表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
果てなき空で”果て”を目指す物語  作者: 琉 莉翔
果てへの導き編
83/304

布袋

「サグ! お風呂場でお湯沸かしておいて! 一応ね! エボットは毛布と布団整えといて!」

「「あらほらさっさ〜!」」

「どこの悪人だお前ら」


 テリンの指示の元、サグとエボットが船を奔走する。指示を出したテリンは溜め込んである服と食料から、少女に出しても大丈夫かもしれないものを見繕う。食料はともかく、少女の身長はテリンよりも少し小さく、服の調整には苦労する。 

 少女は未だ目を覚さない。発見から大した時間が経っていないというのもあるが、さすがに心配になってくる。

 とりあえず魚、ボリジウスの方はディオブが甲板の端っこにどかし、大量についた滑りをモップで掃除しているところだ。

 目を覚さない少女の体をイリエルが調べている。


(目立った外傷は無い……けど目を覚さないってことは、頭を打ってる?)


 体の様子を細く、隅々まで見る。しかし美しい褐色の肌には、アザらしき物すら無かった。


「イリエル、タオル」

「ありがとう、毛布は?」

「今エボットが探してる、風呂ももうすぐ沸くよ」

「わかった、ありがとう」


 サグからタオルを受け取り、少女に付いた滑りを拭き取っていく。何よりも汚れに汚れている服を脱がしてやりたかったが、意識の無い状態ではそれも難しかった。

 一方、甲板の掃除を続けているディオブは、あることに気づいた。ボリジウスの体内が妙に乾いていたのだ。

 全身は滑りに覆われていたのに、体内ばかり乾いているとは矛盾した話だが、とにかく乾いていた。


「なんだこれ」


 気になって口から手を突っ込んでみる。

 中は恐ろしいほどパサパサしていて、さっきまで生きていた生物とは思えないほどだ。

 直後、ディオブはある事実を直感した。ボリジウスが羽にまで纏っていたぬめり、それは汗のようなものだったのではないか。あまりの酷暑に耐えかね、汗をかき結果水分不足で死んでしまったのではないか、という考察だ。

 だがこの考察は、あまりに現実を離れすぎている。今日の天気は確かに晴れだが猛暑では無い、過ごすにはちょうどいい気候だった。

 ボリジウスという生物が暑さに弱い、と言われればそれまでだが、にしたって異常なように感じる。


(どうなってんだ……)


 あの眠っている少女が急に恐ろしく見えてきた。

 イリエルが胸に手を当てた、もう五回目だ。


(心臓は動いてる……生きてるんだろうけど……)


 どこを指圧しても全く反応が無かった。意識が無いのは間違いないが、生きているのかさえ不安になってくる。その度心臓に触れ、命を確認していた。

 ポサッ、と音がした。同時にゴト、という音も。

 音のした方を見やると、少女の腰から落ちたであろう布袋が甲板にあった。妙に綺麗で、なぜか目を惹かれる布袋。

 少女の物ならば後で渡してやる必要がある。そう思って袋に手を伸ばした。

 指先が、変哲のない袋に触れる。


「!!!」


 指先から何か熱い物が流れ、心臓のあたりで弾けた。

 時間にすればほんの一秒程度の出来事。だが、たった一秒がイリエルに与えた衝撃は計り知れない。

 どんな戦闘よりも、どんな怪我よりも大きな衝撃、痛み。肺から一気に空気が飛び出し、血の一滴に至るまでが沸騰しているかのように熱い。同時に感じたのは、恐怖、怒り、悲しみ、孤独。あらゆる負の感情の濁流だ。


「ぐっ、ぐぅ、くぅ、がっ!?」


 言葉がうまく言葉にならない。声を出せているだけ奇跡だ。

 全身に苦しみを感じながら、イリエルは甲板に倒れ込んでしまう。意識は失わなかったが、中途半端に意識があったせいで余計苦しい。

 一部始終を見ていたディオブは焦ってイリエルに駆け寄る。


「大丈夫か!?」


 魚の如くヒクヒクと倒れ込むイリエル。震えながらも、指先は何の変哲も無い布袋を指していた。


「これか? 取ってやる」

「っぅ!」


 ディオブが布袋に手を伸ばした時、腕に激痛が走った。

 イリエルの手が、普段では絶対に出せないほどの力で、ディオブの腕を握ったのだ。


「ぐっ!」


 あまりの力に声を漏らし、ディオブはイリエルの方を見た。

 イリエルは苦しみに顔を歪ませながらも、警告を含めた鋭い目でディオブを見つめる。

 視線の意図を正確には理解できなかったが、流石になにか伝えたいことがあることはわかった。


(なんだ!? なにが起こっている!?)


 布袋を睨むディオブは気づかなかった。褐色肌の少女が、ゆっくりとまぶたを開き始めていたことに。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