ドックに帰る時
手筈通りが説明し、ドックの船用ハッチを開けて貰えている。
スピードボートを入れるには大きい入り口から中に侵入する、中には三人とドックの職員達が並んでいた。サグ達を歓迎するように、必死で手を振っている。
スピードボートを停止させて、ゆっくり船を降りた。
「おかえり」
テリンが両手を上げる。
なんだか懐かしくなって、二人顔を合わせてニヤッと笑う。
「「ただいま!!」」
大した時間別れてはいないのに、今のハイタッチで、ようやく三人重なれた気がした。
そんな爽やかな時間は一瞬、あとはひたすら大騒ぎだ。
ドックの人たちに囲まれて、誰に触られているのかわかりやしない。頭を撫でられ、ヘッドロックされ、笑い声に包まれる。
悪感情なんて砂粒ほども無い。ただ純粋な賞賛と感謝の渦に居た。
肌で感じる感情が、どんなものよりむず痒くて仕方ない。素直に嬉しい部分もあるが、やっぱりむず痒さを感じる。
特にサグは、生ぬるい物に耐えていた。
「本当に……!!! 本当によくぞ生きて!!!」
イーオートが涙を比喩じゃなく滝のように流していたのだ。顔を酔っ払いの様に真っ赤にして、辺りにまさしく雨の如く涙を撒き散らしていた。周りはみんな苦笑いで、子供達が唯一「パパすご〜い」なんて少し的外れなことを言っていた。
「悪いねえ」
イーオートの妻、セイルが申し訳なさそうに言った。謝りつつ旦那にティッシュの箱を渡しているあたり、さすが夫婦といった様子だ。
「イーオートは感極まると面倒でね、しばらくこうなんだ」
「マジっすか……」
エボットが職員の一人にヘッドロックされながら呟いた。
もちろん他にも泣いている人たちはいるのだが、イーオートの泣き様は飛び抜けている。実際何度も涙を拭っているのだが、全く止まる気配が無かった。
イリエルはそんな空間で、自分が歓迎されていることに少しだけ驚きつつ、空気に飲まれて笑っていた。
「イリエル……そう言ったね」
いつの間にか、目の前にはこのドックの親方、アーリオが居た。
年と共に、深くシワが刻まれた顔は、重く、何かを堪えるような表情をしていた。
「ええ」
「ありがとう」
ゆっくり、アーリオが頭をさげる。
しかし、イリエルは下げる頭に手を出して止めた。
「謝らないでください、それは十分受け取りました」
少しだけ驚いた顔のアーリオに、イリエルはにっこり笑って見せた。
「握手を、それだけで十分です」
アーリオは後から、この日聖母を見たと語っていた。
涙に溺れそうになりながらも、アーリオはイリエルの手を握った。
そこからは簡単だ、夜中宴会だった。
何かめでたい時ぐらいしか使わないというテーブルぐらいしか置かれていない部屋で、どんちゃん騒ぎを夜中していた。
もちろんサグ達未成年が飲んでいたのはジュースだったが、大人達が酒飲んで騒ぐもので、サグは酒の味なんて知らないくせに、酔っ払った感覚を覚えていた。
楽しく笑って、出された料理を一瞬で食べ尽くして、楽しい夜は、一瞬で終わってしまった。
いつの間にかやってきた朝に、サグはゆっくり目を覚ました。
宴会の中で全員雑魚寝したらしく、人と物がごちゃごちゃした中で目覚めた。
周りを起こしてしまわないように、ゆっくりと上体を起こす。
「っ!」
鋭い痛みが肩から腕に走った。
寝ぼけていたせいで、肩の傷を忘れてしまっていた。スカイストムに大分癒してもらっていたとはいえ、まだ痛いことに変わりない。
朝から最悪の感覚に顔を歪ませ、サグは部屋を出た。
廊下に出た途端、少し離れた場所から、何か物音が聞こえてくる。トントンやギコギコ、シャッっというのも聞こえた。
不思議に思いながら、音のする方へと歩く。どうやら音は、ドックから聞こえてきている様だった。
ドックにたどり着いた時、サグはすぐに音の正体がわかった。
音を出していたのはアーリオだった。
目まぐるしく道具を入れ替え、圧倒的なスピードで船の整備を進めている。
素人目には、何がどうすごいとはわからなかったが、その熟達具合は伝わってきた。親方と呼ぶに相応しい、格の違う精度と速度だった。
「すごい……」
ほぼ無意識に言葉が漏れたのも仕方ない。それほどに目の前の光景は素晴らしかったのだ。
最後に、船をハンマーで何度か叩いた。
音をじっくり聞いて確かめてから、大きく息を吐いた。老体のどこに入っていたのか、不思議になるほどの空気を吐いていた。
