魔力の次にある技術
通常の筋トレでもそうだが、修行の成果というものはすぐに出ない。
ある意味常識であるし、そういったトレーニングに類する物全てにおける最初にして最大の壁というものだ。
だが、その常識が、サグたち三人には通じなかった。
サグたち三人は、はっきり言って天才の部類である。
故郷で体を動かして育ったので、生まれ持った才能も相まって、フィジカルは常人以上。
魔力のコントロールを始めてから、魔法を習得するまで、その期間はディオブの想定を遥かに超えて早かった。
つまりどういうことか。
三人は生まれて初めて、はっきり見える”努力の壁”に衝突していた。
どれだけ殴っても、蹴っても、頭突いても壊れない、分厚く、高すぎる壁。
生まれて初めてのことだった。
「ぐっ、くっ」
サグがまず取り組んだのは、片手で”プラズマライフル”を使えるようになることだ。
威力は及ばないまでも、安定して魔力を発射できるようにしたかった。
だがこれが上手くいかない。片手だけだと、どうにも魔力が安定しないのだ。発射まで辿り着いても、銃身が曲がっているのか、発射された魔力弾はブレにブレて対象物に当たらず、逸れた先で魔力が切れて消える。
発射に漕ぎ着けるまでも中々大変だ。そもそも安定しないから両手を合わせるのを選んだのに。
テリンはサグよりも大変だった、新しい魔法を作ろうとしているのだから。
まず着想として得たのが、近接用魔法だった。
身体強化がある程度使えるようになっているからこそ、それを殺さず生かせる技を考案することにした。
近接に使える魔法で、筋力で二人に劣る自分が使っても、十分な威力が出る技。
主軸として、蹴りを魔法に採用した。
だがそこまでだ、”とりあえずこうしよう”でしかなく、そこから先が無い。
「はっ! はああっ!」
今も足に魔力を集中させて、蹴りを何度も繰り出すが、属性の特徴として炎が多少足に宿るだけで、魔法と呼べるほどでは無かった。
エボットはひたすら自分の氷の剣を振っていた。
砕けたと思わせての不意打ち、平たく言えばそれがあの剣の長所だったのだが、ディオブのように全身を守れる相手には通用しなかった。
まずはイリエルに言われた通り、剣の硬さを意識次第で変えられるように特訓していた。
だがこれも相当な難敵だった。
「くそっ! これも違う!」
まずエボットの場合、剣にする段階である程度硬さのイメージは決めているらしい。
そのため硬さを意識的に変えようとすると、妙に脆くなったり、固くなりすぎて剣の特徴を活かせなくなったりするようだ。
実際、サグがチラッとエボットの方を見た時、振っただけで剣が砕けたのを見た。
極端な例だが、それでは戦闘じゃ使えないだろう。
イメージを発展させるのに苦しんでいるのは、全員同じだった。
「一旦休憩! 魔力が少なくなってきてるわ!」
イリエルが手を叩いて修行を止めさせた。
それに合わせて、三人とも情けなくヘナヘナと座り込む。イリエルの言う通り、だいぶ魔力がなくなってきていた。まさに救いの言葉だった。
「お疲れ、はい飲み物」
それぞれにペットボトルが手渡された。キンキンに冷やしてくれていた水は、疲れた体に染み渡った。
魔法修行といっても、戦闘においてフィジカルは重要だ。だから体を動かしながら魔法を使用したりもしていた。そのせいで何倍の体力を持っていかれる、今は連続一時間も修行をすれば限界だ。
「だ〜っ! まだ足りねえ! 全然魔法が完成しないぜ!」
ペットボトルの中身を一瞬で飲み干したエボットが、苛立ちのままに叫んだ。
しかし、その言葉はサグとテリンの胸中も代表したものだった。
大前提に完成した魔法があるせいで、逆に発展がさせにくい。進化させようと思っても、一度完成した魔法にイメージが引っ張られてしまう。サグは魔力コントロールが下手なだけだが、テリンとエボットは強く引っ張られてしまっている。
三人で議論を重ねて、その事実が見えてきた。
「いいや? サグ、あなたもイメージに引っ張られてるわよ」
三人の議論を止めたのは、船の端っこの椅子で本を読んでいたイリエルだった。
