王と隊長
「そうか、それが報告か」
まるで滝のように長い髭を優しく撫でながら、頬杖を付き眼下でひざまづき低い声で呟くように言った。
男は老齢とはいかずとも、それなりに年齢を重ねていて、歳とともに刻まれたシワが手のひらや顔に刻まれている。
男の足の上では比較的小さな猫が丸まり、男の手に撫でられるのを堪能し続けていた。
「はい、私どもの調査報告は以上です」
自分の役割を終えたことに安心し、一つため息を吐く王兵隊隊長。
王の危険を損ねなかった事。彼を安心させているのはたったそれだけの事実だ。
仮にここで王が気まぐれにでも罰則をあたえたとしよう。それはつまり、同時にこの島そのものの崩壊を意味する。
今このタイミングで王兵隊のリーダーが消えれば、間違いなく残されたメンバーは統率を失ってしまう。
そうなれば、まず間違いなく猿たちの対処はできなくなる事だろう。
簡単な話、この島は終わり、ということになる。
「ご苦労、下がって良い」
「……王よ……一つお尋ねしたく」
「なんだ」
心の底からめんどくさそうな声だった。表情さえも歪み、面倒臭いと訴えている。
心の中で舌打ちをしつつも、隊長としてここで聞いておかねば、この先何も変わらない。
少しだけ政治的な恐怖を感じつつ、隊長は生唾を飲み込んで言葉を紡ぐ。
「この先、猿たちをどうなさるおつもりですか?」
「どうもせん」
たったそれだけのシンプルな回答。聞き間違うはずもない言葉。だからこそ耳をうたがった。
しかし王の顔はそれが真実であり、ただそれだけが正しいと訴えていた。
隊長は自分の顔が非常に間抜けであると理解できている。それほどに衝撃的な言葉を吐かれた。
「なにもしないのですか!?」
「逆に何をする必要がある?」
「島民たちが猿の被害に喘いでおります! 被害報告も溢れるほどに!」
隊長ではなく一島民として当たり前の回答。
少し島を見ていればわかる。今この島は荒みきり、あと少しで崩壊する薄氷のようだ。
絶望しかないと考えるのがむしろ普通、という領域まで来てしまっているのだ。
「それなら知っている」
隊長は耳を疑った。
今自分の王はなんと言ったのだろうか。
いやわかっている。この静かな謁見の間で”それなら知っている”とはっきり言ったのだ。
全てを把握している。その上で必要ない。と言い放ったのだ。
喉が渇き手が震える。あまりの衝撃に体がおかしくなっているのが理解できた。
「なっ、なぜ」
「自然は自然のままであるべきなのだ、猿が自然のまま生き、この島の民を傷つけるというのなら、それが自然なのだ」
「なっ……あっ」
「わかったらもう下がれ、これ以上語ることは無い」
「……失礼致します」
このまま何をいうこともできず隊長はその場からさった。
王兵隊の仲間や島のみんなに申し訳なく思いながら、歯軋りをして廊下を歩いていった。




