決着 サグvsビシェイル
船での戦いから、時は突入直前ほどまで戻る。
きっとこの状況ならば、一瞬でサグは殺されていた。だってあまりの痛みに蹲っているのだから。
だがビシェイルは手に握る剣でサグを殺そうとしなかった。
油断、侮り、表す言葉ならいくらでもあるが間違いだ。正答はたった一言に尽きる。
”尊敬”
若い身でありながら、幾多もの経験を重ねてきた自分にここまで食い下がって来た、そんな芽への尊敬。
(今殺すには……あまりに惜しい才だ……)
ビシェイル自身甘いことは分かっているが、本音だった。
目の前で倒れながらこちらを睨む少年は、今この瞬間にも自分の喉元に噛みついて来そうな殺気を放っている。
「少年、そういえば名前を聞いてなかったな?」
このチェックメイトとも言える状況で、剣を納める気はない。殺気を向けられているのに戦闘終了はないだろうから。
サグが頭を地面に擦りながら、必死に体を起こそうとしている。肩の傷を押さえているから腕は使えない。
やっとの思いで上半身を持ち上げた。全身ボロボロだ、それでもビシェイルを睨む目は鋭い。
「サグ……ウィスト」
「何?ウィストだと?」
流石のビシェイルも驚いていた。しばらく前に報告にあった名前ウィスト。神軍が総力をあげて何十年も探している名前。
(確か……ティコラ部隊が資料ごと逃したと聞いていたが……なるほど)
「君が、オリアークの子孫か」
鉱山のある島で現れ、隊員たちを薙ぎ倒し、隊長のレイゴス・ビルカードを殺し失踪したディオブとその仲間たち。
点と点が線で繋がった気がした。
ディオブはともかく、謎だったのは仲間達の方だ。謎の才能を持つ若者たちとだけしか、生き残った隊員たちも語れない様子だった。
その仲間がウィストの血を引く者ならば、追われる者同士身を寄せ合って逃げていたのだろうと推測できる。
偶然が偶然を呼び、犯罪者たちの塊を作っていたのだという結論に至った。
そして同時にちょうど良い案がビシェイルの脳を掠めた。
「サグ……オリアークの資料を渡してくれ」
「何……!?」
「我々が欲しているのは君たちの命では無い、オリアークの資料だ、それさえ手に入れば、あとはどうなっても良い」
「つまり、それを君が渡してくれれば、殺す必要は無いということさ」
ビシェイルの口調はひどく軽い物だった。
まるで”そうするのが当然!”と言わんばかりだ。
「俺たちは……そのあとどうなる」
「まず、君たちを拾った孤児という事にする、そして私の元で魔法や戦い方を教えてあげよう」
「……」
「自覚してないかもしれないが、君の才能は素晴らしい、ここで失うには惜しすぎる、ある意味死ぬよりも重い苦しみだ」
「……」
「まあ……ディオブに関してはどう足掻いても無理かもだが、君たちなら」
「断る」
「……」
得意げに語り出したビシェイルを、サグが強い口調で止めた。
意外なことにビシェイルは真顔だった。
「俺たちは……自分の手でやりたいことがある……」
「そのために、資料は絶対手放せない!」
肩の傷口から手を離した。
離した血だらけの手を地面につけて、足に徐々に力を入れる。
もう片方の手も地面につけて、力を入れた。そのせいで肩の傷から血が漏れるが気にしない。
激痛どころじゃない痛みに気づかないふりをする。そうじゃなきゃ、初めて味わう激痛に発狂してしまいそうだった。
「お前らに……!」
ようやく立ち上がった。
全力で血だらけの拳を握る。爪が食い込んで血が流れるほどに。
「負けない!!!」
ビシェイルの頬を、涙が一粒だけ伝った。
目の前の少年に対する敬意と興奮、恐ろしいほどの才能に魂が打ち震えるのを感じた。
報告通りならば、目の前の少年は平和な島で生まれ育ったはずなのに。知らないはずの痛みに耐えて強く立ち向かってくる。
(覚悟にさえ……才能は現れるというのか……!)
