青い舌
「好きな人いるんだよね、嫌われてるけど」
初夏はいちばん紫外線が強いらしい。そうやって聞いたのはいつだっただろうか。街全体が活気づく野外フェスを彩るメロディを聞き流しつつ、ついさっき言われた言葉を反芻した。
すきなひと、スキなヒト、好きな人…。 ようやく脳内の文字変換が終了を告げる。そして、私のココロにも風穴が空いた。持っていたかき氷の紙コップはぐしょぐしょになっていて、残ったブルーハワイのシロップだけが“きれいでしょ”と主張している。
「嫌われてるって、なんで」
もしかしたら私のことかもしれない。その予想に期待しつつも“嫌われている”というその文言に半ばあきらめていた。催促なんてしなければよかった。
「中学のときからずっと好きなんだ。でも2年間ラインしてないし話してない」
ああ、ほら、終わった。ずっと好きだなんて、勝ち目がない。高校に入ってまだ数か月。私の恋は終わりを告げられた。まだ始まったばかり。夢しかないと思っていたのに。
「うちの中学って人数少なくて1クラスしかなかったんだけど、そのなかで二年も接してない時点で嫌われてるんだよ」
自分自身を諭すように君は言う。そういえば、なんで野外フェスを見に行こうって言ったんだっけ。
「あの子の靡かないすがたが好きなんだよね。デレデレされたら逆に冷めるかも」
「そうなんだ」
靡かないなんて、こんなに君は魅力的なのに?どうしてなんだろう。私みたいな“負け”が確定したヒロインは相槌を打って共感することしかできない。先に『好きな人がいる』って聞いてれば舞い上がることもなかったのに。どうしようもなく浅ましくてばかみたい。でてくるのは妬みひがみばかりで、それも辛い。
「そういえば妃佐ちゃんって吹奏楽部だよね、楽器なんだっけ」
わざとらしく話題をそらしているのに気づかないふりをした。そうしなければ、心が持たなかったから。
「トランペットだよ。金管の、高い音が鳴る楽器」
バスケットボール部で芸術選択が美術だから楽器には疎いのか、やや首をかしげて「ああ!」と相槌を打つ君をみて、無性にこみあげるものを感じた。でもそれはふさわしくないと思って心の中にしまわんとした。このひやりとした手触りのいい感じは細かくふわふわに削られた氷みたいだ。
いやだなあ。これだけ想っていてもそれを送る資格すらないなんて。
「トランペットか、聴きたいなあ…。学校空いてるならさ、吹けたりしない?」
唐突なリクエストに脳が固まる。生まれてこの方、吹奏楽を3年ほどしてきた。そのうち他人に見てもらう経験なんて、コンクールかアンサンブルコンテストしかなかったわけで。
「いいよ」
混乱の末、出た言葉はこれだけ。ここから学校までは徒歩七分。きっと学校はほかの部活動で開けられているから、部室にも難なく入れるだろう。
学校への道は一直線に伸びていて、歩きやすいし木陰もある。虫がたくさんいるのが嫌だけれど、そこは見て見ぬふりをした。かき氷どころか薄めたシロップとなっている青い液体を飲み干して、部室へむかう。4039。鍵の番号に間違いはない。
「ちょっと待って、いま楽器出すから」
ひとこと置いてから部室に入り、ケースを広げる。こうなったらすべて見てもらおう。マウスピースで顔がゆがむ姿も、管のなかの水を吐き捨てる姿も、もちろんいい音を成功させる姿も。
マウスピースを口に当てる。奥歯の力を緩めて、頭部全体が楽器の反響版となるように唇を震わせる。チューニングベー。基準となるドの音から上がったり下がったりさせる。
それをまじまじとみられながら楽器につけた。リップスラー、スケール、アルペジオ。単純な譜面を頭の奥底から引っ張り出す。
「…すごい」
ソ レソラ レド ソドソ
感嘆の声をあげる君に微笑みながら、最後に曲を吹いた。『オーメンズ・オブ・ラブ』。直訳すると、恋の予感。吹奏楽経験者ならだれもが知っているであろう曲。君はたしかに知らない曲。
主旋律を掬い上げて吹くのは楽しくて、一気に吹ききってしまった。ぱちぱちと鳴る手のひらの音を聞いて気恥ずかしく思いながらも礼をした。
「私、楽器なんて全然知らなかったけど本当にすてきだね」
なんだか胸にぽっかり空いた風穴がふさがった気がした。君の言葉に一喜一憂する私はきっとピエロだ。楽器からマウスピースを取り外すと、そこにはほんのり青がついていた。




