心を写し
「それは……心を写す宝石なんだ」
ミラの出した言葉はとても不思議な言葉だった。
心を写す、それが指すところが何なのか誰も察することができなかった。唯一イリエルを除いては。
イリエルだけは、ミラの言わんとするところがわかっていた。
「それって……恐怖を映し出したりするってこと?」
腕を組んだイリエルが重々しく呟いた。
真剣そのものの言葉に、ミラはゆっくりうなづいた。
「どういうことだ?」
理解しきれないやり取りに、ディオブが痺れを切らした。
「私が布袋に触れた時……圧倒的な熱気のような物と……負の感情の濁流のような物を感じた……」
「負の感情の濁流? なんだそりゃ」
「多分……ミラの感情じゃない?」
ミラは一度小さくうなづいた。どうやら合っているらしい。
だが二人以外には合っているらしいというところまでしか理解できない。
ポカンとしながらも、全員は沈黙を守り、二人の次の言葉を待った。
「その宝石、ミラの怖いとかの負の感情を吸収したんでしょ? だから私が触った時攻撃してきた、私を外敵だと判断したから」
またミラが小さくうなづいた。
さすがはイリエルと言うべきか、生物学の研究に使っていた頭の部分が、この場面に来ても生かされているようだ。
「その宝石の名前はレッドプラネット、私の家に代々伝わってきた宝石」
ミラはゆっくり手を出した、テリンに宝石、レッドプラネットとやらを渡すように促しているらしい。
ぼ〜っと宝石を見つめていたテリンは、ミラの意図に気づき宝石を渡した。
ミラは宝石を拳の中に隠した。そして魔力を拳に集中させたらしい、拳に水の膜が発生していた。
膜が発生した瞬間だ、ディオブとイリエルが飛び跳ねたように動き出し、壁まで逃げ去っていた。二人の顔は恐怖に歪み、驚きと疑いの入り混じった目をミラの拳に向けている。
「どうしたの二人とも?」
テリンが不思議そうな声を出した。
たったそれだけの間にも、ディオブは両腕をシルバーメタリックに硬化させた。完全に戦闘態勢だ。まだ魔法は使用していないようだが、体勢からしてイリエルも戦闘準備に入っている。
明らかなほどの異常事態に、三人も困惑しながら戦闘態勢に入る。幼い少女を前に二人の様子はおかしすぎた、三人で守るように前に立った。
「なっ、何やってるんだ二人とも!」
「そうだよ! ミラを怖がらせるよ!?」
「おかしいぜ明らかによぉ!」
三人で揃って反論するが、二人の警戒は消えない。
よく見てみると二人の顔からは汗が伝っている。体感だが、部屋は適温に保たれている。つまり二人の心境が影響しているのだ。
「気づかねぇのか!? このとんでもねぇ魔力の渦に!」
「三人は魔力探知を習得してない! 感じ取れなくて当然よ!」
「羨ましいぜある意味……!!!」
二人の顎から汗が一雫落ちた。相変わらずミラに、正確にはミラの拳に向ける視線は厳しい。
訳がわからないが、とりあえず二人がレッドプラネットから何かを感じているらしいことはわかった。
三人が不思議に思いながら拳に視線を向ける。
「今は二人にだけ力を向けているだけ、三人にも向けるよ」
ミラが言い終わった時、ようやく二人の警戒する理由がわかった。なるほど、と三人が同時に心で呟くほどに。
恐ろしい感覚だった、圧倒的な魔力を持った物体が、こちらに敵意を向けている。それも針で全身を突くような鋭さを持って。物体が敵意を向けてくる、という表現もおかしい物だが、これ以上に適切な表現を三人は思いつかなかった。
汗が背中から吹き出した、服が張り付く感覚が気持ち悪い。頭から流れた汗が顔のどの辺りを動いているのか正確に分かる。それほどに恐怖を感じているのだ。
魔力を感じる感覚を理解して感動している節はあるが、そんな感情が全く表に出てこないほど恐ろしい。
自分の魔力を分かってきたからこそ、目の前の物体と戦いになれば確実に負ける、それが分かってしまう。
ミラが拳を開いた時、感じていた敵意のような物はふっと消えた。
ようやく訪れた安心できる空気に、五人は一斉に警戒を解いた。感覚的には数日間分にも感じるほどの緊張感だった。
五人とも荒く息をしていた。ある意味当然だ、警戒というものは疲れる。
「これがレッドプラネット、所有者の意思を増幅する宝石」
ミラが言った。
なんとなく言わんとしていることはわかった。今のケースはミラがレッドプラネットを通じ、自分たちに意思を送ったのだ。敵意という意思を。
そしてそれを送る対象を絞りっていた。初めはディオブとイリエルの二人のみに、そのあとは自分たち三人に送ったらしかった。
結論付けながらサグは自分の汗を拭った。
「なるほど……だから私が触れた時、負の感情、つまりミラが気を失う直前まで感じていた事が増幅されていたのね」
「うん……レッドプラネットは一定時間意思を記憶する力があるから」
「けど私が触れた時、燃えるような熱い感覚もあったんだけど」
「それは、この宝石が魔力の塊だから」
「魔力の? そういや圧倒的な魔力を感じたな」
ディオブが襟で自分の汗を拭いながら言った。
「そう、この宝石は魔力の塊、火属性の魔力の塊なの」
言われて、もう一度宝石を見つめた。
言われたばかりというのもあるだろうが、その真紅の輝きは炎のように見えた。
自分の汗のせいもあってか、チリチリとした何かを感じていた。




