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果てなき空で”果て”を目指す物語  作者: 琉 莉翔
鳥と人 エストリテ編
69/304

ドックに帰る時

 手筈通りが説明し、ドックの船用ハッチを開けて貰えている。

 スピードボートを入れるには大きい入り口から中に侵入する、中には三人とドックの職員達が並んでいた。サグ達を歓迎するように、必死で手を振っている。

 スピードボートを停止させて、ゆっくり船を降りた。


「おかえり」


 テリンが両手を上げる。

 なんだか懐かしくなって、二人顔を合わせてニヤッと笑う。


「「ただいま!!」」


 大した時間別れてはいないのに、今のハイタッチで、ようやく三人重なれた気がした。

 そんな爽やかな時間は一瞬、あとはひたすら大騒ぎだ。

 ドックの人たちに囲まれて、誰に触られているのかわかりやしない。頭を撫でられ、ヘッドロックされ、笑い声に包まれる。

 悪感情なんて砂粒ほども無い。ただ純粋な賞賛と感謝の渦に居た。

 肌で感じる感情が、どんなものよりむず痒くて仕方ない。素直に嬉しい部分もあるが、やっぱりむず痒さを感じる。

 特にサグは、生ぬるい物に耐えていた。


「本当に……!!! 本当によくぞ生きて!!!」


 イーオートが涙を比喩じゃなく滝のように流していたのだ。顔を酔っ払いの様に真っ赤にして、辺りにまさしく雨の如く涙を撒き散らしていた。周りはみんな苦笑いで、子供達が唯一「パパすご〜い」なんて少し的外れなことを言っていた。