吐き終わって、満足そうに近くの椅子に座った。一連が終わってから、ようやくサグは姿を見せることができた。
「すごい……ですね」
さっきと同じ言葉。
情けないながら、サグの語彙では、それぐらいしか表現できなかった。
サグの声を聞き、少し驚いた様子でアーリオが振り返った。
「なんだ、いたのか」
「ええ、気づきませんでしたか?」
「本気で作業してるとな、全部の神経が船しか認識しなくなる」
サグには、ほんの少しだが理解できた。
ビシェイルとの戦い、ほんの一瞬感じたあのスローモーションの世界。あれに似た感覚なのだろうと、近くもないが遠くもない理解をした。
それから、ゆっくり自分たちの船を見つめる。
(マストが無いだけで、だいぶ印象が変わるな)
もちろん細かな変化や、目に付く改造もいくつもあるのだが、やはり最初に印象に残るのはマストが取れたことだ。これから特訓も激しさを増すだろう、だからこそ、甲板が広くなったことが嬉しくてしょうがない。
それ以外に気になるのは、やはり錨。槍を発射する方式だった錨は取り外され、その部分は鉄と木材で塞がれている。内部の配線等々含め、どうなってるのか気になるところだ。
他にも船の先頭あたりに、見慣れない石らしきものが埋め込まれている。
「親方、あれは?」
気になって、それを指差して聞いてみた。
「あれはレーダー用のセンサーだ」
「せんさー?」
サグには全く聞いたことのない単語だった。
「俺自身よく理解してないが、あれを使うことで、目の届かない範囲でも情報を掴むことができるらしい、操縦室に設置した」
「ふぇ〜すごいっすね」
説明を聞いてもあんまりわからなかったので、とりあえずそれらしい気の抜けた返事をしておいた。
「すごいっすねってなぁ、あれはそんなもんじゃないんだぞ?」
「そうなんすか?」
「ああ、なんでも周囲の外敵を感知できる石を使用しているらしい」
「石?」
初耳の情報だ、好奇心が刺激される。
「よくわからないが、石に魔力を通すと、その魔力を通した相手に対し敵意を向けるものを炙り出す、らしい、使ってみればわかるだろう」
「わかりました……ありがとうございます」
その辺りの話はエボットの領域だ。
もちろんサグも努力するが、めちゃくちゃやって邪魔するよりは、あまり関わらない方が良いだろう。
「改造した部分は後で紙にまとめといてやる……今日発つんだろ?」
「ええ、長居出来る身でもないので」
はっきり言ってはいなかったが、アーリオは今日居なくなることを察していたらしい。年の功という物だろうか。
実際、サグ達は神軍に追われる身だ。
昨日のビシェイルの反応を見る限り、神軍はすでに情報を共有し、自分たちを捜索しているようだった。そして昨日そのビシェイルたちを殺してしまったことで、神軍同士の連絡が途絶えた。
すぐには問題にならないかもしれないが、少なくとも数日の間に、何らかの対応が取られるに違いない。
その前にこの島を離れなければ、自分たちの”果て”を目指す旅はそこで終わりだ。
雑に話をまとめて、伝わるように話した。もちろん、自分が追われている理由などは上手にはぐらかして。関係ないドックのみんなを巻き込みたくは無かった。
話を聞き、アーリオは腕を組んで唸っていた。しばらく悩んでから、重々しく頭を上げた。
「サグ君」
「はい」
「君は……人を殺す……その……本当の意味を……わかっているのか?」
口調から大体の意図はわかる。
責めているわけではないのだろう。ただ、その意味を、本当に問いかけているだけだ。
「はい」
さっきと同じことを言う。ただし、持っている意味は全く違う。
最大限、伝えたいものを伝えられるように、口調を意識した。
シンプルすぎるて、理解に苦しみそうな答えを、アーリオはゆっくりと理解したらしい。表情の変化が、わかりやすくサグに伝えてくれた。
「ならいい」
「ありがとうございます」
見えないが、自分でも思うほど、爽やかな笑顔だったと思う。
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嬉しかったので、世界観を崩すのが嫌でやっていませんでしたが、今回初めて後書きを入れさせていただきました!
これからもよろしくお願いいたします!




