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果てなき空で”果て”を目指す物語  作者: 琉 莉翔
鳥と人 エストリテ編
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解放

 疑問を何度も脳内で咀嚼しながら、ディオブは再びイリエルの居る会議室へと戻ってきた。

 イリエルは少しだけ青い顔をして椅子に座っていた。何重にも巻かれた腕の包帯は、すでに赤黒く変色し、傷の深さを語っていた。


「大丈夫か?」

「……平気」


 こちらを見つめるディオブの目に、イリエルは驚きを感じた。

 すっかり濁りと新たな色を得たその瞳に、イリエルは少しばかりの恐怖と感動を得た。


「……殺したの」


 ディオブ自身、バレることはわかっていたろうし、誤魔化すつもりも毛頭無かったようだ。少しだけ寂しそうに笑って、ディオブは後頭部を掻いた。

 これ以上イリエルも何も語ることは無い。ただ起こった事実を肯定し受け入れるだけだ。


「部屋には入ったのか?」

「まだ、腕やられちゃったし、トラップがある可能性も」


 確かにその可能性は捨てきれない。一人よりも二人で入ったほうが良いだろう。


「だがよ、最悪の場合護身はできるのか?」

「大丈夫」


 イリエルが机を摩った。そして脚のすぐそばあたりをぐっと押し込む。するとすぐ側のあたりが回転し、中から銃が現れた。


「緊急時の護身用ハンドガン、これ使うわ、魔法が暴走するかもだし」

「わかった」


 ディオブが前に立って、後ろからイリエルがサポートに入る。銃口をもしかしたら部屋から出てくるであろう物を打ち抜けるように向ける。

 目を合わせてうなづき合った。そして、一気に扉を開ける。

 思いっきり扉を引いた。扉の向こう側に広がっていた暗闇を、徐々に認識し始めていく。

 見えた先に広がっていたのは、無機質な木造の部屋。大した家具も無く、ただ真ん中に木の棒が、籠が引っ掛けてある棒が一本立っているだけだった。

 木の棒から吊り下がっているカゴは鳥籠だ。扉の付いていない閉じ込めるだけの鳥籠。

 中にいる鳥には見覚えがあった。

 赤に近いオレンジの毛色は、あの船を襲ったマーコアニスと同じものだ。しかし目元に残る緑のラインは、他の成体のマーコアニスとは違う。幼体の一部を残しているかのようだった。

