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第9話:運命の闇を切り裂く光

 村に到着した瞬間、リリアーナの目に飛び込んできたのは、地獄絵図と言っても過言ではない光景だった。炎に包まれた家々から立ち昇る黒煙が、満月の光を遮り、あたかも闇が世界を飲み込もうとしているかのようだった。あちこちから聞こえる悲鳴は、リリアーナの心を引き裂くように響いていた。


「くそっ、遅すぎたか……!」


 アシュレイの呟きには、怒りと焦りが滲んでいた。その声は、まるで千年の時を超えて蘇った戦士の咆哮のようだった。


「リリアーナ、君はここで待っていてくれ。危険だ」


 アシュレイの真剣な眼差しに、リリアーナは心臓が早鐘を打つのを感じた。彼の瞳に宿る決意の炎は、彼女の中に芽生えた愛情をより一層かき立てる。


「でも……!」


「頼む」


 リリアーナは渋々頷いた。その仕草には、自分の無力さへの苛立ちと、アシュレイへの深い信頼が混在していた。


 アシュレイとエルドリッジが戦いに身を投じていく姿を見送りながら、リリアーナの心は複雑な感情の渦に巻き込まれていた。彼女の中で、かつての村娘としての自分と、アシュレイと過ごした日々で培われた新たな自分が激しくぶつかり合う。


 そんな彼女の目に、突然見覚えのある人影が飛び込んでくる。


(あれは……お父様……?)


 ザカリーが吸血鬼に襲われそうになっている光景を目にした瞬間、リリアーナの中で何かが弾けた。長年抑圧されていた父への複雑な感情が、一気に噴出する。


「お父様!」


 彼女の叫び声が、戦いの喧騒をかき消す。その瞬間、リリアーナの中で、自分を守るべき存在と、守られるべき存在の境界線が曖昧になっていく。


「リリアーナ、危ない!」


 アシュレイの警告の声が届く前に、リリアーナは父の前に立ちはだかっていた。吸血鬼の鋭い爪が、彼女に向かって振り下ろされる。リリアーナは目を固く閉じた。その瞬間、彼女の脳裏に、これまでの人生が走馬灯のように駆け巡る。


 しかし、予想していた痛みはやってこない。恐る恐る目を開くと、そこにはアシュレイの背中があった。


「アシュレイ様……!」


 アシュレイの肩から滴り落ちる赤い血を見て、リリアーナの心は凍りつく。その赤い雫は、彼女の心に永遠に刻まれる光景となった。


「リリアーナ……無事か?」


 アシュレイの声には、安堵の色が滲んでいた。その声音は、まるで千年の時を超えて彼女を守り続けてきたかのように、深い愛情に満ちていた。


「ご無事で……良かった」


 そう言って、アシュレイはリリアーナの腕の中に倒れ込んだ。その瞬間、リリアーナの中で何かが大きく変化した。彼女は、自分が単なる守られる存在ではなく、大切な人を守る力を持った存在であることを、痛烈に自覚したのだ。


「アシュレイ様! アシュレイ様!」


 リリアーナの悲痛な叫びが、夜空に響き渡った。その声には、深い愛情と、強い決意が込められていた。


 城の一室で、アシュレイは静かに横たわっていた。リリアーナは、彼の傍らで不安そうに看病を続けていた。彼女の細い指が、アシュレイの銀髪をそっと撫でる。その仕草には、深い愛情と、自分の行動への後悔が滲んでいた。


(私のせいで……アシュレイ様が……)


 そんな彼女の思いを察したかのように、アシュレイがゆっくりと目を開いた。


「リリアーナ……」


「アシュレイ様! よかった……」


 リリアーナは、思わずアシュレイに抱きついた。その瞬間、彼女の中で、アシュレイへの想いが明確な形を取り始める。


「心配させてすまなかった」


「私こそ……ごめんなさい。私が無謀な行動をしたばかりに……」


 アシュレイは、静かに首を振った。その仕草には、リリアーナへの深い理解と愛情が込められていた。


「いいや、君は正しいことをしたんだ。家族を守ろうとした。それは、誇るべきことだ」


 リリアーナは、アシュレイの言葉に胸が熱くなった。彼の言葉は、彼女の中に眠っていた強さを呼び覚ますかのようだった。


「でも、どうして私を助けてくれたんですか? 私はただの人間で……」


 アシュレイは、真剣な眼差しでリリアーナを見つめた。その瞳には、千年の時を超えた深い愛情が宿っていた。


「リリアーナ、君はただの人間なんかじゃない。君は……私にとって特別な存在だ」


 リリアーナは、その言葉に息を呑んだ。彼女の心臓が、激しく鼓動を打ち始める。その音は、まるで永遠の愛を誓う鐘の音のようだった。


「アシュレイ様……私も、あなたのことを……」


 その時、部屋のドアが開き、エルドリッジが入ってきた。彼の表情には、普段の冷静さとは異なる緊張感が漂っていた。


「アシュレイ、話があるんだ」


 アシュレイは、ゆっくりと体を起こした。その動作には、まだ傷の痛みが残っているようだった。


「なんだ?」


「村を襲った吸血鬼たちのことだ。彼らの目的は、単なる人間の生き血ではなかったようだ」


「どういうことだ?」


「彼らは、"運命の子"を探していたらしい」


 アシュレイの表情が曇る。リリアーナは、二人の会話に不安を覚えた。その言葉が、彼女の心の奥底で何かを呼び覚ますのを感じる。


「"運命の子"……? それは一体……」


 エルドリッジは、重い口調で説明を始めた。その声音には、千年の歴史が刻まれているかのような重みがあった。


「吸血鬼と人間の血を同時に引く子供のことだ。その子は、我々吸血鬼の呪いを解く鍵を持っているという」


 リリアーナは、思わず自分の胸に手を当てた。その瞬間、彼女の中で何かが大きく動き出したのを感じる。それは、まるで長い眠りから目覚めた古の力のようだった。


 アシュレイは、深いため息をついた。その息遣いには、千年の時を生きてきた者の疲れと、新たな運命への覚悟が滲んでいた。


「あび伝説のことか……。しかし、なぜ今になって……」


「時が来たからだ」エルドリッジが言った。「そして、その子はこの村にいると彼らは確信しているようだ」


 リリアーナは、自分の心臓の鼓動が早くなるのを感じた。その鼓動は、まるで彼女の中に眠る未知の力が目覚めようとしているかのようだった。アシュレイは、彼女の不安を察したように彼女の手を取った。その手の温もりは、リリアーナに無言の愛と励ましを伝えていた。


「リリアーナ、怖がることはない。私が必ず守る」


 その言葉に、リリアーナは小さく頷いた。しかし、彼女の心の中では、自分の出生の秘密と、アシュレイへの想いが複雑に絡み合っていた。それは、まるで光と闇が交錯する黄昏のようだった。


(私は一体、何者なの……?)


 窓の外では、不穏な空気を含んだ風が吹き始めていた。嵐の前の静けさのように、大きな運命の歯車が、今まさに動き出そうとしていた。その風は、リリアーナの銀色の髪を優しく撫で、まるで彼女の中に眠る力を呼び覚ますかのようだった。


 アシュレイ、リリアーナ、そしてエルドリッジ。三人の姿は、月明かりに照らされ、まるで古の絵画のように美しくも神秘的だった。彼らの前に広がる未知の運命は、光と闇が交錯する幻想的な世界を予感させるものだった。


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