オリアークのメッセージ
「「ええええええええええ!!!?」」
二人は思わず大声を上げてしまった。空中に響き渡ったのでは無いかと思うほどの大声に、エボットもディオブも、ドタバタと二人の元へ走ってきた。
「大丈夫か!?」
「今の大声はなんだ?」
ほぼ同時に部屋に入ってきた二人は、サグが指差しているノートにすぐ注目した。よくわかっていないディオブは、微妙そうな反応をしたが、エボットは二人と同じ驚きを共有した。
「なんで急にインクが消えたんだ?」
「サグに聞いてよ」
当のサグは、ポカンとノートの文字を見ていた。ノートのまともなページにあった、見たことのない文字が、つらつらと二ページいっぱいに記されていた。
「サグ!」
エボットが強めの口調でサグを呼んで、ようやく現実へと引き戻される。振り返ると、不思議そうな三人の顔が並んでいた。
「お前、何したんだ?」
「わかんないよ…なんとなく魔力を手に集めただけで…」
「魔力を?」
ディオブが顎に手を置いて、何かを考え始めた。
何を考えているのか、サグには見当もつかなかったが、今大事なのは一つだ。
「テリン、翻訳してくれる?」
「うん」
じっ、とテリンが文字を読み始める。目を走らせて、単語を理解し、文を脳内で構成させ始めた。
「長いからようやくするね…まず初めに…」
『まず初めに、この文を読んでいるのが、私の子孫”ウィスト”を名に持つ人間であることを願う』
三人に聞こえたのではないかと思うほど、サグの心臓が大きく跳ねた。まずは驚き、もう一つは一種の恐怖だ。オリアークはこの状況が見えているようで、少し怖くなった。
サグは気づいていなかったが、テリンもエボットもその恐怖は同じ、鳥肌を立てて、少しだけ顔を青くしている。
『忘れて欲しいと願ったが、どうせなら子孫であって欲しいと思う』
『このノートは、私の冒険について事細かに綴ったノート、その一つだ』
『つまり、このノート以外にも、私の日記は存在する』
また心臓が大きく跳ねた。今度は驚きに、期待と興奮が入り混じったものだ。
『しかしその在処は、流石にわからない』
『このノートを手にし、読んでいるということは、間違いなく”果て”を目指すものだろう、ならば探してみるといい、役に立つはずだ』
突然、電球の一つが何度か瞬いてから消えた。誰もそっちを向かなかったが、全員がわずかな恐怖を感じていた。
『ノートの黒はインクではない、消すためには、各ページ毎に条件を設定しておいた』
「そうか」
ディオブが言った。妙にすっきりとした表情をしている。
「どした?」
「いや、ようやく合点がいってな」
「合点?」
「ああ、元々ノートにあった黒、そりゃ魔法だ」
エボットとディオブの会話は短いが、気を引くには十分な内容だった。サグとテリンの視線もディオブに向いた。
「前に言ったろ?闇属性は妨害にも使われるって」
「そういえば言ってたね」
「闇属性を付与して、黒塗りにしたんだ、条件で消えるってのも、魔法に組み込んだんだろ」
「そんなことできんのかよ」
「魔法は全てが解釈と発想次第だ、自分のイメージをどれだけ現実に持って来れるか、そこに尽きる、悪いな邪魔して、続き頼む」
「うん」
『このページの条件は、魔力で触れること、この条件をクリアしているという事は、今このノートを読んでいる君たちは、まず間違い無くサーコス島には居ないのだろう』
サーコス島は、サグたち三人の故郷の島だ。本来このノートはサーコス島にあったもの、だがノートの中のオリアークは、まるで預言者のようにズバズバと現状を言い当てている。
『分かる理由がある、魔法を島から遠ざけたのは、私だ』
全員が、驚きに固まってしまう。自分たちが知らなかった常識を、遠い先祖は知っていた。冒険をしていたから当然といえば当然なのだが。それでも、それを遠ざけたのが、冒険をしていた本人とは、流石に思ってもみなかった。
『この先、冒険を続ける限り、ノートの黒を取り払うことはできるだろう』
『だがその条件を明かすことはできない、明かせば、君たちの冒険の邪魔をしてしまうことになる』
『自由に冒険し、その中でゆっくりと目標へ歩いてほしい』
『このノートは所詮ヒントだ、全てじゃない、頼りすぎず、進みなさい』
先人のこめられた想いに、胸が少しだけじんわりと熱くなる。旅を始めてまだわずかだが、旅の楽しさが身に染みてわかってきた頃だった。そのせいもあって、余計に言葉が心に沁みた。
『最後に一つ……』
読んでいたテリンが、突然読むのを止めてしまった。不思議に思って顔を見ると、表情は驚き一色に染まっている。一度だけ瞬きしてから、もう一度読み始めた。
『神軍に気をつけろ』
