上陸さえも一苦労
島が迫り、エボットの心臓も早くなっていく。
今ここから見る限り船は無い。だがミラの話を聞く限り、ノアガリという空賊団がこのリリオウドに居ることは間違い無い。ならばここから見えない位置、島の裏側に船を停めていると考えるのが自然だ。
船が見え無いことは良いのだが、エボットには別の問題が発生していた。
人のいる島ならあるはずの港と桟橋が無いのだ。
最初の島では意図的に港から外れた位置に船を停めたが、あの時は槍型の錨を発射し停泊していた。だが今はその装備を外してしまっている。停泊するにしても安定性を欠くことことになる。
「エボット! 島まで目算三キロだよ!」
「わかってる!」
乱暴に操縦室の扉を開けて入ったサグに、エボットは苛立った声で返した。
操縦室からも島との距離は見えていたものの、目下停泊の問題は解決しそうにも無い。
サグもその問題には気づいていたが、エボットが解決法を思いついていないのにサグが思いつく訳無い。
「港と同じように停められないの!? あの時も錨なんて使ってなかったじゃん!」
「港の場合は、桟橋にある固定のための設備を利用するんだ、船が空を浮くのは、作られた時に中核となった鉱石のおかげ……浮かぶだけなら燃料食わないからな……」
「じゃ側で浮かせていればいいんじゃ……」
「それだけじゃ強風とかで船が流されたり、島にぶつかって船が壊れたりしちまう! 緩くても固定法が必要だ!」
エボットの叫びを聞いて、サグは自分の考えの足らなさを理解する。
言われてみれば簡単に納得できるし分かりやすいのだが、想像以上の大問題だった。
仮に船が壊れれば、旅どころか神軍から逃げることもできなくなる。だがここまできて上陸を諦めるわけにもいかない。ましてリリオウドにはオリアークの情報が眠っているかも知れなかった、ならばどうするのか。
サグは操縦室の端っこに置いておいたアーリオのくれたマニュアルを持ってきた。
上から下、右から左に眼球を動かし、目次の端から端まで目を通す。
「ちょっと待って! 親方のマニュアル見てる! スピード落として時間稼いで!」
「わかった!」
レバーを引き、船内の設備が動かない程度に緩やかなブレーキをかけた。
一瞬だけ船が歪に揺れたが、元々揺れる乗り物の中にある家具や荷物だ、ある程度の固定はしてある。
「……あった! ”緊急時の接岸について!”」
「まじか!」
「えと……”緊急時、もし港以外に停泊する事態があれば、磁力を使うこと”」
「磁力!?」
「あっ手書きメッセージ、”いわゆるスナップスイッチとレバーを新造してある、壁にあるのがそれだ”……これか!」
サグはすぐに壁のスイッチとレバーを発見した。大量に設置されたスナップスイッチには、細かく船の位置が書かれている。
「”船の各箇所のスイッチを押し磁力を起動しろ、対応した場所に磁力が起動する、どの島にも浮力を生み出す鉱石がある、その鉱石に磁力を向けて停泊するんだ”」
「じゃあ船の右側の磁力を起動してくれ!」
「わかった!」
サグは船の右側に関わっているであろうスイッチをオンにしていく。何か機械が動く音がした。
「旋回する! 気ぃつけろよ!?」
エボットが全力で舵輪を回す、船が舵輪からの命令に従い右側を島に向けた。大きく動きすぎてサグの体も滑るように壁に向かっていく。
それは甲板にいるメンバーも同じだった。
船の動きに耐えるべく全員が体制を低くする。何とか甲板の溝にしがみついたり、船の縁を腕で抱えるように掴んだりして耐えている。
だがミラは一歩しがみつくのが遅く、甲板の上を転がってしまっている。
ディオブが助けに入ろうとしたが、壁にぶつかったのを見てやめた。
「島まであと三十メートル!」
「よし!」
レバーを引きブレーキを掛けた。元々スピード抑えめだったので減速にも時間はかからない。
そして、非常にゆっくり、船は島に接岸した。しっかり右側をだ。
接岸完了してから、エボットとサグはダッシュで部屋を出た。しっかり接岸できているかどうかを確認するためだ。
船室から甲板まで、全ての扉を乱暴に開けて甲板に出た。設置面を見下ろす限り、船は島にくっついているように見える。
「サグ、これで問題ないのか?」
「”磁力による接岸は風に飛ばされず、島が動いた場合も離れずくっつき続ける、擦れにより多少傷は付くが、気にしないだろ?”、大丈夫っぽい」
「よっしゃ、お前ら大丈夫か?」
エボットがケラケラ笑いながら甲板を見回す。そして表情が固まった。
全員フラフラと立ち上がりながら、多少の怒りを含んだ不満顔でこちらを見ていたのだ。
「よっ、よ〜し、荷物持ってくるわ」
「あはは……」
明らかに逃げたエボットに、サグは苦笑いをするしかなかった。
「それじゃ、上陸しよう」
接岸後、エボットは意外に遅く荷物を持ってきた。船内の様子の確認もしていたらしかった。
まずサグが先頭に立つ、船の縁に足を乗せ、つま先から先が島の大地に乗っていた。
足に力を入れて、体全体を上に移動させる。そしてサグは、新たなる島に立ったのだ。
今自分たちがいる場所は島の森側のようで、民家らしき物は見えなかった。
「ミラ、人が暮らしているのはどこ?」
「もっと島の向こう側、こっちはあんまり人はいないと思う」
ミラが島に上がりながら言った。
「気をつけろ、ノアガリってのがどこかにいるかもしれない」
ディオブが周囲を睨みながら言う。
サグも腰のナイフをすぐに抜けるように警戒心を高めている。だが現状視界に木が多すぎて、不意打ちの場合対応しきれないだろう。
「とりあえず森に入るしかない……?」
テリンが森を覗き込みながら、全員に確認を求めるように言った。
全員が重々しくうなづいた。
視界のはっきりしない森に入るのは嫌で仕方ないが、森以外に入れる場所がなかったのだ。
サグは一応、体に魔力を巡らしながら、全員揃って森へと入っていった。




