久しぶりのケンカ
そこからは、全員また似たようなことの繰り返しだった。
サグはひたすら魔力コントロールを続けた。だがそれに変化をつけた。
ただ立ってコントロールするのでは無く、甲板を走りながらコントロールすることにしたのだ。実戦的と言えないまでも、ほんの少し本番に近づいた特訓と言える。
代わりに手にのみ魔力を集中させることをやめた。
イリエルの言う通り、潜在意識に”自分の魔法は両手で使うもの”という感覚があるのなら、同じことを繰り返しても完成しないからだ。
走りながらやることで、足にも魔力が回るようになった。
身体強化と言えないまでも、四肢の全てで、攻撃性を持った雷属性の力が発現できるようになった野田。
次の魔法は、これを基軸に発展させることにした。
蹴りで魔法を作ろうとしていたテリンから、嫉妬全開の視線を向けられたのは内緒だ。
テリンの方は、方向性を変えず修行法を少し変えた。
サグにエボット、ディオブに蹴りの練習に付き合ってもらうことにしたのだ。
魔法とは、魔力というエネルギーにイメージで輪郭を与える事。そう解釈したテリンは、まず自分の体術を磨くことにした。
体術のイメージを完全にし、そこに魔法という補助を加えることにしたのだ。
これが意外なほど上手く行った。
元から魔力コントロールのスキルは高かったので、サグたちほど意識しなくても魔力は足に集中できていた。
蹴りの攻撃のイメージが出来上がってきた時、意識しなくても集めた魔力に攻撃性が生まれていた。
つまりテリンは魔力を集中させて蹴るだけで、ある程度火属性の攻撃が成立するようになったのだ。
段々蹴りに熱がってきたディオブを見てニヤついていたのを、サグは見逃さなかった。
(性格悪くなったな)
エボットも新しい魔法に取り組んでいた。
剣という考えに囚われなくなったのだ。
サグの潜在意識の話を聞いて、エボットも”自分も剣で無くては魔法が作れなくなるのではないか”と恐ろしくなった。だからだそうだ。
槍やヌンチャク、銃なんかも作ってみていた。
前二つの方はともかく、銃の出来は酷かった。内部構造を完全に理解してないせいで、銃の形をしたただの氷の塊が出来上がったのだ。
これで戦おうなんて笑い話にもならなかった。
結局、近接武器の生成に重点を置くことにした。
三人それぞれの問題点を発見し、それなりに出来上がってきていた。
そして今日は幸運なことに、広い浮島を発見した。岩がいくつか転がっている、草の無い寂しい島だ。
島と呼べるほどの広さはなかったが、ファイトリングとしては最適なほどだ。
実は意外なほど浮島はあるのだが、修行に使えるほどの広さをした浮島は中々無かった。だから今日は極めて幸運なのだ。
最初にイリエルが降りて、地面の様子を確かめる。
もしこの地面が柔らかくて、人間の暴れに耐えられないのなら即出発だ。いる理由が無くなる。
「うん、大丈夫、三人がやりあってもこの島は崩れないわ」
イリエルの言葉に、無邪気に三人ニ〜っと笑う。楽しくなってきた。
三人揃って反対の船縁から、勢いよく走り出し、大ジャンプで浮島へ飛び降りた。
踏み締める地面は、今まで訪れた、人のいる島のようにしっかりしていて、地面の安心感を教えてくれていた。
「よし! 修行始めよう!」
サグの号令を受けて、三人はそれぞれに修行を開始した。
まずはウォームアップにストレッチ、それから島の外周を走る。ディオブとイリエルも混じり、全員でだ。
イリエルからの指示で、全員体内の魔力をコントロールすることを忘れない。ただ走るよりも、そっちの方が運動と魔力を直結させられる。
サグからしてみればトレーニングの一環だったので、いつもの如くこなす。
十周もすればウォームアップには十分だ。
休憩もそこそこに、それぞれがまず個人でトレーニングを始めた。
