やるべき
「……どう思うイリエル」
ディオブが小さく呟いた。瞬間、三人の心臓が鋭く跳ねた。
昨日まで、というかさっきまでの二人は最悪だった。だから今のディオブの呟きは、三人からすれば試合開始のゴングに聞こえる。
何かあっても対応できるように、三人はちょっとだけ警戒をしておく。
「……どうって?」
「今の話の信憑性、元神軍としてどう思うか、だ」
「元神軍っても私はそんなに本職じゃないんだけど……そうね」
イリエルが顎に手を当てて、わかりやすく考えるポーズをした。
少しだけ時間が経って、イリエルはゆっくり口を開いた。
「多分信じていいと思う、正解とも間違いとも証明する手段はないけどね」
「だな」
二人は、サグほどオリアークを信じていないらしい。
だが考えてみれば当然だ。いきなりノートに知らないことや、常識を覆すようなことを言われたって、素直に信じる方がどうかしている。
まあどうかしているのがサグなのだが、自覚があるため小さくバレないように苦笑いで自分を誤魔化す。
「なら今やることは一つだな、付き合え」
「ええ、怪我させないでよ」
「多少なら許せ」
「え〜」
二人は早足で船を出た。
昨日まではありえなかった光景に、三人は少しだけポカンとしてしまった。
それから驚きの波を押し戻して、三人揃って船を出る。浮島から音がしたので、行く先は分かりやすかった。
船室を出た瞬間、目に飛び込んだ光景は驚き以外の何者でも無い。
二人は戦っていたのだ。
「おらあ!」
「遅いこのゴリラ!」
「ウルセェ!」
ディオブの大振りの拳を、イリエルがひらりひらりと躱している。
イリエルが、転がっている大きめの岩に手のひらを向けた。イリエルがクイッと手を挙げると、それに連動して岩も持ち上がる。
ディオブに手を向けた、つまり岩が、ディオブを目指して弾丸の如く飛んでいく。少し離れているので正確では無いが、岩はサグの身長ほどあるように見えた。
そんな岩を、ディオブは硬化した拳で殴り砕いた。
「甘ぇ!」
「どっちが!」
砕けた岩にイリエルが両手を向ける。
手を握ると同時に、かけらの一つ一つがディオブに向かって降り注ぐ。
予想外だったのか、一瞬だけ狼狽えたディオブは、全身を鉄の状態に硬化させた。
降り注ぐ岩に対し、全身の硬化で耐えるディオブ。痛くないが衝撃はあるようで、顔を顰めているのが見えた。
腕を向けながら、イリエルが高速で接近する。蹴りだ、岩が降り止んだ瞬間を狙って、ディオブに喰らわせる。
しかしディオブは硬化を解除していなかった、硬い状態で蹴りを受ける。
「げっ!」
「魔力消費エグくてもな、この程度は普通に受けるさ」
イリエルの足を掴む、そしてハンマー投げのように振り回した。
「吐く吐く吐く吐く吐く吐く!!!」
「じゃぶちまけろよ!」
口を押さえながら叫ぶイリエルに無慈悲な言葉を投げる。
そして本当に投げた。
岩に向かい投げ飛ばされたイリエルは、ギリギリで体勢を変えて、上手く足から岩に着地した。膝をクッションにできるだけ衝撃を逃す。
しかし流石にダメージはあったようで、地面にベシャリと腹から落ちた。
「おい大丈夫か」
「大丈夫じゃない……オエ」
青い顔をしながら舌を出した、確かにそうなるだろう。見ているだけのサグですら、なんとなく気持ち悪くなったのだから。イリエルの三半規管は発狂状態間違いなしだ。
混乱もそこそこに、三人揃って船から二人の居る浮島へと走った。
「ディオブ! イリエル! 何してんの!?」
「ん? 遅かったな」
「何って……ウェ……修ぎょウップ……よ」
サグの質問になんのこともなく答えるディオブ、イリエルは対照的に、吐かないよう必死になっている。
テリンとエボットも少し混乱した様子で二人を見ている。テリンとなんかは、キョロキョロと何度もディオブとイリエルを見比べている。
イリエルの言葉と言えるか微妙な言葉を、脳内で接着させて成立させる。
「修行?」
「そうだ、修行」
「オリアークの言っていることが正しいのか分からない以上……やるべきことは強くなることだけ、私たちもね」
三半規管が落ち着いてきたイリエルが言った。
確かにそうだ、オリアークと神軍の間に何があったのか、”果て”への旅でオリアークが何を見たのか、それを今の自分たちは知ることはできないが、それに備える事くらいはできる。そして最優先事項になるのは、強くなる事だ。
「サグ、昨日から喧嘩しちまってわるかったな、イリエルも」
「私もよ、ごめんねサグ、ディオブ」
二人は案外素直に謝っていた。
サグは自分が元で喧嘩していたことはわかっていたが、まさか自分にまで謝ってくるとは思っていなかったので、少し大袈裟なほど慌ててしまう。
「いや俺は別に!」
「……サグもだけど、三人とも」
ディオブが真っ直ぐに、三人を同時に見据えた。
「自由に成長しなさい、私たちはそれを全力でサポートする」
ちょっとだけキョトンとして、三人で同時に顔を合わせてしまう。
昨日までの”基本を学ぶべき”というイリエルの主張とは大きく違う言葉に、少しだけ驚いてしまったのだ。
ディオブが呆れた様子で、後頭部を引っ掻いた。
「魔法修行の時によく使われる言葉がある、”進化に悪は無く、発展に正義も無い”」
「要はどう進化しようとも発展させようとも、そこに正しさや悪が生まれる事はない、自らが生み出したものを、どう使いこなすかが大切なんだ」
ディオブの説明に、イリエルが気まずそうな顔をした。
「私は最も大事な部分を忘れてたわ……本当にごめん」
「いや、お前のいうことも間違いじゃねえよ、俺も言いすぎた」
二人とも、急に自分たちを振り返るものだから、サグたち三人は置いてけぼりにされた気分になってしまう。
そんな三人の様子を察したのか、ディオブはニヤッと笑って拳を握る。
「まっ、結局強くなることに変わりはねえ」
腕が、シルバーメタリックに染まった。
「反省の時間は終わり、三対二だ、来い」
ディオブの意図を察した三人は、すぐに魔力を解放させる。
イリエルは少しだけ呆れ顔だった。
「ったく、反省する間もくれないのね」
「要らないだろ?」
「まあね」
イリエルも魔力を解放した。
三人は、目の前の最大の強敵に、全力で挑んだ。




