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第1話:銀色の夜に降り立つ贄(にえ)

 銀色の月光が古城の尖塔を優しく照らす夜、リリアーナ・ソーンハートは不安に震える指で、粗末な麻の衣の裾を握りしめていた。彼女の周りには、松明を手にした村人たちが半円を描くように立ち、その瞳には恐怖と、どこか期待のような複雑な感情が宿っていた。


 リリアーナの琥珀色の瞳には、涙が光っていた。しかし、それは単なる恐怖の涙ではない。そこには、自分の運命を受け入れようとする覚悟と、未知の世界への僅かな期待が混ざり合っていた。


「行くのだ、リリアーナ。お前の尊い犠牲が、我らが村を救うのだ」


 村長の声は、夜風にかき消されそうなほど小さかったが、リリアーナの耳には雷鳴のように響いた。彼女は小さく頷き、震える足で古城の扉に向かって一歩を踏み出した。


 月の光を浴びたリリアーナの姿は、まるで一枚の絵画のようだった。彼女自身は気づいていなかったが、その姿は見る者の心を揺さぶるほどの美しさを秘めていた。長年、男兄弟に囲まれ、母親のいない環境で育った彼女は、自身の女性としての魅力に全く気付いていなかった。


 リリアーナの心の中では、様々な感情が渦を巻いていた。恐怖、不安、そして…どこか期待のようなものも。彼女は自分に言い聞かせるように、小さく呟いた。


「これは正しいこと…。村のみんなを守るためなら…」


 城の扉に手をかけた瞬間、突如として大きな音と共に扉が開いた。リリアーナは驚いて後ずさり、柔らかな草の上に尻もちをついてしまった。


「やぁ、君が今宵の"お客様"かな?」


 優しげな男性の声が響き、リリアーナは恐る恐る顔を上げた。


 そこには、月光に照らされた神々しいほどの美貌の持ち主が佇んでいた。銀色の髪は月の光を浴びて柔らかく輝き、深い青の瞳は夜空の星々のように煌めいていた。完璧な顔立ちは、まるで彫刻家が丹精込めて作り上げた芸術作品のようだった。リリアーナは思わず息を呑んだ。


 その瞬間、彼女の心に不思議な感覚が芽生えた。それは恐怖でも、憧れでもない。まるで、長い間探し求めていた何かを、ようやく見つけたような…そんな感覚だった。


「私は、アシュレイ・ヴァン・ノクターン。この城の主人だ」


 アシュレイは優雅に腰を下ろし、リリアーナに手を差し伸べた。その仕草は、まるで貴族の舞踏会で踊りの相手を誘うかのようだった。


「立てるかい? 怪我はないかな?」


 リリアーナは言葉を失ったまま、おずおずとその手を取った。アシュレイの手は冷たかったが、不思議と心地よい感触だった。まるで、真夏の夜に感じる涼やかな風のように。


「あ、ありがとうございます…」リリアーナは小さな声で答えた。「私は、リリアーナ・ソーンハートと申します。人身御供として参りました」


 その言葉に、アシュレイの表情が一瞬曇ったように見えた。それは、月が雲に隠れる瞬間のようだった。


「人身御供? ああ、そうか。まだそんな風習が残っていたとはね」


 アシュレイはため息をつき、リリアーナをじっと見つめた。その瞳には、1000年の時を生きてきた者特有の深い洞察力が宿っていた。まるで、リリアーナの魂の奥底まで見通しているかのようだった。


 リリアーナは、その視線に身を縮めそうになりながらも、なぜか安心感も覚えた。それは、長い間誰にも理解されなかった自分の本質を、初めて見出されたような感覚だった。


「君には悪いが、私は人身御供など必要としていない。それは単なる迷信だよ」


 リリアーナは驚いて目を丸くした。彼女の中で、恐怖と安堵が入り混じる。そして、それと同時に、どこか寂しさのようなものも感じた。


「え? で、では…私はどうすれば…」


 アシュレイは優しく微笑んだ。その笑顔は、まるで夜明けの最初の光のように、リリアーナの心を温かく照らした。


「君を村に返すわけにもいかないだろう。しばらくここで過ごすといい。私が君の面倒を見よう」


 リリアーナは混乱し、複雑な表情を浮かべた。彼女の心の中では、村への思いと、この美しい吸血鬼への好奇心が激しくぶつかり合っていた。それは、まるで嵐の海で揺れる小舟のようだった。


 アシュレイは彼女の荷物を手に取り、城の中へと案内した。その仕草には、まるで大切な宝石を扱うかのような優しさがあった。


「さぁ、入りたまえ。これからが、君の新しい人生の始まりだ」


 城の扉が閉まる音は、リリアーナの人生の新しい章の幕開けを告げるかのようだった。彼女の運命の歯車が大きく動き始め、それは彼女の人生を永遠に変えていくことになる。


 月の光が二人の姿を優しく包み込む中、リリアーナの心には不安と期待が入り混じっていた。彼女はまだ知らない。この瞬間から、彼女の人生が劇的に、そして美しく変わっていくことを…。


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