滲む涙をまぶたで無理やり追い出す。この後の邪魔だ。
剣を握る手に、再び力を込めた。
切先をサグへと向ける。心臓に向けて真っ直ぐに。
「ならば、最後まで切り結ぼう」
涙が頬を伝っている。剣を構えているくせに。ひどく不恰好だ。
サグはナイフを再び握る。片腕は肩にダメージを受けたせいでうまく動かせない。
血に塗れながらこちらを鋭く睨むサグ。ビシェイルには自分と対照的にそれがひどくかっこよく見えた。
「いくぞ?」
「ああ」
ビシェイルは必要の無い確認をしてしまった。目を見れば準備ができてることくらいわかるのに。
二人は走り出した。サグはバランスの崩れたやや前傾姿勢で。
まずはビシェイルが心臓を狙った。突き出された剣をサグは体を斜めにしてスレスレで躱す。
そのまま逆手に持ったナイフを振う、上から突き刺せる形で。
刺されないよう、ビシェイルは後ろに跳ねた。跳ねながら剣を上段に構える。
着地してからもう一度前に飛び跳ねた。まるで剣道の跳躍素振りだ。
振り下ろされたそれをサグはナイフで受け止めた。刃物同士が当たる瞬間に手首を曲げて剣を逸らす。そして無防備になった腹部に膝を入れた。
「かっはっ!」
流された剣に意識を割かれ、油断してしまったビシェイルは想像以上に重い蹴りを受けてしまった。
サグは体を大きく振った。自由に動かせない腕を、体ごと大きく振ったのだ。
流石に大ぶりすぎたので、ビシェイルは後ろに身を引いて回避した。だが手がビシェイルの目の当たりを掠める、同時に何かがビシェイルの目を覆った。液体のような生ぬるいものだ。
(これは血!? 肩の傷から手まで降りていたのか!)
素早く袖で血を拭う。状況判断としては大正解だ。だがこの一瞬は隙になる。
用意した一瞬の隙を使い、サグはナイフに雷属性の魔力を流した。弾ける電気は攻撃性を帯び魔法と呼べるほどになっていた。
ナイフを逆手持ちからさらに逆に持ち替え突き出す。体に当たりさえすれば大ダメージは間違いない。
だがビシェイルは、剣投げ捨て、ナイフを素手で掴んだ。
「なっ!?」
(痺れないのか!?)
今更ナイフを素手で掴むことに驚きはしない。しかし、雷属性の魔力が効きもしないのは流石に驚いてしまう。
手をよく見ると、サグのナイフと同じように電気を纏っていた。
「魔力を纏えばある程度魔法を防げる! 覚えておくと良い!」
サグはナイフを握る手に釘付けで顔を見ていなかったが、声でテンションの高さが伝わってきた。
テンションが上がっているのはサグも同じだった。自分自身が進化しているのを感じている。
(不思議だ、この間まで戦いも知らなかったのに)
頭の端っこにある冷めた感情がサグの中で呟いた。
ビシェイルがサグのナイフを奪い取った。奪い取られたせいでサグの意識に一瞬の空白が生まれてしまった。
その一瞬に、サグの首の付け根あたりに思いっきり回し蹴りを叩き込んだ。サグは自分の骨が軋む音を聞いた。
しかしサグの眼光はまだ鋭い。喉笛噛みちぎらんとビシェイルを睨み続ける。
(本当に素晴らしい若者だ)
ナイフを投げ捨て、そのままの手で魔力を纏い拳を握った。
電気の弾ける拳が、サグの鼻っかしらに当たった。突き抜けるような痛みが再び走り、後ろへと飛ばされてしまう。
倒れ込んでも勢いは止まらず、地面を跳ねてから五メートルほど地面を滑ってしまった。
「終わった……なあ」
少しだけ残念そうにビシェイルが呟いた。この戦いが終わることを、本心から惜しんでいたのだ。
振り返り、この穴を抜けようとする。
瞬間、ビシェイルは土を踏み締める音を聞いた。
思わず振り返ると、そこには鼻血を流し続けるサグが立っていた。ボロボロのくせに土を踏み締める足はやけに力強い。今にも死にそうに息を切らしながらもこちらを見る目は鋭い。
「バカな」
これも本心だった。あまりの驚きのせいでビシェイルは今までに無いほど間抜けな顔をしている。
ビシェイルがナイフを捨てたのは侮っていたからではない。自分の拳の方が武器として信頼できたし威力もこっちの方が上だったからだ。慣れない武器を使い反撃されてはそれこそ意味が無い。実際サグを殴った時、今までに無いほどの手応えがあった。
しかし目の前のサグは立っている。何故かわからないが自分の足で立っているのだ。
(魔力でガードした? いやそんな器用なことを咄嗟にできるとは……)
非現実的な目の前の光景を否定しようと、必死になってサグやその周囲を観察する。
すると鼻血とは違う、鼻の上あたりについている不自然な血に気づいた。
(あれは……そうか!)
