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果てなき空で”果て”を目指す物語  作者: 琉 莉翔
果てへの導き編
88/304

次なる

 宝石の秘密、その宝石が何なのか、そしてイリエルが味わった感覚が何だったのか。

 あまりの情報量に五人は疲れてしまった。突然訪れた圧倒的な敵意に警戒疲れたというのもあったが。

 とりあえず話を切り上げて、テーブルを囲みお茶で一服していたところだった。

 

「そういや、ミラはどうしてここに居たの?」


 お茶を啜っていたイリエルが唐突に切り出した。

 それとほぼ同時に、ブホッ、という音がした。音で何事か察したサグは、猫のように横に飛び跳ねた。

 ディオブがお茶を吹き出してしまったのだ。

 放たれた緑の一閃は、真っ直ぐ対面に座るメンバーに降りかかる。サグは反射で回避できたが、そのほとんどがエボットに炸裂した。

 エボットは一瞬でびちゃびちゃになった事実もそうだが、何よりディオブの口から放たれたという事実が飲み込めず、ただ呆然としていた。


「エボット!」


 第三者だったテリンは、大慌てでエボットに寄る。が、何の対処も思いついてないのに駆け寄ったせいで、ただ目の前でパニックを起こすだけになってしまった。

 比較的冷静だったサグは近くにあった洗い立てタオルを取った。


「ほら拭いてエボット」

「さっサンキュー……」


 まだ呆然とはしているようだったが、とりあえず体を拭き始めた。

 咳き込んでいるディオブを、隣に座るイリエルが睨む。


「ちょっとディオブ!」

「いやっ、すまん、ゲホ、そうじゃなくてっ」


 咳き込みながらディオブはイリエルを睨み返す。


「おまっ、今更その話をするか!?」

「え? 聞いとかなきゃでしょ?」

「いやっ、先に袋の話からしたから触れない方向かとよお!」


 どうやらディオブなりに吹き出した理由もあったらしい。

 だが流石に吹き出して欲しくはなかった。そんな多少の恨みを込めて、エボットはディオブをジト目で睨む。

 イリエルを睨むディオブはそんな視線に全く気づいて無かった。


「宝石の方に先に触れたのは安全なのか確かめるためよ、なんであんなことになってたのか触れないと事情がわからないじゃない」

「トラウマを思い出すかもだろ!」

「そこは飲み込むしか無いわ」

「だっつてもなぁ」


 ディオブもイリエルの考えは分かるようだが、ミラの過去に触れるのは反対のようだった。

 その点において、サグもディオブに同意する。目の前の少女は幼い、だというのにそのトラウマに触れ、恐怖の記憶を思い出させるのは忍びなかった。

 だがイリエルは逆のようで、徹底的に情報を聞き出すべきだとしている。確かにそれも必要だろうが、さすがに無茶だ。


「……大丈夫……」


 喧嘩を始めた二人は、自分たちの声よりも圧倒的にか細い声に気づいた。

 ミラはやはり布袋を握りしめながら、目を固く結んで下を向いている。怖い時に見せるあのポーズだった。だがそれでも、恐怖を乗り越え、こちらの意見に歩み寄ろうとしてくれている。

 いじらしいその姿に、サグの心は痛くなった。

 イリエルがミラの方に手を置いた。優しくゆっくりとした置き方だった。そのおかげか、ミラの肩は跳ねなかった。


「ゆっくりでいい、怖かったらやめてもいい、話して、あなたがなんで私たちと出会うことになったのかを」


 極めて真剣で落ち着いた声。

 もちろんイリエルだっていじわるで過去を掘り下げようとしているわけでは無い。わかっているのだが、サグにはイリエルの様子が普段と違うように見えた。

 ミラはまたゆっくりと顔を上げた。

 

