教育論
お互いにバッチリの状況が出来上がった、ならば、さっきは確実に超えてくるだろう。
それは、ぶつかり合った互いの拳が証明した。
拳から腕、そして全身に骨を通じ響く痛み。今回はエボットに電流の、サグに鋭い冷たさのおまけ付きだ。
しかし怯むことは許されない。もう片方の拳でエボットの腕を狙った。
エボットは拳を開きながら、手首を使い勢いをつけた。その勢いで、拳を覆っていた氷がサグの顔に飛んでくる。
反射でサグは顔を腕で覆い、守ってしまう。
決定的な隙を逃さず、エボットはさっきまでぶつかり合っていた腕を掴んだ。ドライアイスのような冷気がサグの腕を痛めつける。
味わったことのない冷たさに、サグは顔を歪めてしまった。
掴む手に力を入れてサグを逃さず、エボットはもう片方の手で胸に掌底を叩き込んだ。
サグは動揺のままにモロに掌底を受けてしまった。
さっきとは違い、痛みに地面を転がってしまった。
「痛えぇ〜! 何その技!」
「いいだろ? お前の『近接系武器のマスター術』って本でメリケンサックって武器を見つけてな、それ参考にしたんだ」
メリケンサックは鉄製で、指を通して付け、握った拳の破壊力を上げるという武器だ。
つまり拳全体を覆い、開いた時に氷を放つのはエボットのオリジナルということになる。
「流石の応用力だね」
「まあな、名付けて”アイスブロウ”!」
「あっそ!」
ドヤ顔のエボットに対し、サグは回転しながら足払いを仕掛ける。
サグの想像以上に綺麗に成功し、エボットは転んでしまった。
テディベアのように座り込んだエボットの顔に、思いっきり膝を繰り出した。
ギリギリのところで腕を出し、エボットは膝をガードした。
「容赦ねえな」
「そういう話でしょ」
苦し紛れのニヤつき顔に、サグは楽しそうにニヤついて返した。
「そうだったな!」
サグの膝を弾き、勢いよく立ち上がるエボット。
着地したサグに、容赦無く蹴りを繰り出す。
自分を狙う蹴りを、全力の裏拳で弾いた。拳はベンケイの泣きどころに命中し、エボットは若干涙目になった。
よろめきながら足を戻す、その隙を狙い、サグは飛び出して拳を突き出した。
エボットは冷静に軸足で後ろへと飛ぶ。
次の瞬間見えた光景に、エボットは大きく目を見開いた。
サグの拳から、雷の塊とも呼ぶべきものが伸びてきたのだ。
エボットだけではない、見ていた三人にもハッキリ見えるほどの雷が、サグの拳から伸びた。
雷はエボットに命中し、初めて味わう電流という感覚を教える。ビリビリとした知らなかった痛みは、血液を伝わり全身にダメージを与えた。
「ゲホッ……なんだその攻撃、伸びた?」
「うん、ずっと練習してた片手での魔法、やっと完成した」
サグが考えていた片手で打ち出す魔法、それが完成したというのだ。
「どういうことだ? 銃みたいに撃ち出すんじゃなかったのか?」
修行を見ていたディオブが、たまらず質問してきた。
「そう思ってたんだけど、それだとどうしても、両手で撃つイメージに引っ張られて、魔力が安定しなかったんだ」
「だから拳を突き出すのに合わせて、魔力を発射することにした、撃つのとイメージが変わらなかったし」
「なるほど」とディオブが納得した。
ディオブはサグたち以上に魔法が使える、理解は、技を喰らったエボット以上にできているだろう。
「発射ってか、ゴホ、伸びたように見えたぜ?」
未だエボットの受けたダメージは大きいらしく、咳き込みが続いていた。
真剣勝負とはいえ、目の前で咳き込んでいるエボットを見ると、少しだけ申し訳なくなってしまう。
「これね、未完成なんだよ」
「未完成?」
「うん、本来は撃ち出すってのが理想だったんだけど、拳でやってるせいで伸ばすだけになっちゃったんだよね」
サグの理想としては、逃げている相手に対し発射し当てるというものだ。
しかしさっきの魔法は伸びる、マジックハンドのようなものだった。これでは理想とするスピードが出せない、つまり未完成、それがサグの結論だった。
「いや? 俺はそれでいいと思うぞ?」
逆立ちで腕立て伏せのような筋トレをしていたディオブが言った。
「その伸ばす方式なら、仮に当たらなくても、魔力を戻すようにすれば消費が少なく済む、また拳で魔力を纏えるぜ?」
「私は反対」
ディオブのもっともらしい意見に、イリエルが渋い顔でツッコミを入れた。
両腕から片腕に移行していたディオブは、イリエルを見ながら眉間に皺を寄せた。
「なんでだ?」
