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果てなき空で”果て”を目指す物語  作者: 琉 莉翔
鳥と人 エストリテ編
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乗り越える意味

”怖いんだ”


 ディオブの本音が心の中で漏れた。

 今まで、襲ってきた神軍を殺そうと思わなかったわけではない。激しい怒りに身を任せ、殺そうとしたことも少なくはなかった。

 それでも、手をかけようとしたその瞬間に、洪水のような吐き気が胃の底から溢れ出てきた最悪以下の感覚。

 感覚を味わうたび、心を支配していた怒りは、それこそ洪水にかき消されていってしまった。

 冷静になった頭で、自分が何をしようとしていたのか理解すると、また同じ吐き気が溢れた。

 手についた血が相手を傷つけたことを証明しても、命を奪うところまでは行けない。中途半端すぎる戦意だった。

 そして余計にタチの悪いところが、ディオブは人間以外の命なら、平気で奪えるという点だった。実際鉱山の戦いでは、襲い来る天空サソリを何匹も屠り去った。同じ命に対するそんな認識の違いも、ディオブの吐き気を加速させた。

 あの感覚を味わうのが怖くて、いつしか最悪命を奪おうとしてくる相手に”手加減”をするようになっていった。

 そのくせカッコつけて、サグたち三人には殺す覚悟を問い、戦う手段である魔法を教えている。また中途半端な自分が嫌いで、越えられない壁だった。


「このまま舐め腐った戦い方するならよ」


 シェンの炎が大きくなった。拳から腕までを大きく炎が覆う、そしてさらに大きく広がった。まるで翼のようだ。


「ぶち潰す」


 言葉は強くなかった。だがやはりはっきりとした殺気が宿っている。

 火の粉の一つ一つからも感じる。

 再び自分の拳を見つめた。

 望まず宿った異常な力。人ならざる、ルーツ不明の力。今となっては、ある意味この力も怖かったように感じる。


(サグ、テリン、エボット……)

「悪かった」


 仲間に、敵に、そして全てに謝った。


(そうだよな……結局敵は、俺らを狙う……逃げたくても、結局は)

(なら……中途半端は捨てるよ、俺も)

(手を汚す覚悟を持つよ)


 腕をメタリックシルバーに変えた。

 シェンは表情を変えない。だが、目つきは少しだけ嬉しそうだった。


「火砲!」


 シェンの腕から、太い炎の光線が放たれる。

 ディオブはそれから距離を取り、横から大回りに近づく。


(ディオブ、お前は確かに強い! 鉄属性の魔法も生来のパワーに噛み合ってるさ!)

(でもな、鉄にした状態でも衝撃も熱さも感じんだろ!)

(じゃなきゃ回避を選択肢にはしねえ!!)


「火砲連!」

 

 もう片方の腕からも、同じ光線を発射した。それもまた躱し、ディオブは走り続ける。

 シェンは再び、ニヤッと笑った。


「火砲鞭打!」


 人差し指と中指を動かした。上に向けると、同じように炎も上に動く。

 両腕で炎を操り、躱しながら走り続けるディオブを狙う。


「らあ!」


 両側から挟むようにしてディオブを狙う。それでも、変わらずディオブは走り続けた。


「フルメタル!」


 ディオブの全身がメタリックシルバーの金属に変わった。


(バカな!)


 ディオブに炎がヒットした。

 全身を炎に包まれる、燃え続ける炎は走り続けるディオブを追い、ずっと炎で包んでいた。


(熱いのは感じるだろ! 相当ストレスだろ! なんで怯まねえ!!)

(全身鉄状態ならそりゃ怪我はしねえが! なんで怯まねえ!)


 腕でガードすることもしない。ひたすら降って、前へ前へと進む。

 止めればシェンの、辿り着けばディオブの勝ちだ。


「うおおおおおお!!!」

「あああああああ!!!」


 叫び続ける二人。

 進み続け、射程範囲に辿り着いたディオブは、拳を思いっきり固めた。

 それなりの戦闘経験を持つシェンは、一瞬で察した。それが自分を殺せる拳だと。


(やばい!)


 回避を考える頃には、もう遅い。


「メタル……」


 拳を炎の中で繰り出した。

 拳はシェンの顔面に炸裂し、思いっきり形を歪ませる。

 悲鳴を上げることもできない。ただ殺意と威力を、シェンは味わっていた。


「ブラストォォォォ!!」


 全力の拳は、シェンを甲板に叩きつけ、そのまま甲板を貫通させ、何層も下の船室へと叩き落とした。

 穴にシェンが落ちたことを確認してから、ディオブは甲板に膝をついてしまった。


(流石に……我ながら無茶をした)

 

 シェンの考え通り、鉄に変化した状態では痛みは無くとも、攻撃の衝撃は感じるし、熱や冷気も感じる。炎に包まれていれば死にそうな熱気も感じるのだ。

 ならばなぜダメージをあまり受けず進めたのか。それはディオブは自分自身の感覚を闇属性の魔法で鈍化させたのだ。これにより熱気を感じる機能そのものが低くなり、”熱い”と認識しパフォーマンスが低下することを防いだ。

 しかしこれは非常に危険な賭けだ。要するに自分の体が受けているダメージに気づけないのだから。

 現にディオブは未だ感覚を正常に戻していないが、知らないうちに受けたダメージのせいで体が動かなくなってしまっている。

 動かない体の状況をある程度確認してから、無理矢理鞭打って、ディオブはジャンプ一つでシェンの元へと降りた。

 ディオブのパンチを喰らった割に、意外なほどシェンの顔面は形を保っていた。恐らくこれも魔力コントロールの成せる技だろう。

 ボロボロの姿で、シェンはまだギリギリ意識を保っていた。しかしそれももうすぐ消えるだろう。


「……悪いな」


 しゃがんで顔の位置を近づけて、今にも眠ってしまいそうなシェンに語りかける。


「……なぜ……謝る……弱いから負けた……ただ……それだけだ」


 言葉を長く続けることすら難しいのに、必死になってその言葉を繋いでいる。ディオブの勝手な解釈だが、ある意味負けるものとしての責任を果たそうとしているように見えた。


「……ディオブ……テンベルタム……お前の力は……人ならざるものだ」

「……急になんだ?」

「神軍は……お前を……お前の力を持つ者を……ずっと……探していた……」


 突如耳に入った言葉が、ディオの心を激しく刺激した。何かよくわからないだけの状況に、変化が訪れた気がした。

 目を大きく見開いて、顔をシェンに近づける。一言一句、息の一つでさえも聞き漏らさないように。


「何!? どういう意味だ!?」

「……さあ……な……戦い続ければ……わかるさ」


 それだけ言って、シェンは永遠に目を閉じた。

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