『高温地帯の生物』という本を閉じ、三人の元へ歩いてきた。
「どういうこと? 俺引っ張られてる?」
「ええ、あなたの魔法が完成したのは、両手で魔法を撃った時でしょ?」
「うん、魔力が安定しなかったから」
「それが不味かったのね、多分潜在意識に、”自分の魔法は両手で使うもの”っていう感覚が生まれてるのよ」
イリエルの指摘は、正しいのかはともかくとして、わかりやすく問題点を表していた。
潜在意識とは、平たく言えば無意識。
自分があまり意識しなくても自然と出来ることは、全てその潜在意識に刷り込まれているからだ、という話を聞いたことがある。
イリエルの言う通り、その意識に感覚が生まれているのなら、修正は困難を極めそうだ。
「でも、単に魔力コントロールが下手なだけじゃ」
「それは無いわね、魔力コントロールは上手いと言えないまでも、下手じゃ無いもの、なのにできないってことは、魔法を作るイメージの方に問題があるのよ」
イリエルは疑問をピシャリと切り捨てた。
ここで一つ、サグは疑問に思った。
「あれ? 魔力は俺の体内の問題なのに、何でイリエルはわかるの?」
「確かに」
「そりゃそーだな」
サグの疑問に、テリンとエボットも不思議そうに相槌を打った。
イリエルは少しだけポカンとしていたが、すぐに納得したように「あ〜」と声を出した。
「ディオブ、探知の技術教えてないの?」
「まだだ、初心者もいいとこなのに、変に教えるとゴチャつくだろ」
「そりゃそうだけどさ」
端っこでプランクしていたディオブが、声を歪ませることなく、平然と答えた。かなりしんどい運動のはずだが、平然としているあたりディオブの素の強さを感じる。
二人の会話を聞く限り、魔力にはまだ、自分たちの知らない技術がありそうだ。
疲れた頭で察したサグは、不思議なワクワクに心を躍らせていた。
少し呆れた顔をしたイリエルは、腕を組みながら三人に向き直った。
「私がみんなの状態を把握できるのは、魔力を探知しているからよ」
「探知?」
テリンがオウムのように繰り返した。
「そ、この船にもレーダーって積んであるでしょ? あれは平たく言えば、周囲の物を探知して、状況を把握できるって物、エボットはよく知ってるよね」
「おう」
「魔力にも似たような力があってね、五感って分かる?」
「視覚、聴覚、嗅覚、味覚、あと触覚でしょ?」
サグは指折り数えた。知識として知っていても、普段はっきり言うことは無いので、これで合っているか、少しだけ不安になってしまう。
「そう、その五感のうち、視覚と触覚に魔力を回す事で、他者の魔力を感じ取ることができるの」
「そんなことができるの!?」
「そう、これによって相手の魔力限界を感知したり、相手の魔力の流れを読み、次の動作を予測できるの」
衝撃だった。
魔力に触れて大した時間は経っていないが、それがどれだけ便利なことかはよく分かる。
ビシェイルとの戦闘時、相手が片手を銃の形にした時点で魔力を感じ取れたかもしれない。そうすれば、少しでも回避に余裕が生まれた。
それは戦闘だけじゃない。仮に無理をしている仲間がいれば、それを感じ取ることができるかもしれない。
恐らく思い付かない範囲にも、メリットはあるはずだ。
「その技術習得したい!」
サグが無邪気に叫んだ。魅力以外見えない技術だった。
「無理」
またイリエルはピシャリと切り捨てた。
流石に少しだけムッとしてしまう。言い方の問題だ。
「何でさ」
「この技術はね、相当レベルの高い技術なのよ、修行を続ければわかってくるわ、みんなはまだレベルの違いが感じられるほど魔力コントロールができてないの」
ぐさっと刺さった。
初めて会った時もそうだったが、イリエルは心臓に刺さるような言い方が得意だ。腹が立つが、一つも間違ってないのも事実。ぐっと飲み込んで修行に戻る。悔しさをバネにして。
「だーっ! 絶対習得してやる!」
「俺もだ! ぜってぇやってやらあ!」
「私も! 魔力コントロールじゃ負けられない!」
「いいねこの光景」
「イリエル……性格悪いな」