「今は魔力コントロールを鍛えなきゃいけない時期、ここでそんな魔力コントロールなのか魔法なのかわからない技取り入れたら、ごっちゃになるわ、一貫させて発射を考えた方がいいわ」
「別にいいだろ? この技術は始めた時期からすると天才的だぜ? 封印させることも」
「封印させるって言ってるわけじゃないの、ただ、今進めるべき技術じゃない、って言ってるの」
「今進めるべきってか、魔力の成長は人それぞれだろ、だから魔法にも派生が生まれるんだ」
「でもそれはある程度レベルが高い戦士のやり方でしょ? あなたや私はともかく、サグはもう少し基礎から」
「すごいやつは基礎から違う、こいつらの天才ぶりはお前もわかってるだろ、自由なやり方に合わせて指導者だって柔軟にだな」
「それは安心して修行できる環境あってこそでしょ? 私たちは命が掛かってるのよ? 堅実な道を選ぶのが指導者のすべきことよ!」
「命が掛かってんなら、尚のことそいつらのためになる方を選ぶべきだ! 強さの階段を数段飛ばしさせねぇといけねえ場面はある!」
「それはわかってるけど! 飛ばした階段に大事な物が転がってる場合だってあるのよ!」
「一つ一つ拾ってんじゃ時間が足りねえ! 魔法使ってる奴らだって全部やってるわけじゃねえだろ!」
「そりゃそうだよ! でもまだ初心者なのに階段飛ばし覚えちゃったら、この先に支障が出るかもでしょ!」
「だから! やり方は人それぞれでだな!」
二人の語りが熱を帯びてきた。恐ろしいことに、ディオブはその間ずっと片腕で腕立て伏せをしている。
それに対抗しているのか無意識なのか、イリエルは大袈裟に体を動かし、白衣をバサバサ振っている。
さっきまで修行していたサグとエボットは、地面にペタリと座り込んで、二人の激論をぼんやり眺めている。
年齢的におかしいのはわかっていたが、サグは二人に両親の姿を重ねてしまった。
「親か、こいつら」
エボットもほぼ同じことを考えていたようで、少し呆れたように呟いていた。
エボットの方を見ると目が合って、同じことを考えていたのが伝わったようだ。お互いにやっと笑ってしまう。
「何? 仲間はずれ?」
後ろから声がして、サグの頭にずっしりと重みがかかった。
見えなかったが、両腕で枕を作り、サグの頭にのしかかった様だった。
声からして多分むくれっつらだ。
「しょうがないじゃん、俺の話だもん」
「お前離れてたしな」
「むぅ〜」
やはり見えないが、テリンが今度は頬を膨らませたようだ。少しだけクスリと笑ってしまった。
照れくさいので、言葉に出す気はないが、故郷にいた頃よりも、三人の距離が近くなった気がしていた。
それはもちろん、同じ船で暮らしているからというのもある。故郷ではそれぞれ家があって、家族も居た。
だが今は、お互いが家族である様に感じる。さっきの「親か、こいつら」というエボットのセリフで、より実感できた。
今の自分たちは運命共同体で、寝食を共にする家族だ。ある種血よりも濃く大切な絆で繋がっておく必要がある。
テリンとエボットは語るまでもない。ならばディオブとイリエルはどうだったのか。
(二人とも、あんまりいい出会いじゃなかったかもな)
ディオブには初め”同情”があった。だが語りを聞くうち、自分たちと同じ”被害者”で”恩人”となっていった。だからサグは”仲間”で”師匠”になってほしいと願ったのだ。それを叶えられるように、恐怖を押し殺し語った。
イリエルとの出会いは”驚き”でしかなく、初め性格の悪い攻撃で協力せざるをえない心境にさせられていた。つまり”トラブル”でしかなかったのだ。
しかしそれから行動を共にする中で、イリエルの中にある信念を感じていた。
神軍にイリエルが邪魔として切り捨てられた時、激しい怒りを感じた。イリエルを”尊敬”していたのだ。
だから助けたいと感じた、ギリギリでも勝とうと思った。
繋がり、感じたものはそれぞれでも、一緒にいたいと願える心を、今目の前にいる四人が持っていた。
運命共同体である四人を、家族と感じることは、自分を守った母や、敵に殺されてしまった父に対する無礼だろうか。
それでもサグは、暖かさを感じずにはいられなかった。故郷で感じていた、知っている暖かさを。
「だからあいつらなりのやり方があるって言ってんだろ!!!」
「そうじゃなく基礎を踏ませるべきだって言ったわよね!!!」
「やっべ喧嘩になってきた! 止めんぞ!」
「わっわかった!」
「たはは! 大変だ!」
睨み合いを始めた二人に、焦って止めに入るエボットとテリン。
少しだけ遅れてから、サグは笑いながら止めに入った。