「僕は……リリオウドって島で暮らしてた……けど、その島が急にやってきた集団に襲われたの……」

「急にやってきた集団?」


 聞いた瞬間に、サグ、エボット、テリンの頭にはあの日の光景が映った。神軍に襲われ、家族を殺された、あの日の光景だ。

 自然と三人の拳に力が入り、体が強張る。

 体が強張るのはディオブとイリエルも同じようだった。

 イリエルはそれを悟らせないように、極めて自然体で再び問いかける。


「それって……黒を基調とした服の集団?」

「ううん……僕の島を襲ったやつらの服装はそれぞれだった……」

「それぞれ? みんな服装がバラバラだったの?」

「うん、武器もバラバラだったよ」


 イリエルは思わずディオブを見てしまった。それにディオブも小さくうなづいて応える。

 サグたち三人も三人で顔を見合わせた。

 今までの事件は全て神軍に関連する物だったが、ここにきて神軍とはまた別の事件が起こっているらしい。


「そいつら、何か組織の名前は言っていた?」

「……ノアガリ、確かそう言ってたよ……」

「ノアガリ!!」


 聞いた瞬間にイリエルが弾かれたように叫んだ。


「聞いたことあんのか?」

「ええ……神軍の管轄内であたりを荒らし回ってる空賊団よ」

「空賊団って?」


 サグたちからすれば初耳だ。気になってエボットが口を出した。


「島々を襲っては金品や人の命を奪い暮らしてる奴らだ、あんまり数が多いんで、神軍も手焼いてんのさ」


 ディオブの回答で碌でも無い集団ということは理解できた。

 イリエルはガリガリと後頭部を掻いている。


「ノアガリかぁ〜……あの辺りは管理地域も違ってたし噂でしか知らなかったけど……空賊の中でも最悪の集団だって聞いてたよ……」

「ミラ、神軍に連絡はしたの?」

「うん、僕のお母さんが島に唯一あった通信機で……けどそのあと直ぐに……」


 言葉の最後の方、声が歪んで聞き取りにくかった。泣いている時の歪み方だ。

 大体のことは察することはできた。あまり察したいことでは無かったが。

 聞いたテリンは罪悪感もあって、思わずミラを後ろから抱きしめた。


「ごめんね……辛かったね……」


 テリンの言葉は、背中から感じる体温と共にミラの心に沁みた。

 潤った心に刺激されて、涙が声とこぼれ落ちた。


「うわあああああ!!!」


 少女の鳴き声が、部屋の中に響く。

 誰も動くことはできなかった。少女の鳴き声が、今まで受けた痛みと同じように突き刺さってきたのだ。


「けど……変ね……ノアガリが襲撃をしていたエリアは、リリオウドとは別のエリアのはず……」

「なんだと?」

「それってそんなにおかしいこと?」


 ひどく不思議そうな二人、だがサグにはどこがそんなにおかしいのかわからなかった。


「イリエルの言うエリアってのは結構広いんだ、だというのにそれをわざわざ移動してまで襲撃するなど、何らかの目的意識があるようにしか思えない」

「そいつらがエリアの端っこで襲撃行為をしてたんじゃねえのか?」

「いえ、聞いてた話だと、むしろエリアの真ん中の方で襲撃を繰り返してたはず……」


 また新たな謎が投げかけられた。

 沈黙の中で考察を続けるが、もちろん答えは出ない。何度目かわからない謎の渦だ。


「ごめんミラ、そいつら他にも何か言ってなかった?」


 しゃくりあげるミラに、サグは自分でも思うほど残酷な質問を投げかけた。

 テリンに睨みつけられるが、今はこの疑問を解消しなくては、話を前に進めることができない。

 指先や手の甲で涙を拭いながら、ミラが言葉を繋げ始めた。


「わ、わかん、ない、けど……、たしか、ウィストって言ってた」


 サグの心臓がうるさく鳴った。

 ウィスト、それはサグ自身の姓であり、それ以外にその名前が出てくるであろう人物は一人しかいない。

 仮に、ノアガリとやらがその人物を意図して発言したのならば、”果て”にたどり着くという自分たちの目的のためにも、見過ごせる事態ではなくなってきている。


「……行こう、リリオウドへ」


 サグがポツリとつぶやいた。

 全員の視線が向いた。そのなかで一つ、鋭く突き刺さるものがあった。


「ダメよ! わざわざ危険な場所に行くなんて!」


 イリエルは断固反対のようだった。

 確かに正論はイリエルだ。わざわざ自ら危険に突っ込むなんて馬鹿げている。だが。


「わかってるよ、けど俺たちの目標、”果て”のための情報があるかもしれないんだ、行くしか無いだろ」


 ある意味では、サグの論は正しい。

 ただでさえオリアークの言う”果て”とやらの情報は少ない。ならば危険を冒してでも、情報を手にいれるべき。というのも正しいのだ。


「でも!」

「やめとけ」


 反論しようとしたイリエルの肩をディオブが掴んだ。


「こいつらの目見ろよ」


 ディオブに言われようやく気づいた。

 サグだけでは無い。テリンにもエボットにも、その瞳に決意が宿っていた。

 あの日、エストリテで鳥たちの島に行こうとする自分を引き留めた時、あの時のサグと全く同じ目だった。

 絶対に止めることができない、簡単にわかる。


「多数決じゃ負けるぞ?」

「あ゛あ゛もう〜!!!」


 濁り切った悲鳴のような叫びは、敗北宣言と同義だった。

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