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果てなき空で”果て”を目指す物語  作者: 琉 莉翔
鳥と人 エストリテ編
50/304

逃走

「同胞よ!その愚か者を捕えろ!」


 ビシェイルがそれっぽい言葉遣いで命じる。イリエルの背後に立つ兵士が肩を掴んだ、恐怖に顔は歪み、対照的に島民たちの顔は喜びに変わっていく。恨むべき相手はマーコアニスなのに、対照がすっかりイリエルに変わってしまっている。

 軋むほどに歯を噛み締める、しかし今の自分では何をすることもできない。どうやっても現状を変える力がなかった。


「三人とも、できるだけ路地を走ってドックに戻れ」


 腕を組んで静観していたディオブが言った。低く怒気を孕んだ恐ろしい声だ。


「ディオブ?」

「いいから行け」


 これ以上言う事はない、向けられた目はそう言っていた。

 三人で一度顔を合わせてから、大きく一度うなづく。そして後ろを向いて走り出した。路地から路地へ、大通りへ出ないように工夫しながら、港にあるドックへと向かう。


「……俺は理不尽が……大嫌いなんだよ」


 地面に跡が残るほど強く蹴って、暗い路地から明るい地獄へ飛び出した。

 目の前でイリエルの肩を掴む名も知らない神軍の男をぶん殴る。殴られた男は、まるでペットボトルロケットのように弾かれて、そのまま建物へと突っ込んだ。誰もが時間が止まったかのように動けず、言葉を発することもできない。壇上の神軍たちは別だ、驚くべき事態に動揺せず、唐突に訪れた事態を正しく理解していた。


「ストル、彼を知っているな」

「ああ、ディオブ・テンベルタム、神軍が定める”冒険者”だ」

「だからなんだよ!その冒険者って!」


 イリエルを視線から背中で隠しながら吠えた。


「冒険者は神軍において最大の犯罪者の呼び方だ、”冒涜”と”危険”の略語でね」


 ビシェイルの説明に、島民たちが目の前の男に恐怖を抱いた。そして後ろへ後ろへ、人の波が寄っていった。そんな島民たちにディオブはイラつきが隠せない。しかしそんなことに時間をとっている場合でもなかった。


「やっと意味が知れたぜ、ありがとよ」

「どういたしまして、ついでに君の身柄も、捕らえておこうか?」


 軽い口調だったが、目は真剣そのものだ。兵士として戦ってきた男の覇気を感じる。だがディオブもまた強い、そんな覇気に恐れはしない。ニヤッと笑って煽って見せる。


「やだね、バーカ」


 手のひらに音がなるほど拳を叩きつけて、一瞬だけ集中する。


「ブラックミスト!!」


 叫びと同時に拳を開き、真っ黒い煙を周囲に撒き散らす。島民たちも神軍たちも視界を塞がれ、煙を吸い込んでしまった者は息苦しさに咳き込んだ。


「くっ」


 ビシェイルが掌に魔力を集中させた、小さな竜巻のようなものが手に起こる。


「行けぇ!」


 掌から放たれたミニ竜巻は、一気に広がって、全体を包んだ黒い煙を吹き飛ばした。煙が晴れた場所には、もう追うべき二人はいなかった。残っているのは同胞たちと、苦しみ咳き込む人たち、それを心配し寄り添う島民たちだけだ。わかりやすい作戦とも言えない事象だったが、見事にしてやられた状況になってしまった。


「……」


 しかしビシェイルには一点の動揺もない。ただ起こった事実を事実として受け止め、次のことを考えている。


(邪魔が入る可能性があるか)

「隊長」

「ブラックミストは闇属性では有名な技だ、人体に被害は無い、我々はすぐに作戦を決行に移す、ストルとカフォは準備を進めてくれ」

「了解」


 ビシェイルの指示を受けて、バシフォードとティトルの二人が港へ向かう。

 壇上から降りて、苦しむ島民たちの真ん中を抜けて港へ歩く。咳き込み苦しむ島民の一人が、救いを求めて空を見上げた。偶然、ビシェイルの顔が見えたのだが、彼が後に語った話では、その時、全く表情が無かったのに、恐ろしいほどの怒りを感じたという。

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