にする前は軽く錆び浮いた剣だった。長年使っていないという印象があったな」
「え?」
ハヤトさんの話に違和感を覚える。既にあって、一度目覚めているのにも関わらず、また錆び付かせるような事になるって、どれだけ保存状態が悪かったのだろうか。
「ああ、やっぱり違和感を覚えるよな。実はアーティファクトは、俺達みたいに選ばれた者以外は扱えない。加えて、持ち主がいなければ、何年もしない内に錆び付いていくらしい」
「どういう原理なんです?」
「そこまでは知らないな。少なくとも、俺達の常識で語れるものじゃないだろう。異世界に来て、向こうの常識を持ち出す方がおかしいしな。郷に入っては郷に従えって言うだろう?」
「じゃあ、女性からの申し込みを受けます?」
「…………」
ハヤトさんにとって痛い返しだったようで苦い顔になっていた。
「まぁ、常識といっても物理法則や現象における常識に限定する事にしよう。いや、倫理観に関しても違うか……」
ハヤトさんはそう言って私を見る。それで言いたい事は分かった。私が簡単に盗賊を殺した事を言っているのだと思う。まぁ、元の世界の倫理観的には、私の行動は過剰防衛になりかねない。てか、防衛になるのかすら怪しいレベルだ。
「まぁ、何でもかんでも向こうの常識を持ち出すなって事だ。臨機応変に生きるしかない」
「無難にまとめましたね。まぁ、事実ではありますけど」
「そういう事だ。まぁ、これが俺の話したかった事だ。これから、俺達は君達が捕まっていた盗賊団のアジトを調べに行く事になっている。気が変わったら言ってくれ」
「はい」
会議室のような場所から出て、私はレパが待つ部屋に向かう。ハヤトさんは反対方向にある出口に向かって行くから、もう帰るのだと思う。
意外と有意義な話が出来た。アーティファクトの謎は結構気になるから、色々と調べて見ても面白そうかな。
「あっ……スキルに関して聞けば良かった……まぁ、いずれ機会はあるか」
ちょっと心残りが出来たけど、まだこの街にいるみたいだし、どこかしらで話す機会を設ける事は出来るだろうから気にしないでおく。何か忘れそうだけど。




