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果てなき空で”果て”を目指す物語  作者: 琉 莉翔
鳥と人 エストリテ編
42/304

ありがたい夜

 案内してくれた作業員は、伝わる限りの態度ではかなり気さくで優しく、軽く話しかけてくれながら部屋に案内してくれた。


「では自分はここで」

「ありがとうございました」


 すぐにその作業員は工場へ戻って行ってしまった。

 ゆっくりと扉を開ける、しばらく使われていなかったのか、金具がギィギィ言っていた。中では細身の中年男性と小さい男の子、やや大人びているがまだまだ幼児であろう女の子が居た。布団の上で跳ね回る男の子を女の子は叱って止めようとしているが、男の子はとても楽しいらしく止まることなく布団の山で飛び跳ねている。こんな光景がいつものことなのか、父親らしき男性は特に止めることもしない。

 音で男性がこちらに気づいた。メガネのつるを摘んでニッコリと笑う。


「おや、君たちが例の?」

「はいテリン・イアムクです、お世話になります」

「サグ・スウィトです」

「エボット・ケントン」

「ディオブ・テンベルタムです」


 テリンに続いて三人もぺこりと頭をさげる。きちんと礼儀を示した三人に男性はまた一層ニッコリ笑った。


「初めまして、私はイーオート・ダスポウです、妻の名はすでに?」

「? いえ」


 変な事を聞くものだ。少しだけ不思議に思ったが、すぐに答えを返した。するとイーオートは額に思いっきり手のひらを叩きつけた。斜め下を見つめて、大きな深いため息を吐いた。

 顔がこちらに向いていないというのに、空気を感じるほど、深く長いため息だった。


「全く……いつもちゃんと名乗れって言ってるのに……」


 ものすごい呆れ顔で小さく低く呟いた。だが目の前にいる四人を思い出すと、メガネのブリッジをグッと抑えて気を取り直した。


「すみません、工場で働いていた女性…妻なんですが、次期代表としていつもちゃんと名乗ったりしなさいと言っているのですが、毎回忘れてしまって……」

「あっ、ああ……お気になさらず、私たちは気にしませんし」

「いえ……次期代表として礼儀礼節は基本ですので、大雑把なところは直さないと…じゃないと……」


 ちら……と子供達の方を見た。姉の方が暴れる弟に耐えかねて実力行使に出たようで、体格差のある姉に両脇を抑えられてすっかり動けなくなってしまっている。遊べなくてつまらないのかぶすくれた表情をしている。


「子供達が覚えてしまいそうで……」


 父親ならではの気苦労が顔に垣間見えた。さっきの暴れっぷりを見過ごしてはいたが、こればっかりは見過ごせる問題では無いらしい。父を経験したことが無いサグにはよく分からないが、大変なものなのだろうと、なんとなく察しはついた。


「では私の方からですが、妻の名はセイル・ダスポウと申します」

「お前たち、お客さんにご挨拶です!」


 父が強目に声をかけた。子供たちはピシッと動き出して、つま先の位置を線も無いのにぴっちりと合わせた。手は足の横に置いて背筋を正す。


「トエリコ・ダスポウです!7歳です!よろしくお願いします!」

「イーグ・ダシュポウです!3さいです!お願いしましゅ!」


 二人の挨拶は思ったよりもしっかりしていた。弟のイーグの方はまだ舌足らずで、しっかり発音できていなかったが、名前と年齢まではちゃんと理解できた。予想よりも姉のトエリコはしっかり者のようで、鼻水が出てきた弟のためにティッシュを取り出し擤ませてあげる。

 幼児の微笑ましい光景に、サグの顔が思わず緩んでしまった。一時間ほど前に命の危機を経験しただけに、余計に心に染みる微笑ましさがある。急に脇腹に痛みが走った、テリンから肘を貰ったらしい。痛む場所をさすりながら、横目でテリンを睨んだ。


「痛いんだけど?」

「キモいんだけど?」

 

 どうやらテリンには微笑ましい表情をしているというより、幼児を見てにやけているように見えたらしい。なんとも不名誉な勘違いだ。二人のやり取りにエボットがニヤニヤしているのがまた腹が立った。今回に至ってはディオブまで面白いものを見るようにニヤニヤしていた。


「大変、仲がよろしいのですね」


 微笑ましい表情でイーオートが笑ってくれた。


「もうすぐ夕食ですのでそれまで自由にどうぞ?」

「「「「ありがとうございます」」」」


 部屋は中々広く、四人で寝ても問題ない程度のスペースは確保できそうだ。

 サグのズボンがグイグイ引っ張られた。どうやらイーグが引っ張っているようだった、しゃがんで目線を合わせると、すごく楽しそうだったが、どこか緊張してる様子だった。


「どうしたの?」


 できる限り優しい声で問いかける。安心したのか、晴れ空のような笑顔でキラキラとした瞳を見える。


「遊んで!」

 

 子供にこんな笑顔でお願いされれば、断る手段は誰も知らないだろう。快諾しようと、声を出そうとする。


「あ〜悪いな」


 サグを遮ったのはディオブの大声、少しばかり含みをもたせたピシャリとした言い方だ。腰を曲げてイーグに顔を近づける、サグとは違う圧倒的な筋肉量に、イーグの表情が強張った。子供は感情が表に出やすいのだから仕方ない。


