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果てなき空で”果て”を目指す物語  作者: 琉 莉翔
鳥と人 エストリテ編
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戦いの決意

 ドックの玄関で全員が集まっていた。汗だくで青い顔をして帰ってきた三人から話を聞いて、ただ事では無いと察したドックの人たちが飲み物やタオルを用意してくれた。程なく汗まみれの二人もドックへ辿り着き、ドックの人たちに迎えられた。ディオブは息を切らしていたが大した事はない、心配なのはイリエルの方だった。


「イリエル、大丈夫?」


 恐る恐る聞いてみた。辿り着いてから力無く椅子に座り、項垂れて何も声を発さずひたすら地面を眺めている。落ち込んでいるだけにも、絶望しきっているようにも見える、とりあえず聞いてみないことには状況が進展しなかった。

 サグが質問した瞬間に、場の空気にヒビが入ったような感覚がした。ざわざわとした推測の会話は消えて、石のようにみんな動かなくなり、視線は二人へと集中する。


「大丈夫よ」


 思ったよりも声には覇気があった。予想以上にメンタルにダメージを受けているわけでもなさそうだった。一応分かった事実にホッと胸を撫で下ろす。そして同時に気付いた、イリエルの拳が震えている、手の甲まで真っ赤になってギリギリ力を込めているようだ。


「イリエル?」

「止めなきゃ!!!」


 イリエルが全員に聞こえる声で叫んだ。勢いよく椅子を蹴っ飛ばして立ち上がったイリエルは、焦りと恐れに満ちた顔をしている。サグはびっくりして一歩後ろに下がってしまった。

 イリエルが遠くに見える神軍の船を鋭く睨んだ。ここからでは詳細なことはわからないが、豆粒サイズに見える人間たちがひっきりなしに船を出入りしていて、おそらく中身は武器だろう木箱を運び込んでいる。すでに船のエンジンは稼働しているようで、下部にあるプロペラが動き飛び立つ時を待っている。


「あっ!」


 双眼鏡であちらを見ていたテリンが唐突に大きな声を出した。


「どうした?」


 隣で水を飲んでいたディオブが聞く、結構なスピードで走ってきたらしく、未だ汗が止まらないようだ。


「今、あのビシェイルってやつが乗り込んだ」


 非常に嫌そうな、憎らしいものを見る顔だ。エボットもディオブも、サグ自身も無意識に似たような顔をした。あんなイリエル一人を悪役にするような流れを作り出し、島民たちの恨みを煽り利用した男、憎さが出ないわけが無い。


「……隊長の目的がどうあれ、大量に生き物を殺そうとしている事は変わらない!絶対に止める!」


 狂ったような声で叫び続けている。イリエルの瞳に、誰が見てもわかるほどの恐怖がある。

 サグ、テリン、ディオブの三人は昨日の話を思い出した。イリエルの過去の話だ。恐らくだが、あの話はイリエルの中で生き物に対する執着の象徴であり、同時に無自覚のトラウマのだ。人と獣が殺し合う姿、脳裏に焼きついて離れないトラウマなのだろう。だからあんな何も平和な道を求めた、駆逐という道を嫌い、あれだけ衝動的な行動に出てしまったのだ。


「……嬢ちゃん」


 嗄れた声が低く場を押さえ込んだ。錯乱するイリエルを諌めたのは親方のアーリオ、激しく怒っているわけでも無い、優しく声をかけたわけでも無いのに場を支配する迫力があった。

 ゆっくり立ち上がって、一歩一歩ゆっくりイリエルの元へ向かう。誰もが何も声をだ出さない、ただ成り行きを黙って見守る。イリエルと向き合った。身長は二人同じくらいだが、なぜかアーリオの方がずいぶん大きく見える。


「嬢ちゃん……止めに行きたいかい」

「はい」

「なぜだ、マーコアニスは人を殺すぞ」

「マーコアニスは肉食です」

「島民は恨んでいる、それでも悪いか?」


 最後の言葉だけは強かった。一日程度しかアーリオの事を知らないが、聞いたことがないほど厳しい言い方だ。


「殺しを是としないわけじゃない、弱肉強食は自然です、そこに生まれた殺しは悪くない、だけど」

「怨恨による殺しは意味がない、無惨で恨みだけ残る、そんなくだらないものを見たくないだけ」

「私は飽きるほど見てきた、それがどれだけ悲惨で愚かか知っている」

「そして隊長の場合、絶対に何かある、計算高い人です、理不尽な血が流れる」

「止めなければならない」


 だがイリエルもまた強かった、絶対に譲れない意思を、言葉を持って見せつけた。第三者になっていたサグたちにも伝わるほど強く。

 アーリオの顔は見えなかったが、どうも背中に、さっきほどの覇気を感じない。

 イリエルの顔が驚きに変わった。アーリオの顔に驚いているらしい。サグには後頭部しか見えなかったが、驚いている理由は次の瞬間に分かった。アーリオが泣いていたのだ。雫が頬を伝って、顎で纏まって落ちて行った。太陽でキラキラ光るそれを、その場の誰もが目撃した。


