腹立たしい
サグとエボットは、言ってしまえばこの島にとってよそ者だ。
サグたちからしてみてもこの島は旅の途中ただ立ち寄っただけの島。だからなんの情も義理もない。
それが当然。
リエロス号の全員が、認識はしていなくても、ぼんやり思っている事だった。
だから昨日の山への突入も、イリエルが生物研究者として請け負った仕事とはいえまずかったのかもしれない。
サグは薄々そう思っていたが、今日、それが確信に変わった。
目の前で立て看板の前で惑うだけの集団は、正確に状況を把握できていないらしく、混乱のままに右往左往している。
二人は集団をかき分けて状況を確認しようと進む。
少し集団を進み、高い位置にある立て看板の文字がようやく目に入った。
『猿たちに対し、国が対抗策を行う事は無い。島民たちが一致団結し、ひたすら猿たちの被害を耐え抜く。いずれ來る平和という春を待つのだ』
「「はっ?」」
あまりにうるさい雑音の中で、無機質な声がただ音として漏れた。
大した大きさも持たない音は、人々の喧騒に飲み込まれて、雑音の一部とすらなれずに消えていく。
人の波をぶつからないよう自然に交わしながら、サグは書かれている言葉を脳内で反芻した。
何度も噛み砕き、何度も思い返し、意味を正確に理解したと確信してから、サグはすっと路地へ消える。
「おっ、おいサグ」
エボットもそれを追いかけ路地裏へと消える。
二人は建物の隙間でお互い別の壁に背中を預けた。
しばらく薄暗い空間で無言だったが、エボットが「めんどくさい」と言わんばかりに雑に切り出した。
「サグ、あの文章ってよお」
「うん、多少解釈のしようはあるけど」
エボットはサグの言葉の中に、誤魔化しようの無い怒りを感じ取った。
あの言葉を解釈するならば、『こちらからは何もしないからひたすら耐えろ』である。
文章そのものは『いずれ來る平和という春』と締めくくられていたが、なんとも無責任な言葉だ。
そもそもいずれ來る平和という春など、どこにも保証がない話。
猿たちの行動など、イリエルにすら完璧に読みきる事は不可能なのだ。だというのになんとも無責任な言葉で締めくくる。
第一、猿が行動を止める事が無いのは、サグにすらわかる。
ここは、というより世界は空と島々でできている。だからこそ外的要因による環境の変化が起こりにくいのだ。
イリエルから聞いた様々な島の話がそれを証明している。
人であるならば、船を動かすなり乗り込むなりで他の島に移り、別の場所で生活する事ができる。
しかし猿はそれができない。
そして生きていくためには日々物資が必要だ。
猿たちが攻撃を止める事は永遠にないだろう。
人間が消えれば、猿たちは自然と共生し生きていく。
島の支配者に現状最も近いのは猿達なのだ。
「あれって実質対処諦めましたって事じゃ?」
「言い切れないけど、解釈的にはある」
サグは腕を組み、下を向いて歯軋りをした。
ここまで無責任な人間をサグは人生で知らない。はっきり言ってしまえば、この手の人間はサグにとって一番嫌いなタイプなのだ。
あの文章にいくつか解釈のしようを含めているのは、問い詰められた時いくらでも言い逃れできるようにするためだろう。
そうすれば責任の所在をうやむやにできる。
全てを読み切った上で、サグは全てに腹が立っていた。
関係ないはずの島のことで。
(あ〜めんどくさい)
自分の感情に対し、サグは心の底からそう思った。