『神軍が”果て”を目指すのならば、絶対の敵になる』
『容赦無く殺しにくるだろう、理不尽に周囲が殺されるだろう』
『恐ろしくても、負けてはいけない、このノートを渡してはいけない』
『破滅を知りたくないのなら』
テリンが読み終えた時、その場はなんとも言い難い静寂に包まれていた。重苦しい空気が、その空間を支配し、ずっしりと背中からのしかかってくる。
「終わったよ」
ようやくテリンの青い顔の理由がわかった。そりゃあこんなに不気味な文を、よく知らない文字を翻訳しながらなんて怖いに決まってる。
重苦しくなった空気を、吹き飛ばせるのはよく知らない人間だ。
「まっいい情報もらったな」
ディオブが軽い口調で言った。いや、言ってくれたの方が正しい。三人だけでは、さらなる恐怖に纏わりつかれて、挙句潰されていただろう。
「色々考えるとこはあるだろうが、とりあえずは風呂だ、そんで寝ろ」
「この間と同じこと言うようだが、お前ら今日一日修行漬けだったんだ、とりあえず休んで明日に備えることだ」
ディオブはそう言ってから、再び甲板に出た。
サグも、すぐに本来の目的だった風呂に向かう。木製の船だが、この空間だけは水に強い素材で作られている。船内の循環装置が水を綺麗にしてくれるおかげで、船の上でも便利な生活ができている。
頭を湯船の縁に置いて、天井をぼうっと見上げる。熱で少しだけふわふわとした感覚がするが、さっき味わった恐怖に似た妙な感覚が、風呂の気持ちよさに身を置くことを許さない。
頭の中に、さっきの全ての話がぐるぐると回った。オリアークは全てを知っている、そんな感じがした。しかし今となっては、本人と話すことは叶わない。ならば、やはり結局、進み続けるしか選択肢はないのだ。固めた決意が、より明確な道を見つけ強くなっていく。
顔を半分湯船に沈め、口から息を漏らした。ポコポコと泡が浮かんでは弾けていく。湯船の縁に、再び頭を置いた。
「ご先祖……”果て”ってなんなんだ?」
そんな質問に答える人間はいない。誰も知らないのだから。
疑問に塗れた夜でも、結局変わらず朝は来る。眠れば一瞬の時間だ。
いつものように朝を迎え、少年たちは空を行っていた。今日はエボットが操縦をしている、島の高低差にきっちり合わせるためだ。今日は天気が悪く、空は黒い雲に覆われていた。
操縦を始めたばかりの時は全く島など見えなかったが、昼に近づくにつれて、豆粒ほどの小さなものが見えてきた。進めば進むほど豆粒の形が鮮明になってくる。
「見えたぞ、あれが次の島エトリステだ」
ディオブが地図を見ながら言った。島は前にいた鉱山の島と比べて、圧倒的な緑色をしていた。青々としたなだらかな山に備わる自然、その中に見える木製の人工物。島のすぐそばには、小さな土だけの島も浮かんでいた。
サグは商船から買っておいた双眼鏡で島を覗く。島の港町には人々の往来があり、たくさんの商店もあった。山に向かっていくように点々と民家が並び、街と人々、そして木々が共存している。
地面は綺麗に整えられ、双眼鏡からでも分かるほどに丁寧な仕事で作られている。
「あっ」
サグは港に大きな建物を見つけた。こちらを向いている壁には『船舶専用ドック、船の改造修理、承ります』とある。
「やった、船の業者あったよ」
双眼鏡を外して、甲板にいる二人に言った。
「マジか」
「やったあ!」
ディオブは小さく、テリンは大袈裟なほどに喜んだ。サグは感慨深い気持ちで船のマストに触れた。この船と付き合いは短いが、毎日毎日見ていれば多少の愛着は湧く。しかしどうにも邪魔だった。だからずっと取ろう取ろうと思い続けていた。それがようやく叶う。
少しだけ笑いながら、また双眼鏡を覗いた。
「私にも見せてよ」
「待ってよ、もーちょっと」
テリンがグイグイと双眼鏡を取ろうとするが、腕で押し除ける。一瞬バランスが崩れて、左から右へ素早く動かしてしまった。その時、サグは変なものを見た気がした。
「ね〜サ〜グ〜」
「待ってテリン」
口調そのものは優しい雰囲気だったが、サグの動揺と疑心が隠しきれず現れていた。
「サグ?」
テリンもディオブも、違和感に気づいてサグに注目した。
少しだけ首を動かして、さっき見た変なものを必死に探す。そして島の端っこに見つけた。あの、金属で覆われている頑丈そうな船を。
ゆっくりと双眼鏡を外した。現れた目は驚きに見開かれ、口は塞がらなくなってしまっていた。
「どうしたんだ?」
ディオブの方を向きはしない。島から目が離せずにいた。生唾を一つ飲み込んで、ようやく言葉を発した。
「神軍が、いる」
表情が浮かれた顔から真剣に研ぎ澄まされる。島で何が起こるのか、まだ誰にもわからない。