広い場所を自由に使い、お互いのトレーニングを邪魔しないように工夫する。
三十分ほど、サグは個人トレーニングに集中した。四肢それぞれに魔力を集中させる感覚、それが段々わかってきた気がした。
「サグ、やらねえか?」
エボットが組み手を持ちかけてきた。朝に、ドックの前でやった組み手の再現のような感覚がした。
だがあの時とは決定的に違うことがある。
それは魔法だ。
サグとエボットは、未熟ながら魔法を習得している。つまり魔力コントロールに関して、未熟には間違い無いが、あの時の比では無いほど上がっている。
故に、”テンションが上がったからいつの間にか魔力が漏れ出し、いつの間にか相手を魔力で傷つけていた”なんて事態にはならない。
だが二人は知っている。
高め合いが、自分たちの可能性にどれだけの刺激を送り込むのかを。
お互いにある程度の距離を取った、明らかに間合いの外の距離を。
「魔法は?」
「ありだろ、スタミナ切れには気ぃつけろよ?」
「もちろん」
軽くルールを確認する。怪我なんて慣れっこになった。魔法くらいは怖くない。
お互いの準備完了を、構えを作ったことで確認した。
次の瞬間には、お互い走り出していた。
まずはお互いに格闘戦を選ぶ、魔力無しでの純粋な殴り合いだ。
サグはエボットとの間合いに入る直前でスピードを早め、エボットの意表を突いた。そのまま固く握った拳を、胸に向かって繰り出す。
エボットはギリギリで腕をクロスし、ガードに成功したが、意表を突かれたことと、サグの攻撃が完璧に決まったことで怯んでしまう。それだけ腕に受けた衝撃が大きかったのだ。
サグはその一瞬を逃さず、ガードの上からハイキックを繰り出す。
肩から腕に掛けてにヒットした蹴りに、エボットの体制は大きく崩されてしまった。
蹴りの勢いのまま回転して、再び同じ足で腹に蹴りを繰り出す。今度は槍のような突き出す蹴りだ。
だがエボットはサンドバッグじゃない。ガードを解き、両手で掴み、突き出された蹴りを止める。
「うぉらあ!」
「うわっ!?」
足をサグの方に押して、無理矢理バレリーナの如くつま先を空に向けさせる。
お返しとばかりに意表をつかれ、バランスを大きく崩してしまった。よろめいて後ろを向いてしまう。
ふらついたサグに、エボットの蹴りが命中した。背中に走る激痛に、サグはわざと転がって体制を変える。
バッと体制を起こした時、踵が目の前にあった。流石に危険を感じ、サグは後ろに飛び退いた。
ほんの一瞬居た空中で見た光景は恐ろしいもので、エボットの踵が地面を抉った様子を見た。
「おまっ、やりすぎだろ」
「躱せるだろ? お前なら」
エボットはニヤリと笑った。
前から思っていたが、エボットはサグが自分の上位互換だと感じている節がある。
フィジカルや体捌きに関しては間違いでも無いのだが、パワーや防御などの筋力的な部分はエボットの方が上だ。だから容赦無く来られると。
(本気出さないとね……)
思わずニヤついてしまう。
修行を重ねている内に、サグはギリギリの状況や、修行や勝負などの状況を楽しめるようになってきた。ある意味戦闘狂タイプの思考とも言える。
自分の限界に挑み続ける高揚感を、痛みを与え与えられるやり取りを、ついこの間まで平和な島で暮らしていた少年、サグは楽しんでいた。
エボットもニヤついている。サグほどで無いにしろ、エボットも楽しんでいるようだった。
サグは自身の魔力を解放した。そして四肢に留める。弾けるようなバチバチ音と、電気の光が宿った。
「次は、本気だ」
エボットもサグに答えた。両腕に冷気を発生させ、拳を固く握り直す。すると拳が氷で覆われた。
「今回は攻撃性をわざと持たせてる、氷のイメージもバッチリだ」
「じゃ、やろうよ」
今度はサグから誘った。




