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果てなき空で”果て”を目指す物語  作者: 琉 莉翔
鳥と人 エストリテ編
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マーコアニスの選択

「ぐっ!?」


 サグとエボットが後ろに飛び退いて、拳に魔力を集中させる。しかし二人とも魔力が発現しなかった。

 冷静になって体の状況を感じ取ると、体の傷こそ完全ではないが癒えているものの、体内に宿る魔力はあまり回復していない事に気づいた。どうやらスカイストムの力はあくまで傷のみの回復で、魔力は自然に回復するのを待つしか無いらしい。

 警戒心マックスでマーコアニスを睨むが、ディオブが腕を出して二人を止める。


「大丈夫だ、襲う気はねぇよ」


 冷静なディオブの声が、今にも飛び出しそうだった二人の動きを止めた。

 しかしディオブ自身も半信半疑には変わりない。船内で見た値踏みするようなマーコアニスの長の瞳が脳内で現れる。

 嫌な汗が顎から落ちた。角度的に誰にも見えていなかったことは救いだろう。

 マーコアニスの長は、ディオブを見つめていた。船内と同じように、感情を見抜きにくい鳥の瞳でこちらを見ている。


(イリエルも……こんなんだったのかな)


 ポツリと、心の端っこで呟く。

 無理矢理に口角を、できるだけ自然な形になるように上げる。


「すまなかった! 奴らと俺たちは関係ないが! 同じ人間としてケジメは付けさせてもらった!」

「どこへ行くも自由だ! 思うまま羽ばたいていけ!!」


 言語が通じるのか、そんなことは問題ではなかった。とにかく叫ぶ。それしか今のディオブの頭にはなかった。

 マーコアニスの長は、一度だけ目を閉じた。ほんの一瞬だが、明らかに瞬きのそれとは違う雰囲気を纏っていた。

 長が羽ばたきを始める。同調するように他のマーコアニスも羽ばたきを始めた。そして小さな姿のまま、空中へと飛んでいく全員がその姿を首で追いかけた。


「キャアアア!」


 少し離れた場所でマーコアニスの鳴き声と、何かが爆発する音が聞こえた。

 何が起こったのか、位置と音から容易に想像できる。神軍の船を破壊したのだ。巨大化した彼らならば簡単にできるだろう。

 今更、それを悪いだとか止めねばとかは思わない。そもそも止める体力も残っていない。

 程なく音は止み、翼の音が遠くへと消えていった。


「見てくる」


 イリエルが呟くように言った。小さい声に、反論を許さない強さがあった。

 素早く崖を登った、彼女もスカイストムに回復してもらったらしい。

 五分もしないうちに戻ってきた。


「どうだった?」


 聞いたディオブも、ずっと黙っている三人も結果はわかっている。

 予想通りにイリエルは暗い顔で、首を横に振った。


「崖も攻撃されてた……ディオブや私が飛ばした神軍の兵士たちは、”渕”の下に落ちたろうね」

「そうか……」


 ディオブはこれ以上何も言えなかった。

 重い沈黙が場を支配する。勝利だというのに、純粋に喜べないことが悔しかった。

 サグがおもむろに立ち上がった。


「サグ?」


 テリンが不思議そうに問いかけた。

 サグは何も言わずに、神軍の三人の遺体へと歩いていった。

 テリンとエボットは何かを察したらしく、サグを追いかけて歩く。


「……二人とも、強くなったよね、わかるよなんとなく」

「うん」

「ああ」

「だったら……感謝しないとダメだ、魔法を教わったのと同じなんだから」


 サグは遺体の側に手で穴を掘り始めた。

 鉱山で戦った時は、体が動きそうにもなかったのでできなかったが、ようやく今感謝の念と共に弔うことができる。


「これから先、こんな感情をいちいち抱えてちゃダメなのかもしれない、けど今だけは……特別でいいのかな」

「いいと思うよ……これを最後にしよう?」

「……それが良いな……これから先は、切り捨てるべき感情だろうからな」


 三人は、年齢に全くそぐわない感情を知ってしまった。だが、だからこそ、今は誰よりも純粋な感謝を抱くことができている。


「船を見てくる」

「ええ」


 ディオブは三人の様子に何も言えず、イリエルに一言だけ告げて崖を登っていった。

 残っているイリエルも、手で丁寧に穴を掘り続ける、三人の背中を見つめることしかできなかった。

 日が傾き、空が赤みを帯びた頃、ようやく三人は、神軍三人の遺体を埋葬し終えたところだった。回復した魔力を絞り出して、なんとか岩を削り、更に削った岩で墓としての文字を刻み込む。