 首を曲げ下を向いていたが、光に気付きゆっくりと首を上げた。同じようにゆっくり開かれた目は、予想だが、疑いを孕んで二人を睨んでいた。


「なんだ?マーコアニスなのか?」


 警戒されていることは分かっていたが、自然と言葉が漏れてしまった。

 生物学に明るいわけでは無いディオブは、これがなんとかマーコアニスらしいということは分かっても、正確には何なのか、ということは分からない。


「そうみたいね……」


 床に落ちている資料を読み漁りながらイリエルが言った。

 薄暗いので必死に目を凝らしている。


「我々はマーコアニスの成体を確保した、それもこの個体には他には見られない特徴が見られる、素晴らしい研究になりそうだ」

「どうした急に」

「資料を丸読みしただけ、続けるわ」


 小さく言ってからイリエルは再び資料に目を走らせた。

 二人が害のない存在だと理解したのか、マーコアニスはすっかり頭を下げてしまった。


「この個体を捕らえて以降、群全体の動きに変化が見られる、統率の取れない編隊行動がいい例だ、この個体が群から離れたことと関係しているのは間違いないだろう」

「研究を進めた結果、この個体が魔法によって周りに指示を出していたことが判明した」

「つまり、この個体はマーコアニスの長とも呼ぶべき存在だったのだ」

「この個体が闇属性をかけたこの檻にいる限り、マーコアニスたちの群れが遠くへ行くことは無いだろう」

「これで神軍がかねてより計画していた集団捕獲作戦を決行することができる」


 資料を読むほど、ディオブにも今島に起こっている自体が何事かよく分かってきた。

 ただ何となく鳥たちが訪れて、ただ何と無く近くの島をナワバリにしたわけじゃない。そこには自然界に干渉した、第三者の存在があったのだ。

 自然と自分の顔が変わっていくのが分かった。意図しなくてもシワが深くなり、目のあたりが強張っていくのを感じた。


「だがこの島、エストリテにマーコアニスたちが降り立ったのは予想外だった」


 イリエルは少しだけ目を見開く。次に書いてある紙の状態から見て明らかに書いた時期が新しかったのだ。


「トントーク隊員の決死の調査により、その理由が判明した」

「恐らくを交えるが、スカイストムの救難信号に答えた形になるのだろう」

「スカイストムは天空生物たちの中でも特別な存在だ、故、その特別を助けるためにマーコアニスたちが行動するというのも考えられないわけではない」

「スカイストムの危険性、マーコアニスたちの不安定さを考慮し、作戦を即時決行に移す」

「以降の記録は、作戦成功後に」

「隊長、ホウド・ビシェイル」


 確認できる限り全ての資料を確認した。

 薄暗い部屋だ、他に資料が落ちている可能性もあるが、とりあえず情報は集められた。

 ディオブもそうだが、心の整理が大変だったのはイリエルの方だった。

 実のところ、イリエルはビシェイルのことを尊敬していた。

 かつて生物研究班に所属し、多くの新規資料を納めてきた尊敬すべき先輩。

 その男が、というよりも神軍が、自然界を破壊しかねない計画を練っていた。研究用に少数を捕獲するのとは明らかに違う。集団そのものの捕獲。

 イリエルの脳裏に浮かぶのは、幼い日に見た地獄。


「ふざけるな」


 小さく、憎悪のままに漏れ出した言葉。紛れもない本音。

 深く重く、その場に染みていった。


「とりあえず、こいつを解放しよう」


 ディオブが檻に近づいた。警戒させないようにゆっくりとだ。

 悪意を感じさせないようにそっと手を伸ばす。中にいるマーコアニスは暴れない。

 檻を掴んだ。するとディオブの全身から力が一気に抜けていった。


「何!?」


 慣れない感覚に、思わずディオブは手を離してしまった。

 イリエルはカゴをぎろりと睨んだ。


「ビシェイル隊長は闇属性の使い手……トラップ仕込んだんだろうね」


 ゆっくりとイリエルが立ち上がった。そして手を胸の前で合わせる。

 手に何かオーラのようなものが集まっているのが見えた。そして光の粒のようなキラキラしたものも。


(なるほど、念属性の魔法で手を覆い強化、光属性の魔法でサポートしているのか)

 

 イリエルがマーコアニスの長を捕える檻を掴む。さっきのディオブとは違い、すぐに手を離そうとはしていない。


(これならあの気持ち悪い脱力感を味あわずに済む)


 両腕に力を入れて、間を空けられるように檻を引っ張る。

 魔法の効果自体は中和できたようだが、檻の素材そのものも相当強いらしい。現に魔法で強化した手を使っても檻が歪みもしていない。

 どころか、イリエルの手の方がダメージを受けているように見える。


「イリエル!?」


 よくよく観察してみると、どうやら闇属性の魔法と同じように雷属性の魔法が仕込まれていたようだった。

 イリエルの手の辺りに電気が発生し、必死になっているイリエルの手を焦がしていた。


「やめろっ!手を離せ!」


 危険だ、このままではテリンが危ない。ディオブは手を離させようとしたが、イリエルに鋭く睨まれてしまった。

 あまりに鋭すぎて、眼力だけで人を殺せそうだ。

 少しだけ背筋に冷たい何かを感じた。


「黙っててよ」


 決して声は小さくない。しかし、圧倒的な威圧感を持っていた。

 ”邪魔をするな”

 言外にそう告げられた事をはっきり理解できたディオブは、これ以上何をいうこともできなかった。

 イリエルはすぐに目を檻の方へ戻した。

 再び全力で檻を引っ張った。足に力を込めて動かないように、腕に力を込めて檻が壊れるように。

 引っ張っている間、ずっと電流が腕を焦がすが、イリエルは全く気にしない。無視してひたすら檻を引っ張っている。


「あああああ!!!」


 苛立った声を上げた。中にいるマーコアニスの長を刺激してしまうとしても、今は構わない。

 唐突に鉄の歪む音がした。掴んでいる部分が歪み始めたのだ。

 だがイリエルはまるで聞こえていないかのように様子が変わらない。ひたすら力を入れ続け、檻を破壊しようとしている。


「ぐうううううう……!!!」


 全力で檻を引っ張り続ける。イリエルには、ディオブと違って歯と鉄が軋む音が聞こえていた。

 力を込めながら目をゆっくり閉じる。再び、瞼の裏に最悪の記憶が浮かんだ。

 あの日味わった恐怖も、まだ鮮明に覚えている。


「うわああああああああ!!!!」


 檻が、イリエルの叫びと同じくらいの音で壊れた。辺りに鉄が散らばり転がる。

 音と一瞬の間ををいてから、イリエルがふらりと倒れた。


「!」


 ディオブが咄嗟にイリエルをキャッチした。おかげで地面に倒れ込まずに済んだ。

 だがイリエルに触れた時、ディオブは目を少しだけ見開いた。

 近寄ってやっと分かったが、イリエルの顔はひどく青かった。


「イリエル……!」

(体内に魔力がほぼ残ってねぇ……中和するために使い続け、ほぼ使っちまったってことか!)


 魔法をよく使うディオブは知っている、魔力が削れすぎる感覚は、通常の疲労よりも数倍しんどいということを。

 そんな状態で、さらに最悪なことが起こった。

 解放したマーコアニスの長がこちらを睨んでいる。まるで品定めをするかのようにジロジロと。


「くっ」

(どうする!?イリエルは動けねぇ……こいつが人間を敵と認識して襲ってくるってパターンも!)


 イリエルの前に立ち、守れる体制を作る。

 マーコアニスの長は檻を釣っていた支柱に留まり、人間には感情を読み取れない真っ黒な瞳でこちらを見る。

 冷や汗が一筋、ディオブの頬を伝った。雫が伝う不快感を味わうが、それを拭う余裕も無い。


「キャア!」


 翼を広げ、一度だけ耳がキンキンするほど高い声で鳴いた。

 そしてマーコアニスは支柱から飛び立ち、部屋から出ていってしまった。

 とりあえず襲われず終わったことに、ディオブは脱力感と安堵感を得た。


「ふぅ〜」


 息を大きく吐きながら心を落ち着ける。

 一瞬死を覚悟したが、それも無く自体は収束した。


「イリエル、大丈夫か?」

「……一応、魔力無くてしんどいけど」


 思ったよりもしっかり返事が返ってきた。

 自分の拳を見つめる。鉄状態だったのでダメージは小さかったとはいえ、多少の火傷の跡が残っていた。


『神軍は……お前を……お前の力を持つ者を……ずっと……探していた……』


 ずっと心の端っこに引っかかっている言葉。一体何を意味しているのか、何が答えにあるのか。全くわからない。

 疑問が溢れて止まらないが、ディオブの心はそれ以上に不安に駆られていた。


(ったく……休まらねぇな)


 薄暗い部屋から、ディオブはイリエルを支えながら脱出した。

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