ディオブの戦い
(こいつを殴り倒すこと、それこそが俺の第一目標!)
「イリエル!こいつ先に倒す!」
「ええ」
答えながらも、布を破る音が聞こえた。さすがは一応神軍、怪我に対する対処も心得ているらしい。だが聞こえた声は多少疲れを感じさせた。
「悪いな、早めに終わらせる」
「終わらせねぇよ、楽しもうぜ」
二人は走り出し、ちょうど真ん中でお互いの拳をぶつけ合った。
拳がぶつかり合ったにしてはおかしい、金属同士のぶつかった甲高い硬質な音がした。
一度拳を離しては、もう一度拳をぶつける。何度もそれを繰り返した。
(威力……スピードはほぼ同じ、なら)
このままでは勝てないと判断し、ディオブは高速で足を繰り出した。魔法で硬質化された足は、もはや刃と呼ぶべき鋭さを持っていた。
男はそれを屈んで躱す。
すばやく起き上がり、ディオブの振り上げた足を掴んだ。
「よいっ、しょおおおおお!!!」
全身の筋肉を使い、ディオブを無理矢理に背負い投げる。流石に突然と予想外のせいで、ディオブのされるがまま投げられてしまった。
だが油断は一瞬だけだ。
床に叩きつけられる直前、ディオブは両腕で腕立て伏せのように着地した。
「グゥぅぅぅぅぅぅ!」
両腕に万力のような力を込めた。腹筋背筋胸筋そして腕、全ての力を使い体を支え鯱鉾のようになる。掴んだままの男は宙に浮かんだ。
そして掴まれてない方の足で、全力の蹴りを叩き込んだ。
男は察知こそできたものの、ギリギリのところでガードが間に合わず、モロに蹴りを喰らってしまった。
打ち上げられ、天井を何枚か突き破って甲板へと出されてしまう。
ディオブがその穴からジャンプで甲板に出た時、男は咳き込みながら転がっていた。結構効いていたようで、ダメージを受けた腹を抑えながら痛そうにしている。
「こっ、これがディオブっ、ゲホ、の蹴りか、なるほどイッテェ、グホ」
咳き込みながら、相変わらずケラケラと笑っていた。
比較的まともな感性と考え方を持っているディオブからすれば、気持ち悪い以外の表現が出てこない様子だった。
男は痛みに笑いながら、ゆっくりと体の木屑や埃を払いながら立ち上がった。
「まっ、ここなら場所的な制約が無え、思う存分やろうぜ」
ボクサーのようなファイティングポーズでカッコつけた。だがメリケンサックとは似合わない。
ディオブも、我流だが、それなりの構えをとった。
再び二人が走り出す。
間合いに入った瞬間、いきなり男が大ぶりにアッパーカットを繰り出した。さっきまでとは違う、明らかに殺す気の攻撃だった。
殺気を感じ、反射で顎を引き回避する。だがどうにも拭いきれない違和感があった。
(いきなり大振り? ブラフか!)
同じ肉体で戦うタイプだ、なんとなく狙いを理解できた。
ディオブの読みは正しい。男の本当の狙いは、振り上げた拳から全体重を乗せた肘だ。
前にステップを刻み、ディオブの顔面を狙い肘を振り下ろす。
「!!」
ギリギリ当たる直前で、振り下ろされた肘を手で受け止めた。さすがに体重が乗っていて重く、手のひらがビリビリと痛んだ。
下の方で強く床に足を振り下ろした音がした。
目だけで様子を見ると、どうやら男が一歩踏み出したようだった。
次の瞬間、胸の辺りにもう片方の足の膝が炸裂した。
肺から一気に空気が抜け、潰れて空気を入れることができない。
幸運なことに蹴りで自然と体が浮いた。そのタイミングでわざと床を蹴って、後ろへと体を飛ばした。意識して後ろへ転がって、肺の調子を整える。そのおかげでヒートアップした頭が、いくらか冷静になれた。
整って顔を上げると、目の前に靴の裏が見えた。どうやら蹴りを繰り出したらしい。
頭が一気に冷えたせいか、なぜかその光景がスローモーションに見えた。
冷静に足をキャッチし、無防備になってしまった脛に、お返しとばかりに肘を叩き込んだ。
あまりに綺麗に決まったせいか、みしみしという音が聞こえてきた気がする。
「〜〜!!」
あまりの痛みに、にやけ顔から苦しみに歪んだ顔を浮かべる。
「良い顔できんじゃねえか!」
跳ねるように立ち上がり、回し蹴りを横腹に叩き込む。ギリギリ肘でのガードが間に合ったようだが、それでも関係ない。軸足の全力で体を支え、体を捻り切る。
