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果てなき空で”果て”を目指す物語  作者: 琉 莉翔
鳥と人 エストリテ編
37/304

スタンス

「お〜い!」

「あっサグ」


 大声を出したことで、二人ともサグとエボットに気づいた。しかし二人の後ろを走る女の子を見て、少しだけ表情を変える。眉間に皺を寄せた、明らかに不機嫌な表情に。

 

「サグ、エボット、そいつが例の神軍か?」


 いきなりディオブがぶっきらぼうに言った。横目にチラリとだけ見えたが、イリエルの眉間に皺がよっていたような気がした。


「例の……って何よ」


 あまりに言い方がぶっきらぼうだったせいか、イリエルの声は不機嫌だ。サグの背に若干の冷や汗が伝った。イリエルは一応神軍だ、実力がわからない以上面倒なトラブルは避けたい。


「言い方が悪かったか?昨日サグから会ってくると聞いてたもんでな」

「……ずいぶん愛想が無いのね」

「ああ、俺は神軍が嫌いだからな」


 言ってしまった!

 三人は同時にそう思った。いきなりあなたが嫌いです、などと言ってしまえば例え一般人でもトラブルは避けられない。

 恐る恐るイリエルの顔を見た。しかしイリエルの顔は変わらなかった、どころか眉間のしわはすっかり消えていたのだ。


「よくいるわ」

「すまないな」


 どうやら思ったよりも神軍を嫌っている人間はいるらしい。意外なほど慣れた反応で返していた。神軍は英雄のような存在だと思っていただけにまた意外だった。


「そういえば、さっき変な顔してたけどどうしたの?」

「あ〜」


 テリンが少しだけ苦笑いをした、ディオブは腕を組んでこっちも苦笑いだ。


「いやあ、さっきドックのあのお爺さんと話したんだけどさ、マスト外すのに一日かかるらしくて……」

「マジか!?あれ取るだけだろ!?」


 エボットが叫んだ。エボットはメンバーの中で一番船の知識がある。彼が驚いているということは相当なのだろう。


「あーうん……取るだけなら大して時間かからないらしいんだけど、珍しいほど古いから少しいじりたいってさ」

「そこに時間が欲しいから今日から一日、明日の午後には完了するとよ」


 二人の言い方と態度を見る限り、できるだけ急いでもらえるように掛け合ったのだろう。しかし検討虚しく、改造に時間を取られることを受け入れてしまったらしい。神軍がいるこの島をできるだけ早く出たかったが、仕方ないマストを取ってもらうのを優先しただけだ。


「そっか……」

「まあしょうがねえよな」


 エボットと顔を合わせて、仕方ないと納得する。だが改造の次第によってはエボット的に面倒だと思う、実際エボットは苦笑いすらできていなかった。


「ちょっとー忘れてない?」

「「あっ」」


 声をかけられて、やっとイリエルの存在を忘れていたことを自覚した。振り返って急いで手を合わせて謝ると、むくれっつらで許してくれた。

 テリンとディオブに、適当にかいつまんで状況を伝える。二人は神軍のため…という点では納得しなかったが、島の人たちのため、というと、同じように昨日のお姉さんを思い出したのか同意してくれた。


「じゃ俺先に船出してくるわ」


 エボットがドッグの方に向かった。船底にあるため出すには苦労しそうだ。


「そういえばなんでスピードボート持ってるの?あれって神軍が持ってるものじゃなかった?」


 ギクリと肩を跳ねさせてしまう。あからさますぎる反応だったが、できるだけ動揺がバレないように堂々と目を合わせた。そしてペラペラとエボットと軽く擦り合わせた作り話を話す。作った時には荒かった話なので、できるだけ違和感がないように整えながら、そのせいで話があっちこっちに飛んだが、逆にリアリティがあるかもしれない。どういう意思なのか察してくれたようで、後ろの方でテリンとディオブが同意に何度か「そうなの!」とか「ああ」とか言ってくれているのが助かった。

