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果てなき空で”果て”を目指す物語  作者: 琉 莉翔
鳥と人 エストリテ編
32/304

野菜の島で

 街は石と木の作りが入り混じっていておしゃれにできていた。地面も石造りに舗装されて歩きやすい。だが入るとすぐに異様な雰囲気に気づいた。街全体がどうにもピリピリしているというか、何かに苛立っているような気がしたのだ。


「何?これ」


 テリンもすぐに同じことに気づいたようで、ぽそっ、とサグに話しかけた。前に訪れた鉱山の島もピリピリとした雰囲気があった、しかし、あれは発生源が無骨な男たちが戦意を滾らせているのが原因だった。だが、この街にはそれらしい人間が一人もいない。しかも誰が、ということもなく、街全体がイライラしているような印象を受ける。


「さあ……」


 疑問に答えることもできず、四人はぼんやりと街を歩いた。街そのものは良かったのだが、どうにも雰囲気が気になる。こんな時はやはり食堂に行くに限る。ぱっと見た先にちょうどいいレストランを見つけてとりあえず入ってみる。時間も昼時、いいタイミングだ。


「すみません、四人なんですが」


 ディオブが声をかける。店内は驚いたことにどの席にも客がいない。薄暗い奥の方から、店主が出てきた。


「あ〜お客さん?」

「ええ、四人です」

「適当にどうぞ」


 どうにも声にやる気を感じない。促されるまま端っこの四人用テーブルに座った。メニューから備品まで綺麗に整えられていたが、何日間も使われた様子が無い。メニューを開く。


「どうするかな……」


 メニューにはやけにサラダ類が多く、そうでなくても名前からしてどれにもこれにも野菜を使っているようだった。

 適当に二つサラダを頼んで、大盛りのパスタとグラタン、それと個人用にスープを四つ頼んだ。


「はーいお待ちどう!」


 若い女性がワゴンでそれらを一度に運んできた。青々とした野菜たちが鮮やかにテーブルに並ぶ。パスタはトマトソースがメインで、アクセントの効いた野菜類がいい味を出していた。驚いたことに、グラタンにも野菜が入れられていた、しかしだからと言ってミスマッチな感覚は一切無く、グラタンの方を野菜に合うように調整しているようだった。


「うまいな……」


 ディオブがじっくりと味わいながらつぶやいた。返答はしなかったが、その意見には全面的に同意する。横目で隣を見ると、野菜嫌いのテリンも非常に美味しそうに野菜を口に放り込んでいた。


「美味しいでしょ〜!?」


 全員が同時にびっくりした。料理を運んできたお姉さんが隣の席からこちらをじいっと見ていたのだ。


「でもね〜?それ本当はもっと美味しいのよ」


 顔が”聞いて!?”と訴えている。微妙な表情をして、目線だけで会話をする。エボットに顎でしゃくられ、仕方なくサグが代表することになった。


「えっと、それはどういうことですか?」


 とびっきりの作り笑顔で答えた。すると今度は顔で”待ってました!!”と言っている。あまりのわかりやすさに若干の呆れさえ感じてしまう。


「それはね!この料理に使われてる野菜のせいよ!」


 少しだけ驚いた。なぜなら。


「本当ですか?こんなに美味しいのに」


 実際、今食べているサラダは、今まで食べたことがないほどに美味しい。感動を覚えてしまうほどだ。


「美味しいのは作り方のおかげね」

「作り方?」

「ほら」


 そう言ってお姉さんは島でかなり目立っている山を指差した。つられて四人も山を見る。やはり指している山も緑に覆われていた。


「あの山はね、太陽光を受けた植物たちが、有り余る栄養を山に注いでくれてるとか何とかで…とにかく!この島では質の良い野菜が育ってたのよ育つのも早いし、出来は一級品!みんな大好きだったわ!」

「へ〜」

「そして一級品の野菜があるから、それを美味しく生かそうとして色んな野菜中心の調理法が完成したのよ!けど……」

「けど……?」


 急に暗く悲しげな表情になった。さっきまで明るく野菜のことを語っていたのに、表情の明るさは天地の差だ。


「……この島のそばに浮いてる浮島は見た?」


 言われて少しだけ考える。すぐに双眼鏡で確認した小さな土ばかりの島であるとわかった。


「見ましたよ、土色のやつですよね」

「ええ、二、三ヶ月くらい前から、あの島に見たこと無い生き物が住み始めてね」

「見たこと無い生き物?」

「ちっちゃい鳥みたいなやつよ、それが急に畑を荒らしだしてね……おかげで野菜は全滅……畑は荒れ放題……」

「なるほど……」


 どの島でも、それはたまったものでは無いだろう。表情からは明らかな悲壮感と悔しさが滲んでいる。


「近くの島とは、野菜が一番の交易材料だったから……財政的にまだ問題はないみたいだけど、このままじゃね」

「追い出そうとは考えなかったんですか?」

「考えたしやったわよ、でもあの鳥とんでもないのよ!」

「え?」


「だってあの鳥巨大化するらしいのよ!」


 急な大きすぎる声に、ポカンとしてしまった。ポカンとしてしまったのは言っていることも大きく関係がある。生物の急な巨大化など、あまりにもあり得ない話だ。


「それは……流石に」

「でも!実際農家の人たちが何人もそうなったわ!それに死者だって……」


 感情の豊かな人のようで、今度は泣きそうになってしまった。だが、死者まで出たとなれば大事だ。


「それで野菜が育たなくなっちゃってね……仕方ないから他の島の野菜を使ってるんだけど……常連さんたちからは味が落ちたって……」

「なるほど……それでこの店のご主人は」

「うん……パパはやる気をすっかり無くしちゃったの」


 やっと店主の態度に納得がいった。客に対してぶっきらぼうなのは、許されることではないが、常連からのその言葉は、料理人の心には突き刺さるだろう。


「それで、その鳥の討伐を、神軍に依頼したんだけど……」


 ドキッとするワードが飛び出した。チラリ、と横目でテリンを見る。動揺は見てとれるが、前ほど体調が悪そうな様子は無い。一応体を寄せて、お姉さんからテリンを見えにくいようにした。


「したけど……どうなんです?」

「もう二週間以上、何の進展もないのよ!!!」


 またお姉さんは叫んだ。今度の叫びはあまりにもうるさくて、流石に耳を塞いでしまった。反射が間に合わなかったエボットとテリンは少しだけ意識が飛んでいた。


「あっ……ごめん」

「いえ……お気になさらず……」


 流石にお姉さんもやりすぎてしまったと思ったようで、こちらを見ながら少しだけ申し訳なさそうにしている。


「ってなわけで、大枚叩いて依頼したってのに変わんない状況にイライラして、街も雰囲気悪いのよ、感じた?」

「それは……まあはい」


 本当はもっと言ってやりたかった、”ものすごく感じました!!”くらい。しかし理由を聞いた今となっては、とてもじゃないが強く言える気がしない。事情を知らない余所者からすればイライラの雰囲気は迷惑なものだが、住んでいる人間からすればそれこそ冗談ではない、横からでは何も言えないのが事実だ。


「ごめんね、本当はもっと野菜が美味しいくて、雰囲気のいい街なんだけど」

「いいえ、どっちも十分ですよ」


 それだけ言って、さっさと食べ終える。美味しすぎて、食事はかなり早く終わってしまった。会計を済まして、また街へと出る。

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