吹っ飛ばされた男は、船の縁に体を叩きつけられた。
「ざまぁ、みっ!」
息を吸い込んで男を睨む。しかし、途中で肋がひどく痛んだ。どうやらヒビが入ったらしい。
(このパワー……基本的な筋力と、魔力コントロールによる身体機能増幅だな……テリンあたりは多少似たことができるだろうが、ここまでは流石に無理だな)
自分の体の痛みから、相手の戦闘における特徴を理解する。魔法戦闘を知っているからこそできる、今のサグたちにはできない技術だ。
船の残骸を押し除けて、男はニヤつきながら再び現れた。口の端から血が一筋漏れていたが全く気にする様子もない。
「いいパワー!ほんっと申し分ねぇ!!!」
「ちっ、その頑丈さ、鉄の塊かなんかか?」
「魔力で防御力を高めただけさ!お前みたく基礎スペックが高くないんでね!」
終始楽しそうな男に苛立ちつつも、実力的に拮抗していることがわかっているので気を抜かない。
次の動作を予測するべく鋭く観察する。
突如男の両拳が発火した。
「!」
「俺の適性は火属性! 流石に船ん中じゃ使えねぇよな!」
男の拳は、片方でも明らかにテリンよりも上の火力を持っていた。
「そういや名乗ってなかったな、シェン・ドーハだ」
「知ってるだろうが俺も、ディオブ・テンベルタムだ」
名乗り終えた二人に、それ以上はいらない。
魔力を、魔法をお互いの拳に宿した。
一度、強く地面を蹴ってシェンが速攻を仕掛ける。目の前に迫った拳を、ディオブは首を曲げて回避した。
だが、そのすぐ後から、炎を纏った蹴りが迫った。
(拳は囮!)
反射で足を上げて、ギリギリ蹴りを受け止める。しかしズボンの片足に炎が燃え移ってしまった。
(さてどうする!)
蹴り上げた足を戻し、今度はその足を軸足とした。
もう片方の足で回転しながら蹴りを繰り出す。同じように足に炎を纏わせて。
ディオブはそれを屈んでかわした。だが今もズボンの片足は燃えたままだ。
屈んだタイミングで素早くズボンの片足を引きちぎった、そして燃えている布をシェンに投げつける。
(目眩し?)
シェンは一度指を鳴らした。すると布の火は消え、ただの燃えカスになった。
考察に油断した瞬間に、鉄と化した拳がシェンの胸を狙う。ディオブは足をバネにしやや前傾姿勢、ヒットしか考えていない、バランスの悪い姿勢で殴りかかっていた。おかげでお互いに予想外なほど拳にスピードが乗っていた。
反射で拳を受け止める。手のひらと腕を使い両腕で受け止めたのだ。ずっしり重く、内部に響く痛みがそこにあったが、それでも手は離さない。
ディオブが僅かだが顔を歪めた。
「!」
対照的にシェンは目を少しだけ開いた。
拳から炎を消し、柔道のように胸ぐらと袖を掴む。そして自分の体に相手を引き寄せ足をかける。崩れた体勢から相手だけを転ばせた。
わざと自分も転び、肘で相手の鼻と口の間を狙った。
ディオブはすんでのところで首を曲げシェンの肘を躱した。
今度はディオブが相手の袖を掴み、思いっきり頭突きを喰らわせた。
額と額がぶつかるには、重く鈍い音が聞こえた。
あまりの痛みにシェンは体を後ろにのけぞらせてしまう、決定的にできた隙を、ディオブは掌底で逃さない。
だが、その瞬間に浮かんでしまった。さっきの兵士たちに、掌底を喰らわせた瞬間が。
「!!!」
一瞬、常人では捉え切られないほんの一瞬、ディオブの掌底は静止した。もちろんその直後に叩き込むことはできたが、魔力で体を強化している相手だとダメージが大きく違う。
わざと掌底が効いたふりをして、シェンは自分で後ろにジャンプした。ディオブの心を読み切って、僅かな苛立ちを募らせながら。
ある程度飛んでから、何度か手をついて後ろに回転した。着地姿勢の綺麗さに、思わず見惚れてしまいそうなほどだ。
「……舐めてんのか?」
殺気と苛立ちを含んだ声、赤子でさえそれがわかるほど鋭くはっきりしている。
「お前、さっきから殺す気がないよな」
「……」
「俺を殺さずに制圧する気か!?あ゛ぁ!!?」
シェンはかなり怒っていた。両拳の炎が激しく燃え火の粉が舞い散る。激しすぎる炎だ、離れているディオブにも炎のデュエットが聞こえてくるほどに。
(違う……俺は)
”怖いんだ”




