答えのない
「同胞たちよ、神の言葉は正しかった、この島は神に背きし神敵なり」
「資料の奪還を最優先にせよ、神に背いた島民を皆殺しにし、家々を探し尽くせ」
「神命を、ここに果たせ」
記憶のまま思い出した言葉を、サグはそのまま呟いた。
下を向いていたせいで気づくのが遅くなったが、仲間たちがヤバい物を見る目でこちらを見ていた。ドン引きした心がありありと現れた、眉間に皺を寄せている顔だ。
まさかそんな顔で見られているとは思っていなかったので、サグは自分に向けられている顔を認識した瞬間、肩を大きく震わせてしまった。
「そんな目で見ないでよ!」
「いやだって突然変なこと言うから」
イリエルの目が、言葉と合わせて突き刺さってきた。
変なことを言った自覚はあったが、まさかそんな視線を向けられるとは思ってもみなかった。
「いやっいや、命令出してた奴がこんな事言ってたんだよ!」
二人の視線はテリンへと向かった。
一瞬テリンも慌てたが、すぐに記憶を掘り起こし始めた。そして少しの間をおいて、また言葉を繋ぐ。
「そうだね、言ってたよ……私たちが殺した、レイゴスって奴が」
少しだけ、サグは安心した。あの日のことをテリンが覚えていて、それを殺しと認識してくれていることに。
そんなサグの気持ちをよそに、ディオブとイリエルの顔は、やはりと言うべきか、固かった。
理由にも気づいていたが、固まっている二人を無視し、サグは話を続ける。
「あの言葉……神命ってワードが引っかかってる」
「……命令してる誰かが居るってこと?」
さすがは幼馴染、全てを言わずともサグの言わんとしている部分を汲み取った。
だが汲み取ったテリンも、言ったサグ自身も眉間に皺を寄せる。
「流石にアバウトすぎない?」
「だよなぁ……」
言っておきながらなんだが、サグは自分にイラついて後頭部を引っ掻いた。
神軍が組織で軍である以上、命令している誰かが居るのは間違いない。だがそれと皆殺しは結び付かなかった、ただ命令された、としか。
「いや……それか? 命令した誰か……」
ほんの微かな声、ハエの羽音だってもう少し大きい。
呟いたのはイリエルだった。下を向いて腕を組んで、表情はわからなかったが、明らかに何か核心に迫ったことを考えている。
次の一言までが異様に長かった。
「多分……それであってると思う……命令してる誰か……それだ」
イリエルの表情には、確信が宿っていた。自分の言葉を間違いないとする、確信が。
「命令している誰か、そいつがオリアークと関わりがある、だからサーコス島の島民を殺した」
誰も声を発さなかった。
イリエルの言葉がいきなりスケールの違う物だったから、というのもそうだが、何よりもあり得ない予想に反し、イリエルの表情は変わらず確信を持っていた。それが一番三人の心を集めた。
「……何言ってんだお前?」
「そうだよイリエル、オリアークの冒険譚はおとぎ話になるくらい昔の話なんだよ? そんな人と関わりなんて」
ディオブからおかしい物を見る目を向けられても、テリンから柔らかく否定されても、イリエルは確信を崩さない。むしろ時間が経つほどに確信がより強くなっていっているように見える。
「……さっき思い出したんだけど、神軍ではある研究が行われているの」
「ある研究?」
「不老不死の研究よ」
不老不死、投じられた言葉をサグはよくよく考えた。
もちろんワードの意味は知っている。不老不死は言い換えれば永遠の命、誰もが一度は夢見るものだ。しかし現実にそんなことはあり得ない、誰だって知っているはずだ。
非現実的だと否定しようとするサグの心を、イリエルの表情が否定する。
「私がスカイストムについて詳しかったのもそのせいよ、神軍はスカイストムのデータを集めてた、理由は知らなかったけど、あの癒しの力……」
「なるほど……光属性の魔法か……確かに不老不死とは結びつくが……」
「えっ? どういうこと?」
サグにはわからなかったが、魔法に対し理解度の高い二人は話が理解できているらしかった。
「光の魔法は癒しを基礎とする、不老不死を”体を癒し続けること”と解釈し、寿命を魔法で伸ばせねぇかって研究は、結構長くやられてたんだ」
「けど、研究してたって事は」
「ああ、それは完成してない、どうあっても傷の治療が限界」
「そりゃそうよ、老化は原因がはっきりしてない、イメージが大事な魔法でそんなことはできないから」
ようやくサグも理解できた。
魔法はイメージを基本とし、イメージした現象に魔力を肉付けして、現実に発現させる。魔力魔法を修行する中で、サグもそのプロセスが身に染みてわかってきた。だからこそ、ディオブの説明する不可能な理由も理解できた。
だが逆に疑問も湧いてくる。
「ディオブの言う通りなら、不老不死は神軍でも不可能なんでしょ?」
「ええそうね」
「じゃオリアークと関わりがある人間なんて予想が成り立たないじゃん」
「でも、それぐらいしか可能性は思いつかないわ、そうじゃなきゃ答えにならない」
イリエルの顔は硬い。どれだけ言われても、自分の答えを疑っていないようだ。
ここまで自信満々だと、現実的なことを言っているはずのサグの方が自信が無くなってくる。
「まあ、今議論しても答えは出ねえ、船を前に進めねえとな……」
「ただこれだけは覚えとけ」
ディオブがゆっくりと立ち上がった。表情は恐ろしいほどに硬い。
「指示を出す誰かってのは、誰だって分かってる、組織の名前だからな」
「俺たちの敵は神だ、何があっても不思議じゃ無えよ」
それだけ言って、ディオブは船室へ入って行ってしまった。
疑問と謎は尽きず、新しい情報だけがサグの脳内を錯綜する。情報が尽きないが、答えが出ない残酷さと苦しみが、今日のサグの修行を邪魔していた。
船内に入ったディオブは、一人木箱を見つめていた。エボットが船の操縦中でよかった、でなければ、一人で悩む事はできなかっただろう。
箱を見つめるが、箱は何を言うこともない。当然だが。
ずっと、ディオブは吸い込まれるような感覚を感じていた。なぜかわからないが、このただ小さなだけの木箱から、何かを感じてならない。
(……ったく怖えなあ……)
小さな箱をテーブルにおいて、ディオブは冷蔵庫を開けた。




