布袋
「サグ! お風呂場でお湯沸かしておいて! 一応ね! エボットは毛布と布団整えといて!」
「「あらほらさっさ〜!」」
「どこの悪人だお前ら」
テリンの指示の元、サグとエボットが船を奔走する。指示を出したテリンは溜め込んである服と食料から、少女に出しても大丈夫かもしれないものを見繕う。食料はともかく、少女の身長はテリンよりも少し小さく、服の調整には苦労する。
少女は未だ目を覚さない。発見から大した時間が経っていないというのもあるが、さすがに心配になってくる。
とりあえず魚、ボリジウスの方はディオブが甲板の端っこにどかし、大量についた滑りをモップで掃除しているところだ。
目を覚さない少女の体をイリエルが調べている。
(目立った外傷は無い……けど目を覚さないってことは、頭を打ってる?)
体の様子を細く、隅々まで見る。しかし美しい褐色の肌には、アザらしき物すら無かった。
「イリエル、タオル」
「ありがとう、毛布は?」
「今エボットが探してる、風呂ももうすぐ沸くよ」
「わかった、ありがとう」
サグからタオルを受け取り、少女に付いた滑りを拭き取っていく。何よりも汚れに汚れている服を脱がしてやりたかったが、意識の無い状態ではそれも難しかった。
一方、甲板の掃除を続けているディオブは、あることに気づいた。ボリジウスの体内が妙に乾いていたのだ。
全身は滑りに覆われていたのに、体内ばかり乾いているとは矛盾した話だが、とにかく乾いていた。
「なんだこれ」
気になって口から手を突っ込んでみる。
中は恐ろしいほどパサパサしていて、さっきまで生きていた生物とは思えないほどだ。
直後、ディオブはある事実を直感した。ボリジウスが羽にまで纏っていたぬめり、それは汗のようなものだったのではないか。あまりの酷暑に耐えかね、汗をかき結果水分不足で死んでしまったのではないか、という考察だ。
だがこの考察は、あまりに現実を離れすぎている。今日の天気は確かに晴れだが猛暑では無い、過ごすにはちょうどいい気候だった。
ボリジウスという生物が暑さに弱い、と言われればそれまでだが、にしたって異常なように感じる。
(どうなってんだ……)
あの眠っている少女が急に恐ろしく見えてきた。
イリエルが胸に手を当てた、もう五回目だ。
(心臓は動いてる……生きてるんだろうけど……)
どこを指圧しても全く反応が無かった。意識が無いのは間違いないが、生きているのかさえ不安になってくる。その度心臓に触れ、命を確認していた。
ポサッ、と音がした。同時にゴト、という音も。
音のした方を見やると、少女の腰から落ちたであろう布袋が甲板にあった。妙に綺麗で、なぜか目を惹かれる布袋。
少女の物ならば後で渡してやる必要がある。そう思って袋に手を伸ばした。
指先が、変哲のない袋に触れる。
「!!!」
指先から何か熱い物が流れ、心臓のあたりで弾けた。
時間にすればほんの一秒程度の出来事。だが、たった一秒がイリエルに与えた衝撃は計り知れない。
どんな戦闘よりも、どんな怪我よりも大きな衝撃、痛み。肺から一気に空気が飛び出し、血の一滴に至るまでが沸騰しているかのように熱い。同時に感じたのは、恐怖、怒り、悲しみ、孤独。あらゆる負の感情の濁流だ。
「ぐっ、ぐぅ、くぅ、がっ!?」
言葉がうまく言葉にならない。声を出せているだけ奇跡だ。
全身に苦しみを感じながら、イリエルは甲板に倒れ込んでしまう。意識は失わなかったが、中途半端に意識があったせいで余計苦しい。
一部始終を見ていたディオブは焦ってイリエルに駆け寄る。
「大丈夫か!?」
魚の如くヒクヒクと倒れ込むイリエル。震えながらも、指先は何の変哲も無い布袋を指していた。
「これか? 取ってやる」
「っぅ!」
ディオブが布袋に手を伸ばした時、腕に激痛が走った。
イリエルの手が、普段では絶対に出せないほどの力で、ディオブの腕を握ったのだ。
「ぐっ!」
あまりの力に声を漏らし、ディオブはイリエルの方を見た。
イリエルは苦しみに顔を歪ませながらも、警告を含めた鋭い目でディオブを見つめる。
視線の意図を正確には理解できなかったが、流石になにか伝えたいことがあることはわかった。
(なんだ!? なにが起こっている!?)
布袋を睨むディオブは気づかなかった。褐色肌の少女が、ゆっくりとまぶたを開き始めていたことに。




