マーコアニスの本気
「イリエル!」
イリエルを三人の方へと突き飛ばす。突然のことにイリエルは何も反応できなかった。
突き飛ばした方へ目をやって、マーコアニスへと顔を戻す。そのたった一瞬で、マーコアニスは目の前に現れた。
死を直感したディオブは胸の前で腕をクロスして硬化させる。
硬化が完了したのとほぼ同時に、ディオブの腕と同じ硬さの嘴が当たった。
急降下とは反対にVの形を作り、ディオブを巻き込んで急上昇する。あまりの速度にディオブの体はGに軋んだ。
「……っ!」
(なんて加速だ! 息ができない!!)
あまりの加速に圧迫され、肺が空気を取り込む余裕が無かった。
どこまでそれに放たれたのか、マーコアニスは加速を止めた。
空中に放り出されぬよう、咄嗟にマーコアニスの嘴の端っこを掴んだ。
流石のマーコアニスも予想外だったようで、翼をめちゃくちゃに振り回して暴れる。
少しだけ余裕を作り、肺いっぱいに空気を吸い込む。高度が高かったので酸素が薄かったが十分だ。
拳を、それこそ鉄のように固く握り、そこに魔法を組み合わせ鉄の高度を合わせる。
「悪いな! 食らえよ!」
思いっきり拳を振り上げた、威力が少しでも増大するように。
振り下ろそうとした時、背中の上半分くらいに大きな衝撃を受けた。
「かはっ」
口から吸い込んだのと同じ量空気が漏れる。後ろから攻撃されたせいで正体がわからない。
攻撃した何かが正面へと抜けた、その勢いでディオブはまるで前転するように回転してしまう。
回転する最中、巨大化した状態のマーコアニスが飛んでいくのを見た。
「ギッギャア!」
さっきまで嘴を掴んでいたマーコアニスが叫ぶ。直感する、これは指示だと。
ほぼ全方位から、こちらを囲むマーコアニスが矢の如き速度で突撃してきた。翼、爪、嘴、体のあらゆる部位を使ってディオブを傷つける。
ディオブの頑丈な体に、刃で切り付けられたような傷が、浅いが、瞬く間に刻まれていく。マーコアニスの本気は鉄さえも切り裂く、ディオブの傷がその事実を証明していた。
腕で体を守りつつ、必死に反撃の機会を探るも、全くその機会は訪れない。
「くっ、ぐっ!」
(傷は深くねぇ、だがこのままじゃ、いくら魔法で強化してても肉を抉られる!!)
対人間ならばともかく、鳥相手では近くを通り抜けられたと認識した瞬間にはすでに手が届かない範囲にいる。
反撃しようとして腕のガードを解けば、胴体に直接攻撃を受けることになり、今腕に感じている衝撃を内臓にもらうことになる。どう考えてもそれはまずい。
さらにここは空だ、人であるディオブが何もなしにいつまでもいられる場所では無い。
攻撃されながらも、徐々に徐々に、空中から島へと落ちていた。
「うおおおおおおおおおお!!!」
あまりの状況にディオブは叫ぶことしかできていなかった。
トドメとばかりに、一匹のマーコアニスが大きく翼を振った。
巻き起こされた突風が、ディオブを巻き込んで地面へと落ちる。
明らかに人間の落下では鳴らない音を鳴らして、ディオブは地面へと帰ってきた。衝撃で地面が何十センチか沈んでいる。
「ディオブ!」
心配したイリエルがディオブの元へ走った。
側で体を見て、全身に刻まれた傷の多さに言葉を失ってしまった。鉄の状態にしていたのは地上からも見えていた、それでも成立してしまう攻撃、彼らの殺傷能力を、ディオブの傷は雄弁に語る。
落下の衝撃でディオブは咳き込んでいた。パワーに比例して体も常人以上だが、流石にあれだけの攻撃に晒された後、あれだけの速度で落下してはダメージも大きい。
だがディオブは自分の体など全く気にせず、最悪の状況を想像していた。
(もし……今の一連を……俺以外が受けていたら……)
ディオブはそもそも頑丈な体に加え魔法で体を鉄の硬度にできる。だがそれ以外の仲間はそうもいかない。
イリエルならば念属性の魔法を使い上手く致命傷を負わずに済むかもしれない、だが三人は?
魔法どころか魔力のコントロールすら最近会得したばかり、その上意識があるのは一人だけで二人はまともに動けない。酷い想像しかできなかった。
「念属性の魔法で奴らを落とせないのか?」
「……できるにはできる、けど魔力不足ですぐ魔法が使えなくなるかも……その上あいつら十はいる……」
ディオブの質問に苦々しい顔で答えるイリエル。
イリエルの言った通り、一番の問題は相手の数だ。例えばディオブとイリエルが一羽ずつ押さえ込むことに成功しても、見える限り八羽は突破して三人を襲う。そうなれば対処なんてできようが無い。
今この瞬間にこちらを襲ってこないのは余裕があるからだろう。
じわじわと弱らせてから仕留める、狩りではよくあるやり方だ。
「どうする? このままじゃやばいぜ?」
「答えなんてないわ……キセキ待ち……」
「的確で最悪な答えだな……」
二人はニヤッと笑って見せるが、誰がどう見ても、このシチュエーションを知らなくても、無理した笑みだと断言できるほど引き攣っていた。
痛みに喘いでいた体が静かになってから、ゆっくりとディオブは立ち上がった。
獲物が生きている。
さっきディオブを空中に連れ去ったマーコアニスは、再び空中で旋回を始めた、ゆっくりと大空を回り、狙いを定める。
飛行が嫌にゆっくりで、”狙っている”とわざわざ宣言しているかのようだ。
ディオブは再び両腕を硬化させる。
「ダメ! ディオブ! 今度は殺されるわ!」
「大丈夫だ、今度はショックの瞬間に殴り倒す」
はっとさせられた。
確かにそのやり方とディオブのパワーなら空中でなくとも決着はつけられる。だがその結果は、イリエルが最も望まなかった形。
「悪い……結局このやり方しか思いつかねぇよ」
顔を逸らして誤った。
イリエルは何も言わず、テリン達の元へ走る。
片足を後ろに引いて腰を落とす。拳を後ろに引き、まるで弓のように構えた。
旋回するマーコアニスは、狙いを定めてさっきと同じように一気に加速する。
結局逃げられないのだ、あの飛行速度を見ればわかる。魔法無しの人間ではどうあっても躱せないほどの速度だ。
腕にかけた硬化の魔法に集中する。苦しませないように、びびって怒り狂ったマーコアニス達が攻撃してこないように、一撃で鳥を屠り去れるほどの力を、信頼し嫌う自分の拳に込める。
一瞬でマーコアニスはディオブの前に現れた。いや正確には飛んできていたのだが、そう感じるほどにマーコアニスは早い。
真っ正面から、ディオブは引き絞った拳を、真っ正面から、最加速の嘴を、ぶつける。
両者が激突しようとした瞬間、太陽に照らされた明るい空間が、さらに大きな光で覆い尽くされた。