すぐにその正体に気づいた。
あの血の正体は自分の血だったのだ。
サグを殴る直前、ビシェイルは確かに拳を握った。しかし流石のビシェイルもナイフを握った傷は痛かったらしい。そのせいで無意識に拳の握りが緩くなり、そのまま拳の威力が落ちてしまった。
拳の硬さは威力に直結する、無い話では無い。だがどうにもそれだけでない気がする。
(あれは)
ついでさっきまでサグが立っていたあたりに深い足跡があった。ついでに少しだけ焦げたような跡も。
(まさか!!!)
ビシェイルの気づきは正しいが、あまりにもありえない事態だった。
サグはあの一瞬で咄嗟に足に魔力を集中させたのだ。そして強化した足で後ろに飛び退いた。間に合わず拳を受けてしまったが、飛び退いた分ダメージは少なく治ったらしい。
ビシェイルの常識的には考えられないことだった、魔法すらまともに使えない少年が魔力を咄嗟にコントロールし使いこなすなんて。しかし全ては事実だ。
(これも……恐ろしいほどの才能がなせる技……!!)
思わず口角が上がったのを感じる。しかし今度のはニヤついた楽しそうなものではない。ある種の恐怖と、戦闘に対する興奮の混じった少年のような笑みだ。
手に魔力を集める。さっきよりも明らかに魔力が集まっているのが音でわかった。いつもよりもバチバチ煩く弾けているからだ。
正直もう片手は使えない。ここで決め切れると思ってしまったせいで、ナイフを素手で掴むなんて無茶をしてしまった。
経験の上を行く才能と吸収力、前例なんて絶対に無い圧倒的な才能。
それを自分の手で摘み取れる、戦士としての喜び。
「最後だ、剣は握らない」
そもそも取りに行こうとしても、その隙に殺されるだろう。
「君を、殴り殺そう」
拳を全力で握った。片方の手に関しては強い意志で握りしめていないと手を開いてしまいそうだ。
傷口に指が触れ続けるのでずっと痛い。それでも、さっきのような失敗は、絶対に繰り返さない。
サグも拳に魔力を流した。ビシェイルの言葉に応えたのだ。
ビシェイルはそんなサグに、優しく微笑んだ。感謝を含んだ微笑みだ。
さっきのように言葉を交わす必要は無い。こちらを見つめる瞳が、さっきよりも殺す気満々だったから。
まずはビシェイルが拳を突き出した。スレスレの回避では確実にダメージをもらうほどに、雷を弾けさせている拳をだ。
予想通りサグは回避をしなかった、拳に対し拳を突き出したのだ。鈍い衝撃を互いの拳に感じ、雷光が合わさって弾けた。最初に空中で武器をぶつけ合った時なんかよりも圧倒的に強く弾けている。
サグが手をパーにして、ビシェイルの拳を掴んだ。これによりビシェイルの無事な方の拳は一瞬封じられる。
驚きも束の間、頬に厳しい一撃を貰った。魔法で肩を撃ち抜かれた方の拳で殴られたのだ。
(よくやる……!)
(いったい肩ぁ!)