「すまない」


 嗄れ声に涙声が混ざって聞き取りにくい、それでも何を言っているかはギリギリ伝わった。

 涙声で震えながら、苦しい声を捻り出す。嗚咽混じりで、聞いているこちらも苦しくなってきてしまう。


「我らの島は……本当に変わらねばならない……恨みで成り立つ島に、先はない」


 震えながら地面へ崩れ落ちる。意図せず土下座の形になってしまった。


「頼む鳥を守ってくれ……恨みの連鎖を……断ち切ってくれ」


 イリエルは、静かに立っていた。頼まれた事は至極わかりやすい。しかし簡単ではない。要するに、神軍を倒してくれ、そう言っている。一人の少女の肩に乗せるには、重すぎる荷物だ。

 どう答えるのか、サグはドキドキと同時に、なぜかワクワクしていた。なぜか答えをわかっているようで、心臓が高鳴っている。

 アーリオから目を逸らし、神軍の船へと目を向ける。


「大丈夫、絶対にやり遂げる」


 顔は見えない。だが声だけで確信できる、イリエルは本気だ、絶対にその通りにする。イリエルがいいやつだと知っているから、確信できる。イリエルを助けたい、そんな気持ちが、奥底から溢れてくる。


「俺も行く」


 自然と飛び出した言葉は、周囲を驚愕させたらしい、グサグサ視線が突き刺さってくるのを感じた。ばっと振り向いたイリエルは、驚きに目を見開いている。


「何言ってんの!?」

「イリエル一人じゃ無理でしょ、俺も行く」


 ニヤッと笑って、自信満々です!って顔をする。わざとらしいくらいにだ。


「誰がボート動かすんだ?」

「遠距離攻撃も必要じゃない?」


 エボットがサグの肩に腕を乗っけて、テリンはサグのもう片方の肩に顎を乗っけた。二人とも余裕ぶっているが、触れているサグには強く鳴る心臓が感じ取れた。

 イリエルは三人の少し後ろを見た、ディオブに助けを求めたのだ、三人を止めるように言ってくれと。


「はあ〜」


 大きな、大きなため息が聞こえてきた。大きめのわざとらしい足音も。


「悪いなイリエル、俺もこいつらに一票だ」

「えっ!?」

「このバカどもは止まらねえ、それに」

「あの光景を見た人間として、絶対に神軍を許せねえ」


 ディオブの言葉は真剣だった。イリエルの言葉と同じか、それ以上なほどに真剣だ。

 イリエルはメチャクチャに頭を掻きむしった、頭を振り回して、わーわー喚きながら何度か考えている様子だった。そして落ち着いたと思ったら、非常に静かな様子でこちらを向いた。


「移動手段が無いのは確かだし……わかったよ、一緒に来て」


 イリエルが四人に答えた。

 それからは早い、すぐに全員が準備を進める。サグとテリン、エボットはそれぞれ動きやすい服に着替え武器を持つ。ディオブとイリエルは先にスピードボートの準備を進める。


「サグくん」


 イーオートが話しかけてきた。サグは他の二人よりも一足先に着替え終わり、ナイフを眺めていた。


「どうしたんですか?」

「これを」


 イーオートはトマトを一つ手渡した。


「トマト?」

「ええ、この島で取れた最後のトマトです」

「!」

「トマトの花言葉は『感謝』」

「感謝、ですか」

「ええ、島のため、鳥のため、戦ってくれるあなた達への感謝です」


 胸が熱くなる。どうもストレートなプラスの感情というものは、心を一番刺激してくれるらしい。


「……ウィスト」

「え?」

「俺、嘘ついてました、俺はスウィトではなく、ウィスト、サグ・ウィストです」


 いい感情をぶつけてくれる相手には、礼儀で応えねばならない。本当の名を教えるべきだと思った。

 イーオートはにっこりと笑っていた。


「サグ・ウィスト、いい名です、君たちの船は責任持って整えますよ」

「ありがとうございます」


 自然と顔が笑顔になった。鏡はないが、確信できた。

 トマトを齧る、今まで食べた中で一番美味いトマトだった。




「出発できるぜ、サグ」

「うん、行こう」


 一つ、スピードボートが発進した。神軍の船はもう浮島のそばまで来ていた、双眼鏡で戦いは始まっていないように見えた。

 不安に揺れる心を、ナイフを握りしめて押さえつけた。

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