久しぶりの健康診断
ユーリさんを送り出してからは、本を読んで過ごしていたらインターホンが鳴ったので、玄関の扉を開けに行く。リルカさんが来たのかなと思って扉を開けると、手が伸びてきて私を抱きしめた。その手の主は、私もよく知る人物のものだ。予想外なのは、こんなに早く来るとは思わなかった事くらいだ。
「ミモザさん」
「ヒナちゃん。お久しぶりです。ユーリから話を聞いて飛んで来ました。本当は私がヒナちゃんから話を聞きたかったのですが、ジェーンの監視をしなくてはいけませんでしたので」
「監視ですか?」
「はい。多少丸くなってきているのですが、やはり気性は荒いので」
躾る前の犬みたいな状態なのかな。まぁ、丸くなり始めているというのがハヤトさんの影響なら、このまま一緒に居れば普通の人くらいにはなるのかな。
「中にアリサもいるので挨拶していきますか?」
「そうですね。実はアリサちゃんにも用があって来たのです」
「アリサの身体ですか?」
「はい」
元々はヌートリアでイヴナイアさんが診てくれていたけど、ミモザさんもそっちの分野にある程度詳しい。聖女として身体を癒すための知識だろうけど、診てもらうにこした事はない。
ミモザさんを中に入れて、アリサの元に連れていく。本を読んでいたアリサは姿勢を正して、ミモザさんを見る。
「お久しぶりです」
「お久しぶりです。身体に異常はありませんか?」
「はい。何も問題ありません」
しっかりと受け答えをするアリサにミモザさんは頷く。
「少しだけ診せて頂いても良いですか?」
「はい」
そこからミモザさんがアリサの身体を念入りに調べてくれる。何かしらアリサも気付いていないような異常があったらいけないから、こういうのは本当に有り難い。私が気付ければ一番良いのだけど、そういう分野に全くと言っても良いほど詳しくないので、専門家に任せるのが一番だ。
ただし、専門家と言っても、アリサのような身体を診た事のある人なんてミモザさんかイヴナイアさんくらいしかいないので、旅をしている以上、基本的にミモザさんに任せるしかない。
「問題は無さそうですね。鱗なども問題ありません。脱皮は何度か?」
「軽く剥ける程度ですけど、鱗のある場所や尻尾は起こります。ヒナが手伝ってくれるので、剥き残しはないです」
「それなら良かったです。脱皮不全等が起こってしまう事は避けたいですから。受け答えもしっかりしていますから、自分の意識を持っていますね。安心しました」
ミモザさんの診察が終わる。取り敢えずアリサの身体が問題なしとの事だ。
「新しいアーティファクトを手に入れたんですけど、その影響とかもないですか?」
メイリアさんのアーティファクトである魔剣ダーインスレイヴは、メイリアさんの精神に影響を及ぼす。ミモザさんならそういったデメリットも診断出来るかもしれないと思い、駄目元で訊いてみた。
「アーティファクトを? そうですね。どういうアーティファクトですか?」
「レーヴァテインという熱を持つアーティファクトです」
「なるほど。体温はアリサちゃんの平均体温と同じ。反射はしているから、脳にも大きな影響は見受けられない。脊椎にもない。アリサちゃんは体感で熱を持っている場所とかありますか?」
「ないです」
「自覚症状もなし。手に入れてからどのくらい経っていますか?」
「二週間と少しです」
「その期間で問題がなければ、第一封印の状態であれば問題はありません。ここから封印が解かれると分かりませんが」
「そうですか……取り敢えず良かったです」
炎剣レーヴァテインのデメリットはあまりなさそうだ。これから封印が解けていった時には、少し気にするようにしておこう。
そう思っていたら、ミモザさんが私の方に来て診察を始めた。
「私もですか?」
「念のためです」
ミモザさんから一通りの診察を受ける。
「健康的に体重が増えていますね。抱きしめた時に少し重くなっていたので、少し気になっていましたが、健康で安心しました」
「大分肉が付いたと思います。それでも痩せすぎですか?」
「そうですね。ご飯を食べる量は増えていますか?」
「はい。大食いという訳では無いですが、一般的な食事量だと思います。時々少し多くなりますけど」
食事量的には、一般的な量を食べていると思う。ちょっとお腹空いた時は、いっぱい食べるけど、本当にそのくらいだ。どちらかと言えば、アリサの方が食べる。それも異常かと言われるとそうでもない。
「それなら時間の問題ですね。冒険者として活動している分、どうしても運動量が多くなってしまいますので、もう少し肉を食べると良いかもしれないですね」
「ヒナは街にいるとき野菜ばかりだよね」
アリサがそう言う。実際、街にいる時は野菜を積極的に摂るようにしている。その結果、アリサも野菜が多くなるのだけど、特に文句は言われていない。
「旅してる時に野菜を摂りにくいから、街にいる間は野菜を中心に摂ろうと思っちゃうんだよね」
「基本的にはそれで良いと思いますが、少しお肉を増やす感じが良いでしょう」
「分かりました。気持ち多めにしてみます」
今でもある程度バランス良く食べているけど、気持ち筋肉作りに役立つお肉を多めにする事にした。
「ユーリから話を聞いていると思いますが、現在何者かが暗躍している可能性があります」
「多分、アリサが二つ程潰してます。ここのミノタウロスとマンチカンでのオーガでって……あっ! ユーリさんにオーガの話するの忘れてました!」
「伝えておきます。オーガの規模は?」
そこからはマンチカンでの話をしていき、ミモザさんが情報をまとめ上げていった。
「オーガキング……下手すれば、ゴブリンキングも洗脳されていた可能性がありますね。貴重な情報をありがとうございます。ユーリに伝えてきます」
「はい。お願いします」
「それと……」
ミモザさんはそう言って、私の耳元に口を寄せる。
「宿の五階右端の部屋が私の部屋ですので」
ミモザさんはそう言って私の頬にキスをすると、玄関へと向かって行った。ここで襲わないくらいには、この情報をしっかりと集めないといけない状況なのだと分かる。
ミモザさんを玄関まで見送って、リビングに戻る。
「今日行くの?」
アリサが訊いてくる。その表情は不快さなどなく、ただの確認だと分かる。
「ううん。忙しそうだから、明日ハヤトさんにも会いに行ってみる感じかな。アリサはどうする?」
「お留守番かな」
「そっか。それじゃあ、夜ご飯の買い出しに行こうか。お肉を買い足したいから」
「分かった」
外出出来る服装をしているので、私達は夕飯の買い出しに向かう。筋肉を付けるために少し食材を工夫しないとね。