生き残り
サグが指に力をかけて、全力で床の蓋を持ち上げた。
ゴゴゴ、と低い音と土との擦れ音を立てて、本来非常用の保管場所であろう蓋は持ち上がった。
覗き込んだテリンは、銃口の先に暗がりで震える何かを見た。
「……動かないで、傷つけないようにするから」
震える何かは、光に照らされ段々具体的になっていく。
それはミラと同じか、少し小さいぐらいの男の子だった。差し込んだ光に目を眩ませながらも、ゆっくり見え始めた景色に恐怖している。
テリンが申し訳なさに銃を仕舞い、男の子に手を伸ばそうとする。だがそれをサグが止めた。
「サグ?」
「銃はしまって良いけど、魔法はすぐに出せるようにしといて」
男の子には聞こえないように、できるだけ耳に口を近づけて指示を出した。
目の前にいるのが子供であれ警戒対象には間違いない。ミラと遭遇した件で学んでいることだ。
サグに言われ、テリンは魔力を解放し、全身に均等に回した。サグとエボットとは違い、土壇場で身体強化を習得しているテリンなら、今はこれで十分だった。
「君、この家に住んでる子?」
男の子はプルプル震えながら、ゆっくりサグにうなづいた。
明らかに二人を怖がっている様子に、少し困りながら二人は目を合わせた。
家が何者かに襲われ隠れていたところ、いきなり扉を開けた見知らぬ連中。相手も警戒心を見せ、鋭い目と銃口をこちらに向けてくる。
推測も僅かに含んでいるが、確定情報だけでこの程度だ。警戒するなという方が無茶だろう。
テリンが苦笑い気味に口角を上げた。サグは一度首を横に倒し、少しだけ情けなく笑って見せた。
「ミラ・ピアプローデ、知ってる? 褐色肌で一人称僕の女の子なんだけど」
男の子が驚きながらこちらを見た。どうやら知り合いだったらしい。
しめた! とばかりにニヤついてテリンを見る。明らかにテンションの上がったサグに、テリンは少しだけ苦笑いを返した。
サグは状況打開の切り札を見つけた、あとは蓮撃を叩き込むだけだ。
「知り合いみたいだね、俺たちは偶然その子を拾ったんだ、それで色々あったらしいこのリリオウドに来たんだ」
「うん、私たちは敵じゃ無いよ?」
男の子は疑っているようだったが、さっきよりは恐怖が和らいでいるようだった。
サグは男の子に向かって手を伸ばした。
「良ければそこから出て、話聞かせてくれない?」
男の子の瞳が迷いに揺れる。それでも、サグは真っ直ぐな眼を向け続ける。
やがて震えながら差し出された手を、サグは震えが治るようにがっしり握りしめた。
二人、いや三人はすぐに家を出た。荒れた家を男の子に見せるのは酷だと判断したのだ。
だがやはり集落の惨状は目に入ってしまった。きゅっと拳を握り締め、なんとも言えない締め付けられたような、潰されたような苦しい表情を浮かべた少年を、テリンは直視できなかった。
とりあえず別の場所を調査しているであろうディオブを探して集落を歩く。
まだ見ていなかった場所も多く見たが、壊されていない場所の方が珍しく、破壊されてないものは恐らく破壊する必要が無かったもの、例えば掲示板や一部の街灯などだ。
だがここまで破壊されていると、なんらかの目的意識を感じずにはいられなかった。
「ディオブ!」
テリンの声で、破壊跡から前に顔の向きを変える。ディオブはちょうど民家から出てきたところだった。
ディオブの視線は一瞬だけ鋭く男の子に向いたが、二人が連れていることからすぐに視線を柔らかなものにした。
「お前ら、その子は?」
声が妙に優しい。状況を察した気遣いだろうか。
「家の中で偶然見つけた子、そっちは?」
「収穫は……あったにはあったか」
少しだけ言いづらそうに言った。
言葉が詰まったのも気になったが、なによりもその苦々しい顔が気になった。吐き出す寸前のような気持ち悪さを堪えている顔だ。
サグは質問しようと声を出しかけるが、足に何かが当たった感覚に止められる。
正体はすぐにわかった。ディオブが小石を投げたのだ。そして親指を、さっきまでディオブが居た家に向けた。
サグは見た瞬間息を飲んだ。
さっきまでは角度で見えていなかったが、扉にさえも血が大量に付き、気にはあり得ない真っ赤なペイントが施されている。扉でそれだ、ならば室内は想像するまでも無い。
ディオブの伝えたいことを察し、サグはそれ以上何も言わず、さりげなく男の子の視界を遮れるように立った。
「とりあえず、そいつ連れて一旦合流だな」
ディオブは通信機を取り出した。スイッチを押すと、通信機のランプが小さく赤く光る。
「イリエル、今どこだ?」
『集落を囲ってる森の北、収穫あったの?」
「あった……で良いのか……とりあえず状況整理の意味で合流だ」
『OK、私たちがそっちにいくわ』
「わかった、こっちの大体の目印は……」
ディオブが通信機にポソポソと指示を送った。その間もサグとテリンは警戒を忘れない。
少年はただぼうっとした様子で座り込んでいる。ある意味当然だろう、今まで暮らしていた場所の惨状を見てショックを受けるなという方が無茶だ。
テリンはいたたまれない気持ちで少年を見つめていた。心が締め付けられるようで、何もかける言葉が見つからなかった。
「ねえ……」
少年がポツリと、誰に投げかけたのかわからないほどの声でつぶやいた。
一瞬だけ二人は目を合わせる。お互いの瞳に困惑を確認してから、サグは一応として一つ言葉を漏らした。
「どうしたの?」
「なんで僕らは襲われたの?」
ある意味当然の疑問だった。だがまた当然のように、サグもテリンもそれに対する答えを持ち合わせてはいなかった。
少し困りながら、サグは言葉を選ぶ。
「わからない、けど襲った奴らには、ある目的があったらしい」
「目的?」
サグは少年の側に寄って膝を付き目線を合わせた。
「うん、オリアークって人を探してたみたいなんだ」
話せば長くなる、話をわかりやすくオリアークを探しているということで纏めた。
サグの言葉を聞いた時、少年は少しだけ大きく目を見開いた。
警戒心を強めていた二人は、少年のたったそれだけの変化を見逃さない。
「なにかあったの?」
サグからしてみてもテリンの声は鋭かった。
咎める意思を込めてテリンを睨むが、テリンは全くサグの視線に気づいていない。
少年は少し後ろに引きながらも、言葉を紡ぎ始めた。
「ここを襲った人たちも、オリアークを探せって……ずっと言ってたんだ……」
手がかりがあるのでは? という疑問は、ある、という確信に変わった。




