結実 テリンvsカフォ
異常事態。
部隊のスナイパー、カフォ・ティトルの脳裏に浮かんだのはそんなワードだった。
何度も戦い、その度生き物を撃ち抜いてきたスナイパーを混乱させる光景。それは足を打ち抜いたはずの少女が、ゆっくり立ち上がってきたことだった。
スコープで見える限り、明らかに足にダメージを負っている。倍率を上げて太ももの辺りを凝視すると、明らかに血が流れているのがわかった。痛みで立つことすら苦しいはずだ。
実際痛みに転げ回る相手を何度も撃ち抜いてきた。初めての事態ではないが、戦場では幼いにさえ分類される少女が、それをやってのけるとは思えなかった。
(いや、関係ない)
素早くライフルに次の弾を装填した。
異常事態なんて戦場で慣れっこだ。心を静かに抑え、冷静にライフルスコープを覗く。経験とカフォ自身の才能がなせる心を制御する技だ。
対象が動いたのなら、狙う場所を考えねばならない。この弾丸で殺せずとも、確実に仕留められるように。
幸い見える限り相手が持っているのはリボルバー一つ。それではいくら頑張っても自分には当たりすらしない。
自分が浮島の山の上にいて、少女を見下ろす形になっているのも大きい。
素早く狙いを定めて、正確に眉間を狙う。レーザーサイトがあれば、誰もがその正確さに舌を巻いただろう。
(どう動く? どれにしろ仕留める)
テリンはそんな状況で、心臓の高まりを抑えられずにいた。ドクンドクンという音が、その他の音を遮断するほどに。
心臓を強く動かすのは、死への恐怖、あるいは運動後の疲労、もしくは傷穴の痛み。しかし意外なことにどれでもない。
正解は自分の可能性への気づきだった。つまるところ喜びだ。
テリンが足に貫通した傷を負っているのに立てているのは、光属性の魔法を使用したからであった。
足を強化し素早く移動した時、魔力を解放した時の体が強化された感覚を思い出していた。それをよくよく脳内で咀嚼し思い出した。それでようやく気づいたのだ。魔力コントロールの時、自分が二人に比べてイマイチ上手く行っていなかった理由に。
それは流れる感覚を二つ感じてしまっていたからだ。二つを同時に操ろうとしたから、自分はあの時魔力が上手くコントロールできなかったのだと気づいた。
本来それはもっと修練を重ねてから気づくこと、しかしテリンのセンスが何段もステップを飛ばしてしまったが故に起こった事故だった。
(あんまり痛くない……光の治癒ってこういうことか)
火の方はともかく、光の魔力を上手くコントロールできていなかったテリンは、物理的に傷を癒せず、痛み止め程度の効果しか得られていなかった。だが今はそれで十分以上だ。
そして溢れ出るセンスの生かし方を理解したテリンは、目の前の銃手に学んだ。
(銃弾に魔力を込めて爆発させる、そんなやり方があるなんて知らなかった、考えもしなかった)
自分のリボルバー銃を引き抜く。射程外なのはよくわかっている。それでもだ。
銃のひんやりとした鉄の感覚があった。そんな当たり前にすら、今のテリンの鋭敏な感覚は反応する。
魔力コントロールを始めて最初に感じた感覚。
魔力は心臓から流れ、腕や足の体の先端部に到達し、目には見えないがそこから抜けていっている感覚。
最初に習得したのが体の外に抜けないようにして、集中させるやり方だった。だが、仮に出て行く魔力を、他の物質に与えられたなら。
『烈風波!』
鉱山で見たあの男、ヘリオ・ポルトナクの竜巻を纏った剣を思い出した。ブラックミストを吹き飛ばしたあれだ。
自分が今やろうとしていることはそれだ、だからこそ思い出したのかもしれない。
手のひらに魔力を集中させるのではなくわざと魔力を体から抜けさせる。霧散しないように、抜ける箇所を一つにして集中させる。
銃を強く握った、魔力が徐々に、徐々に銃弾に入って行くのがわかる。
きっと結構な衝撃が来るだろう。自分の体を守れるように、魔力を体にめぐらせるのを忘れない。
(うっ!)
面白いほどの疲労を唐突に感じた。魔力を消費しすぎているのだ。
しかし気にしない。今この瞬間だけ立っていられればそれでいい。
両手で銃を支え、万力よりも強い意志と力で足を固定する。
二人の銃口が、それぞれを狙った。
「最後だ」
テリンにカフォの呟きは聞こえない。しかしなぜだか、風に乗って聞こえてきたような気がした。
二人が同時に引き金に指をかけた。
「グランスフレイム」
二つの銃声が鳴った。
「!!」
カフォの方はともかく、テリンは発射した瞬間に顔を思い切りしかめた。手に走った衝撃が原因だ。
いくら魔力で守っていても、テリンのイメージとコントロールが完璧じゃなかった。そのせいで完璧に守りきれず、手には大きな衝撃が走っていた。
だが逆に、その衝撃は弾丸の威力を証明している。
放たれた弾丸は、同じ直線を走る。やがて弾丸同士はぶつかった。
砕けたのは、当然のことながらカフォの弾丸だった。テリンの魔力による圧倒的な速度と推進力に負けたのだ。
弾丸を砕いてもなお速度を落とさず、銃弾はカフォの額を貫いた。
貫かれたカフォは、その事実を飲み込む暇も無く、一瞬で絶命した。だがカフォは引き金を引いた瞬間にわかっていた。自分が負ける、その事実を。
遠い中心の浮島で、こちらに銃口を向けていたカフォが死んだのが小さく見えた。
それを確認して、ようやくテリンは体から力を抜いた。
気づかなかった疲労感がドッと体に押し寄せた。
「はぁ……ゼェ……」
地面に両手をついてしまう。
相当な傷を負っていたのはわかっていたが、それ以上に魔力不足が辛い。テリンにとって初めて味わう異質な疲労感は、異常な程の苦しみを与えている。
だがそんな厳しい疲労感を、自分の成長に喜び震える心が相殺した。
「やった……!これで……ようやく……二人に!!」
テリンはサグとエボットに比べて圧倒的にフィジカルが劣っている。今朝もトレーニングをする二人を見て、少しだけの惨めを味わっていた。
成長を見せ始めていた自分の魔力コントロールさえ、二人は才能で乗り越え始めていた。
これでようやく肩を並べることができる、人生で一番の喜びが、テリンの心を支配していた。
だが喜びに浸る時間は異音に消された。
翼の音だ。小刻みに羽ばたいてこちらへ向かってくる。小さな鳥、そう、カラスほどの小さな鳥の翼。
横を向きたくなかったが、自然と首がそれを選択した。
向いた先にいたのは、こちらを見つめる、三羽の赤に近いオレンジの毛色をした鳥。
「嘘でしょ?」
肉食の鳥が、一人の少女に牙を向けた。




