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【ファンタジー小説】永遠の血の契り ――人と吸血鬼の禁断の恋の軌跡――  作者: 霧崎薫


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7/10

第7話:千年の孤独、永遠を照らす刹那の輝き

 城の書斎で、アシュレイは古びた日記を開いていた。リリアーナの過去が明らかになって以来、彼自身も自分の長い人生を振り返る日々が続いていた。窓から差し込む月の光が、彼の銀色の髪を優しく照らしている。


(1000年か……。あまりにも長すぎる時間だ)


 アシュレイは、ページをめくる指先に力を込めた。そこには、かすかに色あせた文字が刻まれている。彼の瞳に、懐かしさと苦しみが交錯した。


 突如、月明かりに照らされた若い女性の幻影が、アシュレイの目の前に浮かび上がる。笑顔で手を差し伸べる彼女に、アシュレイは思わず手を伸ばす。しかし、その姿は儚く、霧のように消えていった。


「エリザベス……」


 アシュレイの唇から、かつての恋人の名が零れる。その名を口にした瞬間、胸に鋭い痛みが走った。1000年の時を経ても、その傷は癒えることがない。


「過去は過去だ」


 アシュレイは、自分に言い聞かせるように呟いた。しかし、その声は空しく書斎に響くだけだった。


「だが、リリアーナは……」


 彼の言葉は、途中で途切れた。リリアーナの名を口にした瞬間、アシュレイの胸に温かいものが広がる。それは、長い間忘れていた感覚だった。希望、そして恐れ。相反する感情が、彼の心を激しく揺さぶる。


 (彼女は、エリザベスとは違う。だが、同じ過ちを繰り返すわけにはいかない)


 アシュレイの心の中で、過去と現在が交錯する。エリザベスへの想いと、リリアーナへの新たな感情。1000年もの孤独の果てに、再び誰かを愛することへの喜びと恐れ。


 そこへ、ノックの音が響いた。


「アシュレイ様、お茶をお持ちしました」


 リリアーナの声に、アシュレイは我に返った。彼の心臓が、久しく忘れていた鼓動を刻み始める。


「ああ、ありがとう」


 アシュレイは、感情を抑えるように深呼吸をした。


 リリアーナが部屋に入ってくると、月の光が彼女の姿を柔らかく包み込んだ。彼女は優雅な仕草でお茶を注ぐ。その姿に、アシュレイは思わず見とれてしまう。かつて人身御供として連れてこられた村娘が、今や気品溢れる美しい女性へと変貌を遂げていた。


「アシュレイ様? どうかしましたか?」


 リリアーナの問いかけに、アシュレイは小さく首を振った。彼女の瞳に映る自分の姿に、彼は戸惑いを覚える。


「いや、何でもない。ただ、少し昔のことを思い出していただけだ」


 リリアーナは、アシュレイの前に座った。彼女の瞳には、好奇心と少しの不安が浮かんでいる。アシュレイは、その表情に胸が締め付けられる思いがした。


「アシュレイ様の過去のことですか?」


「ああ」


 アシュレイは深いため息をついた。今まで誰にも語ったことのない過去。しかし、リリアーナになら話せる気がした。彼女の存在が、1000年もの間凍りついていた彼の心を、少しずつ溶かしていく。


「リリアーナ、私の過去を聞きたいか?」


 リリアーナは、驚きと期待に目を見開いた。その瞳に映る月の光が、アシュレイの心を揺さぶる。


「はい! ぜひ聞かせてください」


 アシュレイは、ゆっくりと語り始めた。その声は、1000年の重みを背負っているかのように、低く深かった。


「私が人間だったのは、今から1000年以上も前のことだ。当時の私は、ごく普通の貴族の息子だった」


 リリアーナは、息を呑んで聞き入っている。彼女の真剣な眼差しに、アシュレイは心を動かされた。


「そして、ある女性と出会った。彼女は、まるで月の光のように美しく、優しかった」


 アシュレイの表情が柔らかくなる。その瞬間、リリアーナの胸に小さな痛みが走った。嫉妬心……。それは彼女にとって、新しい感情だった。


「しかし、ある日、私は吸血鬼に襲われ、この身となってしまった。彼女は、それでも私を受け入れてくれた。だが……」


 アシュレイの声が途切れる。1000年の時を経ても、その記憶は鮮明に蘇る。リリアーナは、思わず彼の手を握った。その温もりに、アシュレイは心を奪われる。


「……だが、それが彼女の運命を狂わせることになった。他の吸血鬼たちは、人間と吸血鬼の恋を許さなかった。そして、ある夜……」


 アシュレイの瞳に、深い悲しみの色が濃くなる。その表情に、リリアーナは言葉を失った。


「彼女は、私を守るために命を落とした。きみの母上と同じだよ、リリアーナ」


 静寂が、二人を包み込む。アシュレイの1000年の孤独が、リリアーナの胸に重くのしかかる。彼女は、アシュレイの手をさらに強く握った。


「寂しかったでしょう……」


 その言葉に、アシュレイは驚いたように顔を上げた。リリアーナの瞳には、純粋な思いやりが宿っていた。その瞳に映る自分の姿に、アシュレイは心を揺さぶられる。


「……ああ、そうだな……」


 アシュレイは、初めて自分の弱さを認めた。その瞬間、彼の心に小さな光が差し込んだ。リリアーナの存在が、長い間閉ざしていた彼の心を、少しずつ開いていく。


「でも、アシュレイ様。もう寂しくありませんよ。私がいますから」


 リリアーナの言葉に、アシュレイは思わず微笑んだ。その笑顔に、リリアーナは胸が高鳴るのを感じた。


「ああ、そうだな。君がいてくれて、本当に……」


 言葉が途切れる。アシュレイは、自分の中に芽生えた新しい感情に気づき始めていた。それは、恐れと期待が入り混じった、複雑な感情だった。


(これは……まさか……)


 月の光が二人を包み込む。1000年の時を越えて、アシュレイの心に新たな春の訪れを告げるかのように。リリアーナの存在が、彼の凍てついた心を溶かし、新たな命を吹き込んでいく。


 アシュレイは、リリアーナの手を優しく握り返した。その温もりに、彼は長い間忘れていた感情を取り戻していく。それは、希望であり、愛であり、そして未来への期待だった。


 二人の間に流れる静寂は、もはや重苦しいものではなく、心地よい安らぎに満ちていた。それは、長い孤独の終わりと、新たな物語の始まりを告げる、静かな前奏曲のようだった。


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