サグの腕に激痛が走ったが、必死に真顔で取り繕う。
ビシェイルは今度は自分も手をパーにした。そして手のひらの血を、サグの顔に塗りつける。
べっちゃり塗りつけられた血は、サグを一瞬だけ完全に真っ赤な闇に閉じ込めた。
「お返しぃ!」
ふらついたサグの顔を思いっきり殴った。
さらに大きくサグの体が揺れたが、ビシェイルは知っている。サグがこれで倒れる相手では無いことを。
ナイフの傷で痛む拳を、爪が食い込むほど強く握りしめた。傷が刺激され、血が雨あがりの土のように大量に滲み出てきた。血と同じように溢れ出る痛みに、思いっきり眉間に皺を寄せる。
だが構わない。今この一瞬、拳を振り抜ければそれでいい。眉間の皺と同時に口角が上がる。
得意で無い魔力コントロールを全力で行い、片手に魔力を集中させた。そして全力の拳で、サグの顎をアッパーで貫いた。
あまりの威力に、サグの両足は地面を離れ一瞬空に浮かんだ。
(勝った!!!)
ビシェイルは勝利を確信した。サグだって敗北を確信してしまった。
あまりに綺麗に決まりすぎた一撃、薄れる意識の中で、サグはあることを思い出していた。
『魔法は気まぐれだ、習得に長く苦しんでいたのに、あるときポンと習得できる時がある』
(今が……その時なのかもしれない)
ヒントはすでに見ている。自信はないが、確信が心にあった。だが意識はどんどん体を離れていく。
スローモーションの世界で、サグは洞窟の端っこで震える紫色の物体を見た。スカイストムだ。
見た瞬間記憶が連鎖した。
イリエルの想い、民衆の前で味合わされた惨め、信念。奴らが侮辱した全てを。
心に宿った確信と溢れてきた怒りが、消えかけた意識を繋ぎ止めた。
一瞬の浮遊から着地し、両手それぞれで銃の形を作る。
魔力を集中させ弾丸をイメージする。しかしビシェイルとは違いそれだけでは不安定な感じがする。弾ける稲妻がひどく朧に見えた。
(なら……こうだ)
弾ける両手の魔力を、手を銃の形にしたまま合わせる。
あまりに一瞬で終わった動作に、ビシェイルは何も反応できなかった。
「プラズマライフル」
呟きと共に、稲妻にも似たボロボロの二人では絶対に目で追えない光が放たれた。あまりの勢いにサグの腕は後ろに弾かれる。
そして人間では認識できない一瞬の後、光がビシェイルの胸を貫いた。
貫かれてから数秒後、ようやく体が事態を認識し、口から血が漏れた。
全身からふわりと力が抜けていく、まるでレースのカーテンにでもなってしまったのかのようだ。ほんのわずかな空気の流れさえ、今は受け止められる気がしなかった。
ゆっくり、後ろへと倒れていく。瞼を閉じずとも暗くなっていく視界に、太陽を見た。
(ああ……神よ、お許しください)
最後に捧げたのは、赦しの願い。空へ放られたそれを果たして誰が受け止めるのか。ビシェイルだけが知っている。
どさぁ、倒れた音と姿をサグは認識した。確認せずとも命が無いことはわかる。
ようやく終わった戦いにサグは小さく息を吐いた。全身を脱力させる息、気を抜いた。
「イ゛ッ゛ッッッ!!!」
気を抜いた瞬間に、体の各部の痛みが数倍になって襲ってきた。反射で一番痛い肩を手で押さえる。いや、今感じている痛みの方が正確だ。さっきまでは戦いに全神経を集中していたので、意識が痛みに最低限しか気づいていなかったのだ。
膝を折り地面に倒れ込んでしまう。手をつくが、支える肩も結局痛いので肘も折れてしまった。地面に寝転んでしまった。横になって一番楽な体制を取る。
(疲れた……)
ぼんやりとする心の中で呟いた。
警戒心もあり目を閉じることはしないが、数分だけ、休憩に寝転んだ。
しかし重圧のような疲れに、意識は押し潰された。
その姿を狙う、肉食の目に気づかず。




