共同調査
昨日の上陸初日、嵐以上に勢い任せな一日を終えて、また今日もトラブルだらけだった。
「ほんっと!てめえなんでものの三十分程度で問題作れんだよ!」
荒い口調で言うのはエボット、これでもマイルドな方だった。昨日話を聞いたばかりの時は、それこそ般若の形相で怒り散らしていた。神軍と関わった上に明日会う約束までかわしてしまっていたのだから。そんな危険な約束破れば良いのに、サグの性格がそれを許さなかった。またそれがエボットを呆れさせる。
「ごめんって」
今日森へ向かっているのはサグとエボットの二人だけだ、テリンとディオブは船の調査結果を聞いてそこから改造にどれだけかかるかを確かめに行っている。何分現代基準だとマストは悪い意味でよく目立つ、ドックのあるこの島で確実に取ってしまいたい。
「で?どこなんだよ結局」
森に入り、適当にキョロキョロと見渡す。昨日と違って今日は曇り、美しい木漏れ日が無く景色が変わって見えてしまう。似たような木ばかりのこの森では、どうしても昨日の場所が見つからない。
「多分この辺のはず……」
確かめるように木に触れる。確実だとは言えないが、昨日の景色に最も近いのがこの木…のような気がした。
「遅かったね」
「「わ゛あああああああ!!!!!!」」
濁った悲鳴が森中響いた。木の上から枝に足を引っ掛けて、イリエルがひょっこりと現れたのだ。いきなりの登場にびっくりしてしまって、サグとエボットが叫んでしまったのが悲鳴の正体だった。
驚かせた当の本人は、ケラケラと笑いながら、サルと間違ってしまいそうなほど器用に体制を直して、ぴょんと枝から降りた。
「あたしとの約束守ってくれて嬉しいよ」
「いや……うん……」
魔力を初めて解放した時よりはマシだが、未だサグの心臓はドグドグとうるさく鳴っていた。
笑っていたイリエルは、サグの隣で心臓を押さえて倒れているエボットに気づいた。
「あれ?友達?」
「うん……エボットだよ」
「んども……」
ようやくショックから立ち直り挨拶できるまでに回復した。
「イリエル・トントークよ、よろしく」
ひらひらと手を振って挨拶された。
「エボット・ケントンだ、よろしく」
礼には礼で返すのがエボットの性格だ。父から厳しく仕込まれたらしい。
「んで?調査だっけか?」
「そうそう、マーコアニスの幼体の調査と、あとこの森の未発見生物でもいればそれもかな」
イリエルは木の根っこのところに置いてある、肩から下げられるボストンバッグを開いた。しばらくゴソゴソすると、中から双眼鏡と小さなメモ帳、そしてペンをそれぞれ二つずつ手渡した。
「それ使って調査ね」
「いやっどうやってやるの?」
「しゅっぱーつ」
それだけ言ってイリエルは歩き出してしまった。きょとんとして顔を合わせてから、二人もその背中を追いかける。
そこから十分ほどの辺りに、なかなかの水が溜まっている湖があった。小さめだが深いようで、曇りのせいもあって覗き込んでも底が見えなかった。周りを見渡すと、大小様々な足跡が至る所にあった。どうやらこの湖はこの森の動物たちの憩いの場となっているようだった。
「ほ〜ここで調査すんのか?」
「そうなんだけど……」
イリエルは湖の周囲で双眼鏡を覗き込み、空を見上げてフラフラと歩いている。今にも湖に落ちてしまいそうで、見ている側からすればヒヤヒヤが止まらない。
キョロキョロとあっちを見たりこっちを見たり、落ち着かない様子のイリエルだったが、突然双眼鏡を外した。
「キタ!」
「えっ?」
「隠れて!」
突然、湖のすぐそばの茂みに隠れた。困惑はしたが、二人ともそれに倣ってそばに隠れる。すると上空から向こう側の湖畔にカラスほどの大きさの鳥が飛来した。オレンジに近い赤の毛色が美しく、少しだけ見惚れてしまう。
イリエルは急いでボストンバッグからメモ用の手帳を取り出した。
「あれは?」
「マーコアニスの成体、この島を悩ませている天空生物」
「マジかよ……あれがそうか」
成体は確かに昨日見た幼体とは明らかに大きさが違う。しかしサグの目にはどうにも島そのものを苦しめるほどの脅威には思えなかった。エボットも同じようで、疑い丸出しの目で水を飲む鳥を見ている。
鳥の後方の木々からキツネが現れた。体躯は図鑑で見た平均的なキツネよりも明らかに大きい。キツネは雑食だ、あの鳥を狙っているようだった。目は飢えて牙を出す。それも一匹では無い、鳥は水に夢中で気づいてなかったが、茂みの奥や枝の上など確認できる限り五匹ほどで狙っているようだ。
キツネが低く唸った、ここでようやく鳥は脅威に気付いたようだった。ぴょんと一度だけ跳ねて振り返る。
「見てて」
イリエルがギリギリ聞こえるほどの声量で伝えてきた。二人は興味本位でじっと鳥を見つめる。
キツネが叫びながら鳥に襲いかかった。鳥は少しだけ、空に浮かんだ、しかし樹上からもキツネは襲いかかった。確実に殺される、そう思った次の瞬間、鳥が一瞬にして巨大化した。大きさはだいたいサグの三倍ほど、鳥の元から強い脚は更に屈強に見えた。足先に生えている鋭利な爪を持って、キツネを二匹切り殺した。そして一匹を指先で握り潰す。樹上から飛びかかったキツネは翼で払われ、木に叩きつけられて動かなくなった。一瞬の内に仲間がやられて怖くなったのか、一匹のキツネは逃げようとする。しかし無意味だった、マーコアニスは嘴でキツネを潰し、最後の一匹を絶命させた。嘴でついた一匹だけを食べて、残りは丁寧に足で持って飛び去っていった。
一瞬の凄惨な、圧倒的な光景にサグとエボットは言葉を無くしていた。
「あれが巨大肉食鳥マーコアニスよ」
サグは生唾を一つ飲み込んだ。ゴクリという音に反応して、エボットはサグの方を見た。そして面倒臭い光景に額に手を当てる。目は好奇心に煌めきワクワクとした心を上った口角が訴える。完全に興味を持ってしまった瞬間だった。




