来襲する者
「何かくる……複数だ」
イリエルの言葉を理解するのに数秒だけかかってしまった。
そして理解してからは最悪だ。理解したくなかったと面倒な感情に襲われることになった。
「なんで分かった?」
「魔力探知、消費が激しいけど消費量に応じて探知距離を伸ばせるの」
「? それ戦闘中にもできるのか?」
「今は戦闘中じゃ無いから探知に集中してた、それ今重要?」
「悪い、その何かの距離は?」
「大体500メートル、速度からして歩いてる」
ディオブの冷静な質問に、イリエルは一つ一つ答える。
だいぶ絞り込んで透明になってきた情報に、緊張と焦りがごちゃごちゃになった混乱が頭に生まれた。
だが混乱は最低限に、最初にすべき行動を考える。
「迎撃」
「逃走」
「潜伏」
エボット、テリン、サグの順で自分の最適解をぶつけ合った。
それ以上言わなくても大体考えていることは分かった。だからこそ三すくみのような状態になってしまった。
膠着した場を動かせるのは、いつだって第三者だ。
「……ディオブ、私は逃走に一票」
イリエルの声はいつになく厳しい。
仲間の安全を優先する意図は分かるが、なぜだか少し恐ろしく感じるほど厳しかった。
「俺もそれは賛成する、いつもならな」
「というと?」
「今この島で起こってる状況が正確に把握できてない、だったらやるべきことは全部だ」
ミラとアルトさえも”わけが分からない”という目線をディオブに向けている。
全員の疑いにも似た視線を浴びるディオブは、至って普通の表情で、むしろ少しだけ笑いながら説明を続ける。
「またチームを分ける、ミラとアルト……テリンもだな、森に”逃走”しこちらの様子を見るんだ」
ある程度覚悟ができていたテリンはともかく、いきなり名前を出されたミラとアルトは肩をびくりと跳ねさせた。
「残りのメンバーは二手に別れそれぞれ民家に”潜伏”、相手を観察する」
「観察の理由は相手の戦力が分からんからだ、最低限武器、おおよその魔力程度は把握したい」
ディオブの説明はわかりやすく理由を教えてくれた。
確かに両方とも重要な情報だ、調べたに越したことはない。
魔力の把握もサグとエボットはできないが、ディオブとイリエルがいればなんとかなることだろう。
期待を滲ませたサグとエボットの瞳に、僅かな居心地の悪さを感じたディオブが、ため息混じりに言った。
「ちなみに俺は魔力探知を使えん」
二人は期待から驚きに瞳の色を変えた。
ようやく消えた少しだけ申し訳なさを感じる色に、ディオブは安心の息を吐いた。
「なんで?」
サグの驚きから脱しきれてない声が、ふらふらとディオブの耳に入った。
「魔力探知は繊細な技術でな、俺の雑な魔力コントロールじゃ厳しかった、悪いな負担かける」
「いいわ、ただ警戒する相手の魔力を探知するには普段よりも気合い入れないとだから、サポートお願い」
「ああ、俺とイリエル、サグとエボット、この二チームがそれぞれ通信機を持って”潜伏”、場合によっては”迎撃”だ、良いな?」
全員が首肯し、それぞれの役割に動き出した。
”潜伏”チームのサグとエボットは、血のついていない民家に隠れた。流石に血だらけで遺体が倒れたままの家に潜伏するのは厳しかったのだ。
家の二階に登り、窓から下の様子を覗く。通信機から音量の絞ったイリエルの声が、逐一相手の位置を伝えてくれるが、現状どこを見ても相手は発見できない。
「暇だな……」
「分かるけど、警戒は忘れないでよ?」
『二人とも、ふざけない』
あまりの暇に、腕を頭の後ろで組んでぼんやりするエボット、サグはそんなエボットに小さな笑いで答えたが、結局二人纏めて怒られてしまった。
『来るよ』
イリエルの言葉が、二人の警戒心を復活させた。
窓に張り付き通り道を観察する。そこには様々自由な格好をした四人の集団が居た。パーカーをした男に、ジャケットをきた男、安っぽそうなコートを着た男、ズボンはしっかりしているのに上半身だけ裸の男もいる。
共通する部分がほぼ見えない連中だったが、唯一全員に共通する部分がある。それは全員が同じデザインの銃を手にしていることだ、大部分はホルスターに隠れているが、見えているグリップのあたりの鉄が日光に照らされ輝いている。
「あれが……ノアガリ」
サグの呟きは、静寂に喰われて消えていった。




