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果てなき空で”果て”を目指す物語  作者: 琉 莉翔
鳥と人 エストリテ編
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千両役者 サグ

 イリエルの提案は、これ以上とないほどの良案だったと思う。

 最も呪うべきは、自分の運の無さだとも思う。なぜあの時グーを出してしまったのか。

 スピードボートにあったのがこの一着だけだったのも問題だ。なぜもっと大きいサイズや女性用が無かったのか。

 ともかく、尽きない文句を一度しまい込んでから、もう一度笑顔を貼り付けて、手を大きく振る。


「神軍様!!」

「ありがとう!!」


 惜しみない賞賛の声に、それなりに応えられるように。

 壇上に立っている自分を人形と信じ、無機質に、それひとつしかできない人形であるかのように腕を振り続ける。


(しんどい……)


 心の中で漏れた愚痴を、心の中で潰し、決して口から出ないようにする。

 なぜこんな状況になってしまったのか、それは少し前に遡る。




 イリエルが持ってきた服は、神軍の隊服だった。全員が着用している礼服のようなあれだ。

 サイズからディオブとイリエルが着れるものでは無い。その先を想像したく無かった。


「イリエル……それまさか」


 サグが声を漏らした。隊服を指差す手も、指摘する声も震えている。

 そんなサグに、イリエルはニンマリ笑った。性格の悪い、良からぬ事を考えている笑い方だ。

 チラ、と横目でテリンを見る。テリンの方も心底嫌そうな顔をしていた。


「これを着て、民衆の前で追い出したって宣言してね」


 イリエルが言った。はっきりと最悪のことを。


「「イヤだ!!!」」


 二人で同時に叫んだ。

 制服を着るだけならば良い、着るだけなら。しかし、その状態で民衆の前に顔を出すとなると、話がちがう。

 恐らく民衆からの歓喜や感謝の念を全身で受けることになる。最悪なことにこの予想は当たっていたのだが。


「俺らは着れねえからなあ、イリエルはほぼ全員に顔見られちまってるし」

「操縦中のエボットは抜くとして、まあどっちかだな」


 二人で顔をあわせる。考えても両案は浮かばない、テリンも何も思いついていない顔をしていた。

 思いつかないのならば、あとはどちらに押し付けるのか?しかない。


「「じゃんけんポン!」」


 それが、サグの運の尽きだった。




 そして今、闇を帯び始めた空の下で、サグは民衆達に手を振っていた。

 迎えられた時の、激流のような質問を捌くのが大変だったのは言うまでもない。


「神軍様! 鳥が逃げていったようでしたが!?」

「神軍様! あの光は何です!?」


 様なんて余計なワードを付けて、まるで本物の神に尋ねるかのようだった。ほんの少し鬱陶しく思ってしまう。

 説明に使った筋書きはこう。

 ”我々は決死の奮戦でマーコアニスと戦った。多くの犠牲を払い、私のみが生き残ったが、奴らを追い払うことに成功した”という、わかりやすくて納得させやすい理由を考えた。

 島で何があったと聞かれれば、それらしい答えを適当に返す。咄嗟の話が上手いサグだからこそできる役割だ。ある意味テリンがじゃんけんに勝たなくて良かったと言えるかもしれない。

 サグの顔を知っているドックの人たちは、少し離れた場所で不思議そうにサグを見ていた。

 気づいたテリンが素早く駆け寄り説明した。納得した様子でテリンとイリエル、ディオブも一緒にドックに戻って行った。

 非常に心細かったが、すぐ側に留めてあるスピードボートに、エボットが乗り込んでいることだけ必死に考え心を守る。

 賞賛を受け続けるうちに気づいたが、民衆からあまり負の感情を感じなかったのだ。

 あれだけ神軍が煽れば、もっと怒りや狂気があると思っていた。殺した、ではなく、逃がした、ならば余計に。

 だが、それをあまり感じない。そこでサグは気づいた。

 恐らくだが、スカイストムの光が理由だ。

 「あの光は何です!?」この言葉がまさにそれを証明している。

 スカイストムの光を浴びたばかりの時、初めて見る純白の馬に、全く警戒心を抱かなかった。

 ”抱けなかった”のでは無く、”抱かなかった”だ。この違いは大きい、心が目の前の馬を受け入れていたのだから。

 その力がもし仮に、島民達にも働いていたのだとしたら?

 黒く塗られた島民達の心を、スカイストムの純白の力が、優しく塗り直したのだとしたら。

 適当に答える中で、長々と考察する。

 全てはサグの推測に過ぎなかったが、なんだか当たっている気がした。


「では、私は基地に戻らねば」


 わざと声を低くした。もし後から話しかけられても、誤魔化し切れるような小細工だ。


「そんな! こんなに暗い中立たれなくても!」

「そうです! 一晩くらいなんでもない!」


 予想通り。似たような言葉を次々と投げかけられる。

 顔を見えない方向に向けて、暗いボートの窓からこっちを見ているエボットに、心底うんざりしたような顔を向けた。エボットはそれに答えるように、少しだけ苦笑いをしていた。


「すまない! 皆さんの厚意嬉しく思う! しかしだ!」


 我ながらわざとらしいほどに腕を大きく振る。どんな演目だって、こんなに腕は振らないってくらい大袈裟だ。自分の顔なんて鏡がない限りわからないが、今だけはハッキリ分かる。どんな演者だってびっくりするほど悲痛で、悲壮感に満ちた顔をしているはずだ。

 船からその様子を見ているエボットは、心底呆れた顔をしていた。


「あいつ……どんな演技力だよ?」


 ポツリとだけ呟いたそれは、サグの耳に届くことなく消えていった。


「我ら神軍は今日仲間を失いすぎた……この最悪の知らせをいち早く伝える義務が私にはある……わかってくれ……」


 悲痛な顔に暗い雰囲気、止めとばかりに悲しみを滲ませた声、これを引き止められる力を、普通の民衆は持っていないだろう。

 表情を見れば、一連の演技がどれだけの効果を発揮してくれたのかわかった。

 想像以上にうまく行っていたらしい、誰も何も言えず、申し訳なさそうな顔をしていた。


「申し訳ない……それでは!」


 振り返ってスピードボートに飛び乗る。民衆の足音が聞こえるが気にしない、急いで船室に入った。


「お疲れ」

「サンキュ」


 ニヤついたエボットに迎えられた。

 船室の電気を付けず、スピードボートのエンジンを動かす。後ろからワーワー聞こえてくるが、気にしないのが良いだろう。

 徐々に加速させて空を行く。エンジンなどから炎を発するわけじゃないので、こちらから光らせないと夜の空は危険なのだが、今は光らせず夜の闇に紛れる。

 ある程度の距離で高度を下げ、Uターンをした。目指す先は島の端っこのドックだ。

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