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第5話:過去の影、未来への道、揺れる心

 月明かりが銀の糸のように大地を覆う夜、城の一室でリリアーナは窓辺に立ち、遠く故郷の村を眺めていた。彼女の姿は、まるで絵画の中の貴婦人のように優雅だった。アシュレイとの生活にも慣れ、自分の魅力に目覚め始めた彼女だったが、この夜は珍しく物思いに耽っていた。


 窓ガラスに映る自分の姿を見つめながら、リリアーナは心の中で葛藤していた。かつての田舎娘の面影は消え、そこにはまるで別人のような気品ある女性が立っていた。しかし、その瞳の奥には、まだ迷いの色が残っていた。


(もう2ヶ月も経つのね…… 村の皆は元気にしているかしら)


 彼女の心は、まるで満ち引きを繰り返す潮のように、過去と現在の間を行ったり来たりしていた。新しい自分への期待と、故郷への懐かしさが、繊細な糸のように絡み合っている。


 そんな彼女の背後から、静かな足音が近づいてきた。それは、夜の静寂を破ることなく、優雅に響く音色のようだった。


「リリアーナ、こんな遅くまで起きていたのか」


 振り返ると、そこにはアシュレイの姿があった。月光に照らされた彼の姿は、まるで彫像のように完璧で美しかった。その深い青の瞳に映る月の光が、リリアーナの心を揺さぶる。それは、静かな湖面に投げ込まれた小石のような、かすかだが確かな波紋だった。


「アシュレイ様…… はい、少し故郷のことを考えていました」


 リリアーナの声は、夜風にそよぐ花びらのように柔らかく揺れていた。


 アシュレイは彼女の横に立ち、共に窓の外を眺めた。二人の姿が窓ガラスに映り、まるで絵画のような美しさだった。


「懐かしいのか?」


 アシュレイの声には、1000年の時を生きた者特有の深い洞察力が滲んでいた。


「はい…… でも、それだけではないんです」


 リリアーナの表情が曇る。それは、月が雲に隠れるかのような、かすかな陰りだった。アシュレイは彼女の様子を見て、静かに尋ねた。


「何かあったのか?」


 リリアーナは深呼吸をし、長年胸に秘めていた思いを吐露し始めた。それは、長い間閉ざされていた蕾が、ようやく花開こうとする瞬間のようだった。


「実は…… 私、自分の家族のことをほとんど覚えていないんです」


「どういうことだ?」


 アシュレイの声には、優しさと共に、かすかな緊張が混じっていた。


「私が5歳の時、母が亡くなったんです。でも、その記憶があいまいで…… 父は私のことをあまり見てくれませんでした。村の人たちに育てられたようなものです」


 リリアーナの言葉は、まるで古い絵本のページをめくるように、ゆっくりと紡ぎ出されていく。アシュレイは黙ってリリアーナの言葉に耳を傾けた。彼女の瞳に涙が光るのを見て、胸が締め付けられる思いがした。それは、長い年月を生きてきた彼にとっても、新鮮な感覚だった。


「そして、人身御供に選ばれた時も…… 父は何も言ってくれませんでした」


 リリアーナの声が震える。その震えは、まるで秋の木の葉のように繊細で儚かった。アシュレイは思わず彼女の肩に手を置いた。その手のぬくもりが、リリアーナの心に静かに染み渡っていく。


「リリアーナ……」


 アシュレイの声には、深い思いやりが滲んでいた。それは、まるで月の光のように、優しくリリアーナの心を包み込んだ。


「でも、不思議なんです。憎いはずなのに、どこか恋しくて…… 私、おかしいのでしょうか?」


 リリアーナの問いかけは、自分自身への戸惑いと、アシュレイへの信頼が入り混じったものだった。それは、まるで光と影が交錯するように、複雑な感情を表していた。


 アシュレイは優しくリリアーナを抱きしめた。その腕の中で、リリアーナは初めて本当の安らぎを感じた。それは、長い旅の末にようやく見つけた故郷のような、深い安堵感だった。


「いいや、おかしくなどない。家族とは、そういうものだ」


 アシュレイの言葉は、まるで古の知恵のように、深く、そして温かかった。


 リリアーナは、アシュレイの胸に顔をうずめたまま、小さく呟いた。


「リリアーナ、君の過去を知りたい。一緒に真実を探ろう」


 アシュレイの言葉に、リリアーナは顔を上げた。その瞳には、不安と期待が交錯していた。それは、夜明け前の空のように、暗さと明るさが混ざり合う瞬間だった。


「本当ですか? でも、どうやって……」


「私には、それなりの力がある。必ず君の過去を明らかにしてみせよう」


 アシュレイの決意に満ちた言葉に、リリアーナは小さく頷いた。その瞬間、彼女の心に新たな希望の灯が点った。それは、まるで夜空に新しい星が生まれたかのような、小さいながらも力強い光だった。


 月の光が二人を優しく包み込む。リリアーナの心の中で、過去への思いと、アシュレイへの想いが静かに交差していた。それは、まるで運命の糸が紡がれていくかのようだった。


 城の外では、夜風が静かに吹き抜けていく。その風は、リリアーナの新たな旅立ちを予感させるかのように、優しく、そして力強く吹いていた。彼女の人生の新しい章が、今まさに始まろうとしていた。


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