 文字は少しだけ揉めてしまったが、簡単に一文。

 『誇り高き兵士、ここに眠る』とした。

 結局、マーコアニスが神軍の船を破壊してしまったので、”なぜ神軍がマーコアニスを捕えようとしたのか”という、確信の部分の情報は得られなかった。

 しかし、真実はどうあれ、戦った三人はよくわかっていた。彼らは誇り高き兵士だった。真実がどうあっても、戦いに対する姿勢は、その心根は揺るがないだろう。ならば、十分尊敬に値するはずだ。

 不格好かつ、最大限の丁寧で文字が刻まれた墓石に手を合わせる。

 少しだけ経ってから、サグが立ち上がった。サグが立ち上がったのを見て、二人も立ち上がる。

 最初に三人が視界に捉えたのは、優しい顔をしているイリエルだった。


「……ごめん、結局殺しちゃった」

「謝らないで、戦いって結局命の取り合いよ、それより」


 イリエルは駆け寄って三人同時に抱きついた。真ん中のサグ、テリンはともかく、エボットは少し離れていたせいで首の形と腕の形がフィットし、面白いほど綺麗に喉が塞がった。

 「キュエッ」なんて音をサグは聞いた気がしたが、それ以上にイリエルが抱きついてきた事実にびっくりして、何も言えなかった。


「生きててよかった」


 心の底から安心した言葉、優しい声、腕から感じる温もりに、母に抱かれかのような感覚を覚えた。

 三人よりもイリエルの方が少し身長が高くて、サグの頭に顎が当たっていた。だからこそ、額に温い感覚を感じた時は、ほんの少しだけびっくりした。

 声にはほんの少しも出していなかったが、泣いてたのだ。感極まった熱のこもった涙。サグも少しだけ微笑んだ。

 もう少しだけこうしていたかったが、パンパンと肌を叩く音がする。青い顔をしたエボットの手が、イリエルの腕を叩いたのだ。


「あっごめん!」


 流石にエボットの状態に気づいて、イリエルが急いで腕を離す。

 腕が離れた瞬間、エボットは咳き込みながら必死に酸素を吸いこんだ。


「じっ、死ぬがど思っだ」

「ほんっとごめん」


 涙に瞳を潤ませてエボットが言う。そんなエボットを前に、イリエルは少しだけ笑いながら謝った。あまりに平和な光景に、サグとテリンも顔を合わせて笑ってしまった。




 赤く染まった空で、ほんの短い距離を船で移動する。流石に浮島からエストリテ本島へ戻るのは、ジャンプひとつという訳にはいかない。

 スカイストムのおかげで何とか痛みや大きな傷は良くなったものの、流石に傷は完全に塞がったわけじゃない。甲板で、スピードボートに積んでおいた包帯などを付ける。


「痛たいってディオブ!」

「悪い、そう器用じゃないんだ」


 今はサグの肩に包帯を巻いていた。

 テリンの足の傷はともかく、サグの攻撃を受けた位置は肩、必然やりにくい。その上そもそも包帯を巻いた経験など無いサグでは、何度繰り返しても上手くできなかった。

 途中からディオブにやってもらったのだが、失敗して傷に触ってしまったというのが、叫びの真相だ。


「テリンは大丈夫なの?」


 イリエルが心配そうに聞いた。一応手には包帯が巻かれている。


「うん、スカイストムのおかげで足は大分回復してる」


 そう言ってテリンは立ち上がってみせた。怪我をした足に力を入れた時、ほんの少し痛がったが、問題なく立ち上がれていた。

 今船を操縦しているエボットには、ほぼ全身を覆うほどの湿布が貼られている。エボットの相手は二人と違って打撃、だから血を抑える処置ではなく内面を治療する必要があった。スカイストムのおかげでだいぶ回復していたが、流石に全身痛いようだった。


「そういやよ、どうするんだ? 神軍が事を説明しないと島民が納得しないだろ」


 ディオブの発言は当然だった。

 島民達は、マーコアニスに神軍の船が破壊されたのを見て、恐らく絶望している事だろう。もっと言うなら、今回の一件に決着を付けられるのは神軍の言葉だけだ。神軍の報告無しに、今回の件を完全に収めることはできない。

 サグもそこに気づいてはいたが、正直何も思いつかなかった。

 全員が悩み眉間に皺を寄せた時、イリエルが柏手を鳴らした。


「大丈夫、多少考えてあるから」

「本当か?」

「ええ」


 イリエルが船内に入って行った。

 甲板に残された三人は、不思議に思い顔を合わせる。

 五分とかからずイリエルが戻ってきた。黒い服を持って。

 瞬間、サイズから何が起こるのか察したサグは、直後的中した予感のせいで眉間に皺を寄せる。


「これ使お」

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