「悪いねえ」


 イーオートの妻、セイルが申し訳なさそうに言った。謝りつつ旦那にティッシュの箱を渡しているあたり、さすが夫婦といった様子だ。


「イーオートは感極まると面倒でね、しばらくこうなんだ」

「マジっすか……」


 エボットが職員の一人にヘッドロックされながら呟いた。

 もちろん他にも泣いている人たちはいるのだが、イーオートの泣き様は飛び抜けている。実際何度も涙を拭っているのだが、全く止まる気配が無かった。

 イリエルはそんな空間で、自分が歓迎されていることに少しだけ驚きつつ、空気に飲まれて笑っていた。


「イリエル……そう言ったね」


 いつの間にか、目の前にはこのドックの親方、アーリオが居た。

 年と共に、深くシワが刻まれた顔は、重く、何かを堪えるような表情をしていた。


「ええ」

「ありがとう」


 ゆっくり、アーリオが頭をさげる。

 しかし、イリエルは下げる頭に手を出して止めた。


「謝らないでください、それは十分受け取りました」


 少しだけ驚いた顔のアーリオに、イリエルはにっこり笑って見せた。


「握手を、それだけで十分です」


 アーリオは後から、この日聖母を見たと語っていた。

 涙に溺れそうになりながらも、アーリオはイリエルの手を握った。



 そこからは簡単だ、夜中宴会だった。

 何かめでたい時ぐらいしか使わないというテーブルぐらいしか置かれていない部屋で、どんちゃん騒ぎを夜中していた。

 もちろんサグ達未成年が飲んでいたのはジュースだったが、大人達が酒飲んで騒ぐもので、サグは酒の味なんて知らないくせに、酔っ払った感覚を覚えていた。

 楽しく笑って、出された料理を一瞬で食べ尽くして、楽しい夜は、一瞬で終わってしまった。

 いつの間にかやってきた朝に、サグはゆっくり目を覚ました。

 宴会の中で全員雑魚寝したらしく、人と物がごちゃごちゃした中で目覚めた。

 周りを起こしてしまわないように、ゆっくりと上体を起こす。


「っ!」


 鋭い痛みが肩から腕に走った。

 寝ぼけていたせいで、肩の傷を忘れてしまっていた。スカイストムに大分癒してもらっていたとはいえ、まだ痛いことに変わりない。

 朝から最悪の感覚に顔を歪ませ、サグは部屋を出た。

 廊下に出た途端、少し離れた場所から、何か物音が聞こえてくる。トントンやギコギコ、シャッっというのも聞こえた。

 不思議に思いながら、音のする方へと歩く。どうやら音は、ドックから聞こえてきている様だった。

 ドックにたどり着いた時、サグはすぐに音の正体がわかった。

 音を出していたのはアーリオだった。

 目まぐるしく道具を入れ替え、圧倒的なスピードで船の整備を進めている。

 素人目には、何がどうすごいとはわからなかったが、その熟達具合は伝わってきた。親方と呼ぶに相応しい、格の違う精度と速度だった。


「すごい……」


 ほぼ無意識に言葉が漏れたのも仕方ない。それほどに目の前の光景は素晴らしかったのだ。

 最後に、船をハンマーで何度か叩いた。

 音をじっくり聞いて確かめてから、大きく息を吐いた。老体のどこに入っていたのか、不思議になるほどの空気を吐いていた。

 吐き終わって、満足そうに近くの椅子に座った。一連が終わってから、ようやくサグは姿を見せることができた。


「すごい……ですね」


 さっきと同じ言葉。

 情けないながら、サグの語彙では、それぐらいしか表現できなかった。

 サグの声を聞き、少し驚いた様子でアーリオが振り返った。


「なんだ、いたのか」

「ええ、気づきませんでしたか?」

「本気で作業してるとな、全部の神経が船しか認識しなくなる」


 サグには、ほんの少しだが理解できた。

 ビシェイルとの戦い、ほんの一瞬感じたあのスローモーションの世界。あれに似た感覚なのだろうと、近くもないが遠くもない理解をした。

 それから、ゆっくり自分たちの船を見つめる。


(マストが無いだけで、だいぶ印象が変わるな)


 もちろん細かな変化や、目に付く改造もいくつもあるのだが、やはり最初に印象に残るのはマストが取れたことだ。これから特訓も激しさを増すだろう、だからこそ、甲板が広くなったことが嬉しくてしょうがない。

 それ以外に気になるのは、やはり錨。槍を発射する方式だった錨は取り外され、その部分は鉄と木材で塞がれている。内部の配線等々含め、どうなってるのか気になるところだ。

 他にも船の先頭あたりに、見慣れない石らしきものが埋め込まれている。


「親方、あれは?」


 気になって、それを指差して聞いてみた。


「あれはレーダー用のセンサーだ」

「せんさー?」


 サグには全く聞いたことのない単語だった。


「俺自身よく理解してないが、あれを使うことで、目の届かない範囲でも情報を掴むことができるらしい、操縦室に設置した」

「ふぇ〜すごいっすね」


 説明を聞いてもあんまりわからなかったので、とりあえずそれらしい気の抜けた返事をしておいた。


「すごいっすねってなぁ、あれはそんなもんじゃないんだぞ?」

「そうなんすか?」

「ああ、なんでも周囲の外敵を感知できる石を使用しているらしい」

「石?」


 初耳の情報だ、好奇心が刺激される。


「よくわからないが、石に魔力を通すと、その魔力を通した相手に対し敵意を向けるものを炙り出す、らしい、使ってみればわかるだろう」

「わかりました……ありがとうございます」


 その辺りの話はエボットの領域だ。

 もちろんサグも努力するが、めちゃくちゃやって邪魔するよりは、あまり関わらない方が良いだろう。


「改造した部分は後で紙にまとめといてやる……今日発つんだろ?」

「ええ、長居出来る身でもないので」


 はっきり言ってはいなかったが、アーリオは今日居なくなることを察していたらしい。年の功という物だろうか。

 実際、サグ達は神軍に追われる身だ。

 昨日のビシェイルの反応を見る限り、神軍はすでに情報を共有し、自分たちを捜索しているようだった。そして昨日そのビシェイルたちを殺してしまったことで、神軍同士の連絡が途絶えた。

 すぐには問題にならないかもしれないが、少なくとも数日の間に、何らかの対応が取られるに違いない。

 その前にこの島を離れなければ、自分たちの”果て”を目指す旅はそこで終わりだ。

 雑に話をまとめて、伝わるように話した。もちろん、自分が追われている理由などは上手にはぐらかして。関係ないドックのみんなを巻き込みたくは無かった。

 話を聞き、アーリオは腕を組んで唸っていた。しばらく悩んでから、重々しく頭を上げた。


「サグ君」

「はい」

「君は……人を殺す……その……本当の意味を……わかっているのか?」


 口調から大体の意図はわかる。

 責めているわけではないのだろう。ただ、その意味を、本当に問いかけているだけだ。


「はい」


 さっきと同じことを言う。ただし、持っている意味は全く違う。

 最大限、伝えたいものを伝えられるように、口調を意識した。

 シンプルすぎるて、理解に苦しみそうな答えを、アーリオはゆっくりと理解したらしい。表情の変化が、わかりやすくサグに伝えてくれた。


「ならいい」

「ありがとうございます」


 見えないが、自分でも思うほど、爽やかな笑顔だったと思う。

読んでいただきありがとうございました!

今更ですが、皆様のおかげで1000PVを突破いたしました!

まだまだ小さな数字かと思いますが、皆様に読んでいただけていることが励みとなっています!

嬉しかったので、世界観を崩すのが嫌でやっていませんでしたが、今回初めて後書きを入れさせていただきました!

これからもよろしくお願いいたします!

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