豪撃 エボットvsバシフォード
ところ変わって浮島周りの小島郡にて。二人の男がお互いの武器と拳をぶつけ合っていた。一人の顔には余裕が、一人の顔には焦りが見えた。
「ははは!!!楽しいなぁ!!」
上からヌンチャクを笑いながら振り下ろす。風切音を聞きながらわずかに体を曲げて回避した、耳を掠めた風がヌンチャクの威力を証明する。パッと見で鋼鉄製、それもチェーンも本体も同じ素材の双節棍。どこを喰らおうと結局痛い。多分袖の下はあざだらけだ。
(ふざけんな!こっちは必死もいいとこだよ!!)
顔中に皺を寄せて全力で睨みつける。念が伝わるとは思っちゃいないが、少しでも恨みや怒りが伝わればいいとも思う。
槍の端っこを片手で握って大きく振るう。狙うは頭だ。しかしバシフォードは身を引いて回避する。エボットの狙いはそこだ。相手が回避したタイミングで両手で槍を握った。木製の柄を潰すほど強く握り、剣道のように大股上段で振り下ろす。結局素人にはこれが一番力が入る。
風を切って振り下ろしたのだが、すんでのところでピンと張った鎖に受け止められてしまった。
「やるじゃねえか」
言いながらヌンチャクの両端を片手で握った。うまく引っ張り槍を自分の方へ引き寄せる、エボットの体制は大きく崩れてしまった。
(しまっ!)
「そらぁ!!!」
頭が貫かれたのではないかと錯覚するほどの鋭い痛みが、一瞬のうちに頭部全体を駆け抜けた。エボットにはわからないことだが、バシフォードの拳から飛び出させた中指の第二関節が、正確にエボットの眉間を射抜いたのだ。
あまりの痛みに目を閉じ、真っ暗な視界のまま後ろへ倒れ込んでしまった。肩までは良かった、しかしここは小さな浮島の一つ、首から後頭部にかけて浮遊感があった。自分が島の端っこにいることがわかったのだ。
(やばい!!)
焦って目を開けて、今までにないほどのスピードで起き上がる。
すでにバシフォードは追撃を仕掛けている。目と鼻の先に迫った敵に、ほぼ反射で拳を繰り出した。その拳はバシフォード自身のスピードとエボットの拳速と合わせ、エボットの現状の最大以上のパワーで突き刺さった。
「っ!?」
バシフォードにとって最大の予想外だったのはエボットのタフネスだ。正直なところさっきの拳は手応えは必殺級、”もう決まってるだろ!”くらいの認識の、一応の追撃だった。その浅さがバシフォードに予想外のダメージをもたらしてしまった。しかしバシフォードも戦闘経験はある、痛みには慣れている。予想外に齎されかけた混乱を振り払い、ぐっっと腹筋で体勢を起こす。こめかみに鈍く重い一撃が当たった。
エボットはバシフォードと違い、相手が自分よりも圧倒的に格上だとわかっていた。だからこそ対照的に慢心も油断も一切無かった。少しの時間で考えだした最良の攻撃、躱されてしまった槍の大振り。
自分はある程度離れた位置から攻撃できる、という意味でも最良だった。
ちゃんとは見えなかったが、槍の先端、尖ってないが硬い鉄の部分が当たったのが微かに見えた。チャンスだ、また両手の上段、最大の一撃を、確実に。
しかしその一撃は、地面にめり込んだ。
「単調だな…」
横から聞こえた声は、なぜかひどく冷え切って、そっと優しく撫でるように、静かだった。
あの、魔力を初めて解放した時に負けないほど強く心臓が動く。
いつの間にか横に立った相手を正面に捉える。もちろんすぐ攻撃をもらわないよう、後ろに大きく下がってからだ。
(今俺……何回死んだ?)
自分の首をそっと摩る。なんとかしっかり繋がっているようで安心した。
なぜかバシフォードは退屈そうだった。さっきまでの顔とは違う、つまらなさそうに脱力し、腕をぶらぶらさせている。
「パワーと柔軟さは目を見張るものがある、けどなぁ、自分から攻撃した時、ほぼ同じパターンでしか攻撃してねえ」
一度、バシフォードは首をゴキリと鳴らした。脱力し、腕をぶらりとさせる。体のどこを見ても、次の動作が全く想像できず、ひたすら警戒しながら槍を握ることしかできない。
「俺よ、魔法使えないんだ」
「魔法の才能がまるっきりなくてよ、だからひたっすら体鍛えた」
「あと魔力な、魔力のコントロールも鍛えたぜ、するとどんなことが起こったと思う?」
ゆっくり、誰がどう見てもゆっくりだ、というほどゆっくり拳を握り、弓のように後ろに引いた。もう片方の腕でエボットに狙いを定める。
「ガードしろ」
地を這うような、低く冷たい声。キンキンに冷えた鉄を、いきなり押しつけられたようで、背筋がゾッとする。
情けないが、言われるまま槍でガードの姿勢を作った。
ガードの体制が整ったのを確認すると、バシフォードは固く握った拳を、そのまま槍に、ガードの上からエボットに叩き込んだ。
一応ガードしていたはずなのに、パンチの衝撃はエボットの全身に伝わり、木製の槍を破壊した。ヒビも入ってなかったのに、真っ直ぐだった槍が。ぐちゃぐちゃに吹き飛んだのだ。
「なっ!?」
声がうまく出ない、驚きすぎて若干言葉に詰まる。
さらにもう片方の拳が、エボットの脇腹を狙う。目では追える、しかし、腕が追いつかない。
抉り込むような一撃が、エボットの脇腹に炸裂した。ひねりを加えて、ただでさえ強かった拳が、より体にダメージを与えられるように工夫してきたのだ。
今まで一番の痛みが、エボットの体をビリビリと苦しめる。一瞬だが、ほぼ永遠にも感じるような痛みだ。
「飛ベェ!!!」
バシフォードの一撃は、エボットを空へと吹き飛ばした。浮島を何個か飛び越して、一番端っこで浮いていた浮島に着弾した。水切り石のように、何度か地面を跳ねて、ようやく島の縁に落ち着いた。
エボットに意識は無い、殴られたショックが、完全にエボットの意識を持っていってしまっていた。
「神軍舐めんな、クソガキ」




