青空へ
程なくみんなが起きてきて、このドックで二度目の朝食をお世話になる。
やっぱり戦争になったが、サグ達三人の怪我に気を遣ってくれたのか、昨日ほどのサバイバルは無かった。
食事が終わり、食器類やテーブルを片付ける。片付けはサグとエボットとディオブが、大量の皿洗いはテリンとイリエルが、積極的に手伝った。
こんなにも世話になった身としては、あまりにも小さすぎる恩返しだ。
片付け終わって、みんなが作業に入る前に集合していた。
ドックにある船の前に、全員が作業をすることなく、集合していたのだ。
ドック側の全員が船を背に、サグ達五人と一列になって向かい合う形になる。
「まず、改めて礼を言いたい、ありがとう、全てを守り、変えてくれて」
ドックの全員が深々と頭を下げた。今すぐに止めたかったが、ディオブが目で「いい」と言った。
頭を上げた彼らの顔は、少しだけ晴れやかなものだった。
確かに、これは止めてはいけなかっただろう。
「次に、だ、もう出るのか?」
アーリオが聞く。
サグとエボットはその質問に対して、隣のテリンを見た。船の物品管理は大体テリンがやってくれていた、船が航行可能か、状態以外でそれを知るのは彼女だけだ。
顎に手を当てて、いかにも考えている姿勢だった。
「はい、船の状態さえ良ければ、今にでも出航できます」
買い物はこの島に来た日に終わっていたらしい。自信を持って言っていた。
それを聞いたみんなは、少しだけ残念そうだった。
「そうですか……やっぱり」
イーオートが言葉を漏らすように言った。
「まっ一人、出航できるか微妙な人もいますけどね」
そう言ってテリンは一歩踏み出し、端っこのイリエルを見つめた。
サグは真ん中だったので、テリンほどは離れていない。首だけ曲げてイリエルを見る。
イリエルは何とも言えない、少しだけ笑ったような笑顔を浮かべていた。
「付いてくよ」
ゆっくりそう言った。
「良いのか?」
隣のディオブが言った。少しだけ心配を含んだ声で。
「ええ、神軍に帰る気ないし、そもそも帰れないし、この空じゃ信頼できる仲間が大事なのよ」
「昨日一日あれば、信頼は十分よ」
にっこり笑って見せた。
サグ達三人よりも少し年上の彼女は、研究班の一人という立場もあり、自分たちよりもかなり年上に見えた。
だが今見せた笑顔は、まるで太陽のように美しく、年相応どころか、むしろ少し幼いほどに見えた。
「いいね、その笑顔」
サグは純粋な感想を述べた。テリンもエボットも、純粋な顔でうなづいた。
三人のせいで、イリエルの顔がりんごよりも真っ赤になった。小さな笑いが、楽しくその場を包んだ。
「……わかった……惜しいが、君たちの船出を祝福しよう」
落ち着いたところで、アーリオが重く言った。
非常に嬉しい言葉だった、今まで急いでいたり、人知れず出航したことはあったが、ここまで祝福されて出航したことは無かったからだ。
サグのすぐ横から、何かがぶつかった音が聞こえた。人間同士がぶつかった音だ。
見ると、イリエルの腹あたりに、トエリコが抱きついていた。横から見てわかるほど、目にいっぱいの涙を溜めていた。テリンの服を濡らしていたが、テリンは何も言わず、優しい顔で頭に触れていた。
「また来てね?」
ギュッとテリンを抱きしめる。
ちゃんと関われたのはたった一晩程度だったが、トエリコに大切な姉のような存在になったのだろう。
「うん、いつかまた来るよ」
小さく、けれど力強く伝える。
遂にトエリコの目から、大量の涙が溢れ出した。その涙を隠すように、テリンにさらに顔を押し付ける。
「うっ……ぐっ……ううぅ〜!!」
声にならない音が、幼い喉から漏れている。
弟のイーグもトエリコと同様に限界のようで、泣きながら母の足にしがみついていた。
テリンの語る”いつか”が、本当にいつなのか分からない。辛いトエリコ以上に、全てを知っているサグは、少しだけ涙ぐんでしまった。エボットも同じらしく、目の辺りを擦っていた。
誰かから鼻を啜る音がした。ドックの人たちも少しだけ泣いていた。しかし子供らの手前、かっこ付けて耐えているらしい。
しばらくそのままにしてから、テリンがトエリコを引き剥がした。時間はまだあると思うが、早く出たことに越した事はない。
五人荷物を持って、船へと入っていく。最後にサグが入ろうとした時、イーオートに肩を掴まれた。
「?」
「サグくん、君たちと私たちは、同じ食卓を囲みました、つまり我らは、同じ釜の飯を食った仲間です」
イーオートの目は、笑いながらも真剣に言葉を伝えている。
「いつでも来て、気兼ねなく止まっていきなさい、待っていますから」
「うざったいねえ」
隣からイーオートの妻、セイルが言葉通り、心底うざったそうに言った。
「要は此処さ」
ドンッと、胸に硬い拳を当てる。
「忘れないでよ、私らのことを」
「はい!」
少しだけ口角が上がったのがよくわかった。
同じようにセイルもニヤッと笑って、頭をボサボサになるまで撫で回した。
「じゃ〜な〜!!」
「また来いよ〜!」
「お姉〜ちゃ〜ん! 楽しかったよ〜!」
「また食事しましょうね〜!」
「次来たときは、この島の野菜を振舞います!」
いろんな声が、ドックを出て行こうとする船を包む。
甲板から必死に手を振る。いつまでも印象に残るように、必死に。
テリンもサグと同じように必死だった。エボットが操縦室に居て手を振れないことが悔やまれる。
ディオブとイリエルはどこかクールだ、さすが島間の移動に慣れているだけある。
「ありがとうございました!」
「また! 絶対来るからね!!」
船は徐々にスピードを増して、ドックを出ていった。
また青い空の中に、船と共に飛び出した。
青い空はどこまでも、それこそ”果て”なんてどこにも見えない。
隣でテリンは涙を拭っていた。拭っても拭っても溢れ出てきているようだった。
「大丈夫?」
声だけかけておく。かけたところでどうなるわけでもないが。
「大丈夫、こんないい出航、初めてだったから」
言われてみればそうだった。
今までの出航といえば、とりあえず危険を回避するためのものだったり、追いかけられないように急いで脱出したりと、散々なものばかりだった。
ようやく、平和に送り出される出航というものを経験できたことに気づき、ある種サグは感動すら覚えていた。
「はい」
テリンにイリエルがハンカチを手渡した。真っ白なハンカチだ。
ハンカチにテリンの涙がじんわり染み込んでいく。涙は大量のようで、一瞬のうちにハンカチは濡れていた。
「ありがとう、洗って返すね」
「いいのいいの、気にしないで」
イリエルは優しく笑った。
「結局、この先どうすんだお前」
ディオブが少しだけ呆れたような口調で聞いた。
口の端が上がっている、わかっているくせに聞いてるのが丸わかりだ。
「私はね、生物研究班に居たから生き物好きってわけじゃないの、全ての生物を見たい、知りたい、私はそのためにいる」
両腕を広げ、太陽の光を背にそう言い放つイリエル。わざとなのか、とても神々しく見える。
「同族だね」
テリンが肘で突っつきながら言った。
思わずニヤッと笑ってしまう、あの夜三人で交わした言葉、目の前にそれを体現する者がいる。
「そーだね」
「よろしくね、改めて」
否定する気など微塵もなかったが、改めて、イリエルがこの船に乗船した瞬間だった。




