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第6話:紅き月下の家族の絆

 満月の夜、城の書斎でアシュレイは古い羊皮紙の文書を広げていた。銀色の髪が月光を受けて神秘的に輝いている。彼の表情は真剣そのもので、1000年の時を生きた瞳は、まるで時空を超えて過去を覗き込むかのようだった。


 「これは……」


 アシュレイの指が、一つの記述の上でピタリと止まる。そこには、リリアーナの母親に関する衝撃的な事実が記されていた。彼の心臓が、久しぶりに激しく鼓動を打つのを感じる。


 一方、自室でリリアーナは落ち着かない様子で歩き回っていた。アシュレイが自分の過去を調べていることへの期待と不安が、彼女の心を波のように揺さぶっていた。鏡に映る自分の姿を見つめ、かつての村娘の面影を探す。しかし、そこにあるのは、洗練された貴婦人の姿だけだった。


(私は過去を……本当に知りたいのかしら?)


 その時、静かにドアがノックされた。


「リリアーナ、話がある」


 アシュレイの声に、リリアーナは心臓が喉元まで飛び上がる思いがした。


「は、はい……」


 リリアーナがドアを開けると、そこにはいつになく緊張した面持ちのアシュレイが立っていた。彼の表情に、リリアーナは不安を覚える。


「どうされましたか? アシュレイ様」


 アシュレイは深く息を吸い、ゆっくりと口を開いた。彼の瞳には、残酷な真実を告げることへの躊躇いと決意が混ざり合っていた。


「リリアーナ、君の母親のことについて、新たな事実がわかった」


 リリアーナの心臓が早鐘を打ち始める。彼女の目は、期待と不安が入り混じった複雑な感情を宿していた。


「母のこと……?」


 アシュレイはリリアーナの反応を慎重に観察しながら、静かに続けた。


「ああ。君は以前、母親が亡くなった頃の記憶があいまいだと言っていたね」


 リリアーナはゆっくりと頷いた。その仕草には、過去の記憶を必死に掘り起こそうとする様子が見て取れた。


「はい……ぼんやりとしか覚えていません」


 アシュレイは一瞬目を閉じ、言葉を選びながら話し始めた。


「実は……君の母親は、村で起きた悲劇の犠牲者だったんだ。しかし、その真相は長い間隠されてきた」


 リリアーナの顔から血の気が引いていく。彼女の指先が小刻みに震え始めた。


「どういうことですか……?」


 アシュレイは彼女の肩に優しく手を置き、支えるようにしながら真実を告げた。


「君の母親は……彼女は、ある吸血鬼を庇って、村人たちによって命を奪われたのだ」


 リリアーナの目が大きく見開かれた。彼女の中で、何かが大きく揺れ動くのを感じる。それは、長い間封印されていた記憶が、一気に解き放たれるような感覚だった。


「そんな……嘘でしょう?」


 彼女の声は震え、目には涙が浮かんでいた。アシュレイは静かに続けた。


「真実だ。私が調べた限り、その吸血鬼と君の母親は親しい仲だった。おそらく……恋仲だったのだろう」


 リリアーナの頭の中で、断片的な記憶が蘇り始める。母親の優しい笑顔、そして血に染まった姿……。それは、霧の中から少しずつ姿を現す風景のようだった。


「でも……どうして……」


 リリアーナの声が途切れる。アシュレイは彼女の手を優しく握り、支えるように続けた。


「村人たちは、人間と吸血鬼の関係を許せなかったんだ。そして、その怒りが……君の母親に向けられた」


 リリアーナは膝から崩れ落ちそうになったが、アシュレイが支えた。彼女の目から、大粒の涙が溢れ出す。それは、長年積もり積もった感情が、一気に解放されるかのようだった。


「そんな……じゃあ、私が人身御供に選ばれたのも……」


 アシュレイは静かに頷いた。


「ああ、おそらくそうだ。君の母親への復讐と、村の秘密を守るためだったのかもしれない」


 リリアーナは、アシュレイの胸に顔をうずめて泣き崩れた。アシュレイは黙って彼女を抱きしめ、背中をさすり続けた。月の光が二人を静かに包み込む中、リリアーナの心の中で、家族への複雑な思いが渦を巻いていた。


 それは、新たな真実との対峙であり、自分のアイデンティティの再構築の始まりでもあった。リリアーナの人生は、この瞬間から大きく変わろうとしていた。


 リリアーナの目から、とめどなく大粒の涙が溢れ出す。それは、長年積もり積もった感情が、一気に解放されるかのようだった。アシュレイは彼女をそっと抱きしめた。


「でも、リリアーナ、よく聞くんだ。君の父親は、最後の最後で君を守ろうとしたんだ」


「え……?」


 リリアーナの心に、新たな衝撃が走る。


「彼は、君が出発する直前に村長に掛け合ったそうだ。君の代わりに自分自身を差し出すと」


 リリアーナは、言葉を失った。今まで冷たいと思っていた父の姿が、一瞬にして崩れ去る。それは、長年抱いていた思い込みが、一瞬で覆される衝撃だった。


「父が…… 私を……」


 アシュレイは静かに頷いた。


「ああ、彼は君を愛していた。ただ、その表現の仕方を知らなかっただけだ」


 リリアーナは、まるで子供のように泣き崩れた。それは、悲しみと安堵、そして複雑な感情が入り混じった涙だった。アシュレイは黙って彼女を抱きしめ続けた。


 月の光が二人を包み込む中、リリアーナの心の中で、家族への複雑な思いが渦巻いていた。それは、憎しみと愛、怒りと許し、そして新たな理解が、複雑に絡み合う感情だった。


 長い沈黙の後、リリアーナはゆっくりと顔を上げた。その瞳には、新たな決意の色が宿っていた。


「アシュレイ様……私、もう一度村に戻りたいです」


 アシュレイは少し驚いたように目を見開いたが、すぐに優しく微笑んだ。


「わかった。一緒に行こう」


 二人の視線が交わる。そこには、新たな旅立ちへの期待と、お互いへの深い信頼が映っていた。


 窓の外では、満月が静かに輝いている。その光は、リリアーナの新たな人生の幕開けを、静かに見守っているかのようだった。


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