「その兄ちゃんたちはちょっとやることがあってな、代わりに俺と遊ばないか?」


 正直ガタイ的に普通の子供なら泣き出していたかもしれないが、母親も中々のガタイをしていたからか、遊んでくれると分かった時、相当嬉しそうな顔をしていた。

 だが三人は”やること”と言われても初耳だった。一日中一緒にいたエボットはともかく、テリンなら何か知ってるかもしれないと視線をやるが、心当たりは全く無いようで、お互いに疑問顔だった。

 ディオブは部屋の端っこにどさっとリュックを置いた。妙に重そうな音だった。


「じゃっ、あとでリュック見とけよ?」


 それだけ言って、イーグに手を引かれて行ってしまった。トエリコも一緒に行ったのだが、すぐパタパタと走って戻ってきた。テリンの手を引いて少しだけ不安そうだ。


「やること終わったら……遊んでくれる?」


 母性本能を刺激されたのかわからないが、ものすごく嬉しそうな顔をして勢いよく頭を撫でた。


「もちろん!遊ぶよ!」


 言い方はかなり優しかったが、テンションが上がっているのがよくわかった。

 返事を受け取って嬉しそうに手を振りながらディオブとイーグの元に戻った。


「歳の近い女性が居ないので、嬉しいんでしょうね」


 親だからか、娘の態度の理由がよくわかっているようだった。少しだけ照れ臭くてテリンの顔が赤くなった。


「では食事の時間になったら呼びますね」


 イーオートも部屋から出た。

 とりあえず、やることそのものがよくわからないので、ディオブのリュックを開けることにした。


「あれ……これって」


 中には五冊の本が入っていた。そして一番目立つ上のところにメモ用紙が一枚。


『必要な本を購入しておいた、よく読むこと』


 リュックからその本を取り出してみると、内二冊は魔力や魔法についての著書だった。時間のせいかページが完全に変色し、古本特有の臭いをしているものも多かった。しかし不思議とカビのにおいはしない、変色以外におかしな様子も無かった。

 他の三冊はそれぞれ武術に関する本、近接系の武器に関する本、銃系の武器に関する本だ。魔法の本はともかく、この三冊はそれぞれ読むべき人間がわかりやすい。パラパラと適当に捲って、内容を確かめる。


「多分『武術指南』ってのは俺のだな……棒術もあるし」

「『近接系武器のマスター術』……俺だね……確実に」

「『銃の構造全解剖』……なんで私だけ戦い方じゃなくて銃の構造なの?」


 いつの間に購入していたのか全くわからなかったが、とりあえずありがたく読ませてもらうことにした。読むだけでは仕方ないので、ゆっくりと三人で体も動かしてみる。だが広いとはいえ部屋の中だ、試すにも限界があった。そういう意味では、テリンが一番楽だったと言える。

 それぞれ用であろう本と、魔法の指南書を重ねて読み込んでいく内に、ディオブの伝えたかったことがうっすらとだが見えてきた。要するにこれは魔法の開発に関してのヒントだ。魔法の本の中に『ある魔法はすでに編み出されていた技術と魔法の融合によって生まれた』とあった、つまりは、自分たちにもこれと同じことが起こせるかもしれないのだ。特に今、自分たち三人は武器を使っている。武器と魔法の融合、それが今自分たちが目指すべき場所なのだと、ようやくわかってきた。

 とりあえず外に出て修行がしたい衝動に駆られている。目標がわかりやすく見つかると、それに対して努力したくなるものだ。だがその望みは叶わない。

 こんこんこん、3度扉が優しくノックされた。


「起きてますか?夕食の時間ですよ?」


 イーオートの声だった。

 時計を見ると、読み込むうちに一時間ほど経ってしまっていたようだった。本当はもっと読み込みたかったが、今日は夕食を頂く身だ、素直に夕食に向かうことにした。

 本についていたヒモの栞を挟んで扉を開ける。にこやかなイーオートに導かれて歩いたのは、さっきと全く同じ道だった。


「あれ?これ工場に向かってませんか?」

「うちは工場で食べるんですよ、お弟子さんたちや師匠たち、全員が同じ場所で食べれるようにね」


 詳しく聞いてみると、あの親方は観察眼に優れているらしい。だからこそ食事の場を師匠と弟子で近くすることで弟子たちのようすを具に観察し、その人間の心根や普段の悩み、細かい怪我の様子まで見抜くことが可能なんだそう。なぜそこまで見ることが可能なのか、イーオートが一度聞いてみたところによると、何年も船の観察をしていると次第に作業する人間の様子、そして普段からもなんと無く感じ取れるようになってきたそうだ。そして感じ取るには、絶対に欠かせない日常の行動である食事の場面が一番感じ取りやすいらしい、とのことだ。

 聞いてはみたものの、結局なんとも不思議で予想のつかない話、というのが三人の感想だった。


「俺もできるようになんのかな……」


 わざわざ顎に手を当てて、考え込んだような真剣な表情でエボットが言った。

 本人からすれば技術として相当便利なものなのだろう。しかし読まれる側になるサグやテリンからしたらたまったものでは無い。二人とも顔を合わせずとも同時に渋い顔をしてしまった。


「「やめて(くれ)マジで怖い」」


 本気の嫌な顔をされてしまったエボットは足を一瞬だけ止めて、「おっおお」と曖昧に返事をした。


「ははは!仲がいいんですね!」


 仲がいいのは認めるが、改めて人から言われると照れくさくなってしまう。鏡があるわけでも無いのに、顔が真っ赤になっているのがよくわかった。

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