 

「ってことがあってさ」


 とりあえず違和感が無い程度に纏めることができたと思う。しかし気になるのは話してる間ずっとイリエルの表情が変わらなかったことだ。ひたすら同じ顔でレスポンスを一切返すことなくまっすぐサグの目を見ながら聞いていた。正直、サグの感じていたプレッシャーは半端じゃなかった。

 一度だけ、イリエルは少しの間目を閉じた。そして目を開けてからため息を吐く。


「嘘でしょ?それ」


 なんでも無いことのように、軽く言われてしまった。焦りが心に生まれるも、極めて冷静に答える。


「どうして?嘘じゃないよ」

「いや嘘だって、神軍の持ってるもの勝手にあげたら重罪だもの」


 そんなルールがあるなんて知らなかった。知り様のなかった落とし穴のせいで一気にピンチに陥ってしまう。心臓の鼓動が速くなってるのがよくわかる、心が焦って落ち着かない。

 恐る恐る、イリエルの方を見る。するとイリエルは別段警戒や敵意の表情をしているわけではなかった。


「大方、神軍の誰かが死んでて、その側にあったんでしょ?」


 何か勘違いをしてくれているらしく、あっているようで違う推測を言ってくれた。違和感が無い様に、サグはそこにさらに繋げる。


「うっうん……ごめん、窃盗だって逮捕されるかと」

「いいわよ、別にあたしに逮捕の権限無いし」

「えっ無いの!?」


 また驚きの事実だった。


「そうよ?あたしは神軍の生物研究班のメンバーで、あんまり戦闘はしないんだから」


 詳しく話を聞いてみると、イリエルは生物研究チームの中でもエースなのだが若すぎるため下っ端な方で、今回の案件に生物研究の力が必要になったため派遣されたらしい。

 派遣されたチームは戦闘や警備をするメンバーが主で、研究・調査に関してはほぼイリエルだけが行っているらしい。ここからはイリエルの推測に過ぎないが、究極のところ、マーコアニスを殲滅または追い出すことができればいいと考えているようだ。


「それは少し横暴すぎないか?」

「ええ、だからちょっと焦ってるのよ」


 またため息を吐きながら言った。

 エボットがスピードボートを港につけた。船に比べれば圧倒的に小さいが、一応五人程度は乗れる様だった。サグとテリンもすぐに乗り込む。だがディオブとイリエルはすぐには乗り込まなかった。見るとディオブがイリエルを止めているようで、


「ディオブ?」

「先乗っててくれ」


 不思議に思ったが、なんでもないと目が訴えていた。これ以上聞くこともできなかったので、さっさと船内に入る。

 急いで浮島に行きたかったイリエルは、また眉間に皺を寄せてしまった。


「何?」


 声が極めて不機嫌だ。仕方ないだろう、彼女には全く心当たりがないのだから。


「お前、なんで気づかないふりした?」

「ふりって?」


 ディオブの言葉に、イリエルは少しだけニヤついて返した。ディオブは大して気にしなかったが、その表情の奥に余裕を見た様な気がした。


「サグの嘘にだ、お前的外れなこと言ったが、気づいてたろ、殺したことに」

「ああ〜別に突っ込む意味無いなって」


 あまりに意外なことを言われてしまったので、思わずディオブは素っ頓狂な顔をしてしまった。いきなりそんな顔をしたものだから、イリえるのツボにハマってしまい、体を捩って壊れそうなほど笑った。しばらく呼吸に苦しんでいたが、ゆっくり落ち着きを取り戻して涙を拭いながら姿勢を正す。


「私が今最優先にしてるのはマーコアニス問題の解決、それに神軍ってあたしも嫌いなのよ」

「はあ!?」

「生物研究のために一番いい場所に所属するだけのギブアンドテーイク、それだけよ」


 言いながら、ディオブの横をするりと通り抜けて、ボートに乗った。こんな状況で、ディオブにできたのは苦笑いだけだった。

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