故郷の島で
ほぼ同時刻、故郷の島。
故郷の島、今更ながら名をサーコス島と呼ぶ。暑い時期もあれば寒い時期もある、またその二つが交わる時期も。雨が多い時期があれば、乾燥する時期もある。
つまり何が言いたいのか、幸運はサーコス島は現在肌寒くなり初め乾燥する時期であったこと、それにより母の放った炎は圧倒的な勢いで家を燃やしてくれた。
不運はその時期には珍しく島を覆うほどの雲と豪雨が、サグたちが島を出てからすぐに降ってしまったこと、これにより炎は程なくして消えてしまった。要は消したかった物が半端に燃え残ってしまったのだ。
燃えカスとなった家を見つめる黒服の男、カルモ・ティコラ。一歩家へと入る、木炭となった柱を踏み潰した。すぐに目に入ったのは黒焦げになった誰かの遺体、今も降る雨に濡れている。すぐに消火されたおかげか女性のシルエットはわかる。喉をナイフで突いたその姿勢のまま横たわって黒く焦がされていた。
あまりの痛ましさに表情が歪む、そしてその魂の鎮魂を願い拝む。首筋を冷たい雨が伝い、顎から雨が落ちていったがぴくりとも体は動かなかった。
顔を起こした後は気持ちを切り替えた。家をじろりと見て観察する、まず目を引いたのは部屋の真ん中に空いている大穴、その先はどこに通じているのか真っ暗でわからない。
そばには何かが置かれていたであろうスペース、炎のせいで床板が崩れて解りにくくなっているが計算すると四角い何かが置かれていたのだろう。
(この穴……入って調べたいが……どこに繋がっているのかわからん以上入るのは愚策か……人が通ったのかどうかさえ、この雨のせいで土がすり減ってよくわからん……)
(このスペースにしてもそうだ……大きさで何が置かれていたのか察することもできたろうが……例の炎と雨による侵食で大きく範囲が変わってしまっている……これでは正確に理解することができない……)
(あの雨は激しかった……この土も相当変わっているのだろう……)
泥となっている土に触れて思案を巡らす、しかし一向に正しい解は導けない。家の壁があったであろう位置にあった黒くなった棚に気づいた。棚の上には完璧に燃えて紙であったことがギリギリわかるものと、それを囲っていたであろう木枠。
(写真と……写真立てか……)
「隊長!」
少し離れたところから自分を呼ぶ声がした。呼んでいたのは自分の部下。呼び方からして当然なのだが。少し焦った様子でこちらへと歩いてくる。
「どうした?」
「ご報告が!島の東部にて断崖を削って作った階段を発見いたしました!」
「何?そんなものが?」
「はい!林の奥にあり、他にも植物や土の盛り上げで傍目からも隠しておりました!」
「どこに繋がっていた?」
「はっ!島の地下にある船一隻用の港です!船はありませんでしたが……」
「地下に……港……」
部下の言葉を口に出して反芻して、脳内でよーく咀嚼した。そして少年たちにとって最大の悲劇が起こってしまった。カルモの脳内で現状の謎の辻褄が合ってしまったのだ。
「そうか……」
「どうかされましたか?」
部下の言葉を無視してもう一度棚らしきものの上に置かれていた木枠を手に取った。
「子供だ……」
「は?」
「この女性は子供を逃して自ら命を絶った」
「えっ!?」
部下は驚きながら家の中を見た、焼死体を目にし、あまりの惨さに顔を顰めた。
「東部にあったという階段は……綺麗だったか?」
「はっ!極めて綺麗な状態だったかと!」
「恐らく、その階段は島の人間が定期的に整備し、状態を保ってきたのだ」
「そっ、それはなぜ」
「地下にあったという船一隻用の港、そこに昨日まで船があり、それがオリアーク・ウィストの船だとしたら……理由としては十分じゃないか?」
「!!!!!」
繋がった答えを披露するカルモ、部下は驚きでリアクションを返すことで精一杯だ。
「恐らくすぐにでも旅立ち、旅に困らないようにするために、船を整備し中に大量の物品を保管していたはずだ」
「しっしかし!非常用に作った港ということも」
部下のリアクションは大きい、カルモの言葉をとても信じられない、そんな心がこれでもかと現れていた。
部下に対し、カルモが向ける表情は全く違う。確信に満ち、自分の説に一切の疑問を持っていなかった。
「いやこの島の港は小さいが十隻は船が止められる、人口と規模からしてそれで十分以上だ」
「加えてこの島には雨が多く降る時期がある、つまり断崖を削って作った階段では、長い時間をかけ土が削られ危険な状態になる可能性がある」
「それが綺麗ということは定期的に補修していたのだろう」
「……では……その穴から逃げた何者かが……オリアークの資料を持って逃げた……ということですか?」
「いや」
数歩進んで穴の前に立つ。見下ろしてみるが穴の先は見えない。頭を伝った水滴が一滴、また一滴と穴の中へ入っていく。
「何者かではないよ…少なくとも一人はこの女性の子供だ」
「なぜそのような事が…」
「この女性は…家を燃やした後、自分の喉をナイフで突いて死んだ、家を燃やしたのは、写真や家にある全ての情報を燃やすため、ナイフで突いたのは仮に生き残った時、何も喋らないようにするためだ、喉を潰すということだろう、わざわざ写真を燃やしたのはそこに逃げた人物が写っていたから、意地でも語らないようにしたのはそれほどに守りたい対象だから」
「だとすればそれは、自分の子供以外にいないだろう」
「そんな……主観的な推理がありますか?」
「当たっていると思うぞ? 自然界で子を守る母ほど恐ろしい物はない」
理論が二人を包んでいた。ツッコミを入れこそしたが、部下もほぼ納得してしまっているのが事実だった。合っている、確信はないがそんな感じがした。
「とりあえず、他の調査も進めよう、全てが終わってからその先だ」
「はっ!」
二人は走って街へと戻っていった。あっちの方がまだヒントが転がっている気がしたからだ。
二人の推理を聞く者が一人、木の影に隠れて腕を組んで、息を殺して聞いていた男。
「はっ、悠長だなぁ」
サグの父と島長を殺した男、この男フルネームをレイゴス・ビルカードという。狡猾に笑う男は地図を取り出した。木の葉が生い茂って雨が当たらなくて助かっていた。片手で近くの島々を纏めた地図に指を滑らせる。
(例の地下港ならば俺も見た……方向……時間……それから計算すると……そのガキが向かった島は……)
地図上で数センチ、現実に置き換えて数十キロの先にある、ここよりも大きな島に指が止まった。レイゴスの口角が大きく釣り上がった。地図をしまい船へと向かう。
(この距離なら個人用のスピードボートで一、二時間ってとこか……)
「くくくっ」
思わず小さな笑いが漏れてしまった。全てがうまくいった時、自分は一体どんな立場になるのだろう。少なくとも、あのカルモよりは、高い立場にいける。気に入らない若造を、呼びたくもない隊長という、そんな屈辱から解放されて、逆に顎で使える立場に上り詰められる。それほどの手柄だ。
想像しただけなのに、幸福に体は震え、口からは涎が一筋漏れた。
蹂躙した街を、自分に関係のない廃墟を歩くかのように、無関心に、一切見る事なく歩いていった。他の神軍たちは調査で全くレイゴスに気づいていなかった。
「楽しみだなあ……」
小さく漏れた言葉を、誰も聞き取ってはいなかった。