心を繋ぐ
少女を落ち着かせ、とりあえず風呂に入れることにした。
同じ女性のイリエルとテリンに少女を任せ、男子の三人は食事の準備を進める。腹が減っているだろうし、ちょうど昼も近い。前の島で大量に仕入れておいてよかった。
ディオブが次から次に料理を作り、それを次から次にテーブルへと運ぶ。普通は余裕なのだが、ディオブの料理が早いせいで昼時のウェイターのように忙しい。
「よしこれで最後!」
ディオブがフライパンから直接チャーハンを皿に乗せる。
今日の料理はほぼ中華料理だった、チャーハン、春巻き、餃子、麻婆豆腐に麻婆茄子と、独特のスパイシーな匂いが部屋に満ちている。
サグもエボットも、目の前の料理に飛びつきたい衝動に駆られながら、しっかり準備を進める。
「サグ、箸は人数ちょうどしかねえぞ?」
「スプーンとフォークで食べてもらうしかないって」
忙しいと言ってもディオブと違い並べるだけだ。二人でやればすぐに終わる。
そして準備が終わると同時に、風呂から三人が上がってきた。
魚の体内に入っていた少女も風呂ですっかり綺麗になっている。
「うん、綺麗になったね」
サグは少女に歩み寄り、優しく頭を撫でた。
歩み寄った時と頭を撫でた時、少女は布袋を握り、ビクッと肩を跳ねさせた。まだ恐怖心が消えたわけではなさそうだった。
サグは無意識に、逃げなくて嬉しいという喜びと、痛ましい苦しさのない混ぜになった笑顔を浮かべた。
「さっ、あっちの怖い顔したやつに案内してもらいな? あっ筋肉が小さい方だよ?」
「おいふざけんな」
「「こわ〜い」」
サグの煽りに、エボットも流石に怒りを示す。眉間に皺を寄せたエボットに、サグとテリンは口元に両手を寄せて、ベタに怖がっている様子を演じた。
恐怖心を消し切れない少女の手前、流石に暴れるわけにもいかず、エボットは少女に優しく手を伸ばした。
エボットが席に案内した時、サグは二人にさっきとは違う、真剣な瞳を向けた。
「どうだった?」
主語は無い、というよりも要らない。要件なんて一つだ。
サグの言葉を聞いた瞬間、二人の目が哀しく歪んだ。
「背中のあたりに……大きなあざがあった……それもいくつか……」
「!!」
サグは驚きを隠せず、勢いよく振り返って少女を見てしまった。幸いにも少女は料理に釘付けでこちらを見ていなかった。
ひと目見てわかるほど、少女の背中は小さい。目測で年齢は一桁後半……いっても9歳といったところだろう。だというのに、その背中に幾つかの大きなあざがあったということは、それだけの恐怖体験をしたということだ。
より痛ましさを感じる。だがそれよりも、今は料理の方を食べることにしよう。
全員がテーブルについた。少女の隣はサグとテリンだ。二人の方が雰囲気や歳的に安心しやすいだろうという結論だった。
「「「「「いただきます!」」」」」
全員が声を合わせて食事を始めた。少女は声は出さなかったが、手は合わせていた。マナーはなっているようだ。
食事を始めてからは、全員庇護欲が掻き立てられているのか、少女にばかりおかずを集めていた。
自分の取り皿に大量に積み上がったそれに、少女は少しだけぽかんとした様子をした。呆気に取られているのもあるが、警戒心もあるようだ。
「毒なんざ入ってねーよ」
エボットが少しだけ苛立った口調をした。そのせいでまた少女が肩をびくつかせる。
「エボット!」
流石にテリンが注意した。だがエボットは全く気にしていない。
エボットは少女の皿から春巻きを一つとった、そしてそれを少女に見せつけて、自分の口に入れた。皮のバリ! バリ!という食感の伝わる音がする。
「あぢ! あぢっ!」
当然だ。料理は作りたて、しかも春巻きのような料理は中が極めて熱い。
呆れた視線をサグとテリンが送る。だが意図に気づいているディオブとイリエルはクスクス笑っていた。
「うっ、美味いな! やっぱディオブさすがだぜ!」
「そりゃどーも」
クスクス笑いながらディオブが答えた。
少女は呆気にとられながらも春巻きを味わうエボットに見入り、よだれを一度飲み込んだ。
「ほら、食えよ、美味いぞ?」
ようやく喋れるようになったエボットが促す。
少女は少しだけ怯えながらも餃子にフォークを刺した。そしてそれを口に放り込む。
もちろん餃子だって作りたてだ、同じように熱い。
「あつっ、あつぅ!」
ほふっ、ほふっ、そんな感じの呼吸で少女はゆっくり餃子を食べた。
ゆっくり、熱さを感じながらも、肉と野菜の味を噛んで味わう。そしてゆっくり飲み込んだ。
「美味しい……」
ようやく満足感と共につぶやかれたそれに、自然と全員の口角が上がる。同じように、少女の口角も優しく上がっていたからだ。
その一言を皮切りに、全員が食事を始める。ローテーブルを座って囲み、欲しいものを取ってやりながら食事をする。この間サグが感じていた通り、家族そのものの姿だ。
嬉しく感じながら麻婆豆腐をご飯と共に口に入れた。スパイスの効いた味が……。
「辛ぁぁぁぁ!?」
スパイスを感じていたのも束の間、すぐに激辛の味が舌に広がった。
汗が体の至る所から吹き出し、顔が真っ赤に染まっていくのが分かった。
「ちょっサグ!?」
「だっはっはっ!!」
顔を真っ赤にしたサグに純粋に驚くテリンと爆笑するディオブ。場が混沌とし始めた。
「あははははははは!!」
混沌とし始めた場に、知らない笑い声が聞こえた。
少女が笑っていたのだ。
年相応の屈託のない笑顔、年相応の無邪気な笑い声。そのたった二つの情報が、この場にいる仲間たちにどれだけの安心感をもたらしたことか。
辛さに苦しんでいたサグさえも、つられて笑ってしまう。何とも楽しい昼食になった。
食べ終えて、今はエボットとイリエルが食器を洗っている。それ以外はくつろいでいた、少女も笑ったことで、さっきよりは警戒心を解いているようだった。
カチャン、と最後の皿を置いた音がした。洗い終わったようだ。
二人が同じように座った。大して重くない空気での沈黙が落ちる。
こういう時、空気を作るのは、最初の発言者だ。
「ねえ」
サグができるだけ優しい声を出した。自分でも意識した最大限の優しい声だ。
全員の視線がサグに向いた。そしてサグの顔の向きから「ねえ」の対象が少女であることがわかった。
「君の名前を教えてよ」




