現王の政策
死刑。
そのワードは決して日常に存在しているものでは無い。
むしろ、非日常的な、耳を疑いたくなるような世界にこっそり存在しているものだ。
サグは死刑というワードを、ミステリー小説の中で一度読んだ事があった。重い罪を犯した人間が神軍によって死刑に処されるシーンだったが、それはサグから見ても死刑に値すると納得できるシーンで、今までの悪事に対する報いに見えた。
しかし今の状況は全く違う。
理不尽。その言葉を形にしたかのようだ。
「えっと……死刑って、それは流石におおげさじゃ」
サグは恐る恐るそう言った。
ちら、と目だけで隣を見ると、エボットも困惑したような視線を送っていて、反対側のテリンも全く同じ様子だった。
サグの質問は当然、相手も予測しているはずだ。
質問を投げかけられた大人達は見るからに悩んでいるって感じの、非常に重苦しい表情をした。
サグもエボットも、その裏にある何かを感じ、何も言えなくなってしまう。
「今の王は……非常に動物好き……動物を傷つけるだけで死刑にさえ処される可能性があるのです……」
「そんな! じゃあ猿に蹂躙されるのを大人しく待てっていうんですか!!?」
「そう言っているようなものです」
テリンは絶句してしまった。
島の中枢機関は島民を守って当たり前。少なくとも今までの島は全てそうだ。
この島もそうであるだろう。テリンは自然とそう思い込んでいた。
もちろん、剥製館で話を聞いた時も疑いの気持ちはある。しかしまさかここまで酷いとは思っていなかったのだ。
「実を言うと……」
隊長が手を組みながら重苦しい顔でつぶやいた。
他のお偉い方は体調を信じられないものでも見るかのような目で見ている。攻めている訳では無いだろうが、その目は妙に力強すぎる。
サグはディオブをチラリと見た。ディオブはその視線の意味を察しているのか、腕を組んで同じくらい重々しい顔をしている。
察せないのはまた人生経験かと、サグはまた少しだけ自分を呪った。
自分へ向けられたお偉い方の視線に、絶対の意思を込めた視線で答え黙らせる。隊長の視線に黙らされた者達は静かに視線を逸らし顔を伏せるしかなかった。
「実は、あの猿達は現王が別の島から買い付けてきたものなのです」
「はあ!?」
イリエルが場に合わないなんとも適当かつ雑な言葉を放ってしまった。
しかしそれも仕方ないだろう。サグもそうしてしまうところだった。
「もともと、あの猿は現王が幼かった頃、別の島で番を購入したそうです」
「番……」
サグはまだだったが、イリエルは事の重大さをより深くまで把握できたらしい。
「そして、連れてきたこの島で、もともと野生で生きていた猿は檻の中で生活させられ、徹底的に管理させられた」
サグは心の底からぞっとした。
仮に自分が猿の立場だったら。一月と待たずに全身の毛が抜け落ちるほどのストレスを味わう事だろう。
その上幼い頃ということは、全てはそれが正しいと信じてやっているという事に他ならない。子供の無邪気とは残酷なのだ。
「現王の興味が薄れた頃、猿は脱獄し森へと飛び出したそうです、故郷へは帰れません、島なのですから」
「そして現王はそれを認めようとしません、認めれば自分に罪があると自白するようなものですから」
事態はサグ達が想像しているよりも随分と面倒であったらしい。
つまりは現王に全ての問題が集約しているということになるが、それを解決する方法は一向に思いつかない。
自然への人間の介入。わずかにズレるが、イリエルの故郷の話と重なっている部分がある。
サグは少しだけ心配になってイリエルを見つめた。
怒りか、苦しみか、わかりにくい顔でただ床の一点を見つめていた。




